第12話 初デート
終業式も無事終わり、世の中は夏休みに突入した。令和の時代には昔はもっと涼しかったという話を聞いたが十分暑い。この年は弓道部もそれほど強くなく、和気あいあいと練習が続く。平日は朝10時からで土日は休みなのだが365日誰か練習しているような環境だった。
特に強制されているわけでも無いが自然と人が集まってくるのは他にやることが無いのだろう。家に居ても暇ではあるし。7月22日(土)の練習は全員では無いが20名ぐらいが参加していた。オール自由練習だ。ブランクはあるが高校、大学までの7年の経験もあるし大きな大会も経験済なので勘を取り戻せれば行けそうではある。
いまさら勉強や部活と思っていたがやってみると楽しいもので、結局参加している。考え事をしても解決しない大きすぎる問題があるせいで何かに集中出来る環境はありがたいからだ。
「夏休みって何するの?」
正座して他人の練習を見ていると来年副部長になる優等生の結城さんが隣に座って話しかけてきた。この子とは同じ部活だったが3年間話をした記憶がない。また知ってる展開じゃないのか単に印象が薄く忘れてるだけか迷うが無難に返す。
「部活」
「他にもっとあるでしょ?」
そんなに俺に興味持つほど仲良かったっけと思う。
「帰省」
「どこに?」
「岡山」
「おばあちゃん家とか?」
「そう。母親の実家」
「じゃあその話は置いといて他には?」
なぜ置く。お前は何なんだと思ったが何が聞きたいのか興味が出てきた。
「何を期待してるんだ?聞きたいことがあれば聞いていいぞ」
何かニヤッと笑いやがった。同級生だが関わった記憶もなく、進学先も知らない程度には興味が無かった子が30数年ぶりに戻った世界で話しかけて来るんだから興味深い。
「彼女とはどっか行ったりするの?」
「良く知ってるね。クラス違うのに」
昔なら彼女の話とか顔を赤くしてたかもしれないが今は他人事のように感じる。
「結構有名じゃない?学年で最初のカップルだし。中学から付き合ってる子とかはいるかもだけど」
「そうなの?そんな話が噂として学年巡るもん?」
「女子の情報網は凄いよ。甘く見ない方がいいね」
「知らんがな。人のことより自分のことやれよ」
「何?喧嘩売ってる?私がモテなくて、彼氏も居なくて、スタイルいいけどおっぱいは小さいから消えてしまえばいいってこと?」
「え、え、あっ」
急なメンヘラスイッチ入れるの止めて欲しい。性格的には面白そうだけどクソまじめな印象しか持ってないので対応が難しい。
「冗談よ。で、彼女とはどっか行くの?」
2度目だ。そんなに他人のことが気になるもんだろうか。もしかして学校の新聞部とかがゴシップ記事作ってたりするのだろうか。
「今日は待ち合わせしてる。何するわけでも無いんだけど」
「へー。特に用は無いけど一緒に過ごすんだ。彼氏彼女みたいじゃん」
「いや、彼氏彼女だからだろ」
「どこで会うの?」
「大橋駅」
「それ、一緒に行っていい?」
「はぁ?いいわけないだろ。何もんだよお前は」
頭おかしいのかという言葉は飲み込んで顔を見るが正座したまま視線を上に上げ右手を顎に当てながら考え込んでる。『うーん』とか言っているが発言からして碌な事考えて無さそうだった。
「じゃあさ…」
「シャラップ!」
彼女がしゃべろうとしたので被せて止める。じゃあじゃねえよじゃあじゃ。イカれてるのかこの女。それとも平成元年はデートに違う女連れて行くのが流行ってたのか?
「けち」
そう言うと彼女は頬を膨らませつつ練習に戻っていった。神様がいるならこの歴史変えて何の意味があるんだろう。結城さんの意外な一面を知ることが何か自身の未来に影響があるとは思えないが関わることに意味も見いだせないので無視でいいだろう。
いや違った。起こってることや決断自体には意味はないのだ。その後の自分の感情と対応によって良くすればいいだけだった。何が起こってもいい。どう決めてもいい。後悔とはその事柄や決断を活かすことが出来なかった自分自身にあるのだが、周りが大人の仕事モードととは違い余計なノイズが多い環境で少し戸惑いがある。精神のスイッチを切り替えて元の自分の思考に戻らないとムダに悩みが増えそうだった。
自由な練習を切り上げ、いつも通り通学路を逆に家方向へ戻る。駅の改札を出て正面の壁に村辻さんらしき姿を発見する。麦わら帽子に薄い黄色のワンピースは古風に見える。当時の女子高生の間でどんなファッションが流行ってたかは知らないがきまぐれオレンジロードみたいな感じだ。ボディコンみたいな感じじゃなくて良かったと思う。
彼女が被っている帽子は普通に藁の色だったが、鮎川まどかの麦わら帽子って色が付いていたような気がするが帰ったら読みなおして確認しようと思う。改札を抜けて10歩ほど歩み寄ると見つけてくれて顔の横辺りで手を振っている。まあ最初は服でも褒めとくべきか。
「お待たせ。今日は清楚な感じでかわいいね」
「へへー。清楚に見える?」
「涼しげで落ち着いた感じだから制服の時よりは大人っぽくて清楚に見えるよ」
「なら、悩んだ甲斐があったね。三つ編みにしたかったけど時間切れでした」
三つ編みって前の日の夜からするわけじゃないんだ。うちの子供はふわふわにするって言いながら夜してたが違いがあるんだろうか。
何事も相手に機嫌よく対応してもらうに限る。そう考えれば褒めるという行為は非常にコスパがいい。この駅は周辺に大学や短大があり便利性はいい。カフェや各種小売店には不自由しない。一番時間が潰せるのはゲーセンだが今回は却下にするとカフェが無難だろうかと思う。
「本屋寄っていい?」
彼女からの積極的な提案が来た。暇つぶしには最適な場所だ。何か一緒に行動する時に考えないといけない時点で無理があるがこちらも積極的に合わせよう。
「いいよ。行こ」
彼女は『りぼん』派のようだ。高校生はちょうど境目で学校内でも『りぼん』派と『別冊マーガレット』派に分かれていた記憶がある。そして一部オタクっぽい派閥が『花とゆめ』だった。確か『りぼん』はハンサムな彼女や星の瞳のシルエットが有名だったと思う。当時彼女や女姉妹がいたやつはだいたい読んでた。
『別冊マーガレット』は来年連載が始まるイタズラなKissが断トツだろう。先輩たちのかなりの数が読者だった。当時付き合いがあった女性はほぼ別マ派を名乗っていたので『りぼん』をパラパラめくる彼女は新鮮に見えた。
「どんな漫画が好きなの?」
「んっ、ちびまる子ちゃんだよ」
あー。感想に困る。少年誌で言えばこち亀みたいなもんだろうか。無心でアニメを流し見したことはあるが連載は読んだことが無い。しかし昔の俺とは違う。ここから話を広げて見せる。
「どんなとこが面白いの?」
そこから彼女が呪文のように何か話していたが記憶に残っていない。『ともぞう』がどうとか『はまじ』がどうとか言っていたが頭に入って来なかった。まあ楽しそうだからいいのだろう。
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