第6話 女子のグループ
「家族構成は?」
「両親とお兄ちゃん」
「パン派それともご飯派?」
「お米」
「初めてのキスはいつ?」
「まだ」
「好きな飲み物は?」
「カフェオレ」
「きのこ派それともたけのこ派?」
「たけのこ」
「戦争だな」
「なんでよ。クッキーの方が美味しいじゃない?」
「全面戦争だよ。クラッカーにチョコが至高だろうが?」
「あはははははははは。楽しいー」
50個ほど質問を重ねるとネタも尽きてきた。しかし楽しそうに笑う姿は過去の記憶にはない。とてもいいものだと思う。
「あんまり暴れないでくれ」
「なんでよ。重い?」
「いや、柔らかい。それに匂いが凄い」
女の子の体に触れているだけでもよくない年頃なのに甘い匂いは強烈に正常な思考を奪うものだと思う。
「うそ…臭かったりする?」
「しないよ。言い方が悪かった。暴れるといい匂いが充満してたまらなくなる」
胸に顔を押し付けて何か言ってるが聞こえなかったが悪い事ではなさそうだった。ちょうど1限目終了のチャイムが鳴りお互いに顔を見合わせる。
「戻ろっか」
「えー。もうちょっと」
「また今度ね。流石にまずいでしょ。登校してるのはバレてるし」
「わかった。楽しかったし、また今度ならいいや」
立ち上がると右手を出してくる。握手しろということのように見える。右手を伸ばし手を握ってみた。
「よろしくね。大和浩平くん。わたしは、村辻さつきだよ」
「あぁ、よろしく」
知らない世界というのは少しワクワクするもんだが、ふと我に返ると頭抱えたくなる。高校生って純粋に泣いたり、笑ったり出来て凄い存在だと認識した。
「あっ、質問に無かったけどパンツ見る?」
膝上のスカートの両端を摘まんでわずかに上げるしぐさをしながら言ってくる。男はパンツ見ると喜ぶと思っているんだろうか。まったく下着とかに興味が無いので感覚がわからない。
「好みの女性は清楚な女の子って覚えといてくれたら嬉しいけど」
「ごめん。2度とはしたない真似はしないです」
思い詰めて泣いていた女の子が笑顔になったので良かったんだろうが、この後どうすればいいかはまったく想像がつかなかった。大学生になれば嫁となる女性と出会うことになり、過去の恋愛は全て上書きされる。でも知ってる未来はつまらないものであり、知らない未来は少しワクワクするものだ。今の彼女とは別れるにしても少しぐらいなら楽しんでもいいだろうと思えるだけの収穫は得られたと思う。
休み時間に教室に戻り、何人かに注目はされたが彼に理由を聞きに来る人は居なかった。彼女は数名に囲まれていて驚きと感嘆の嬌声が聞こえたがどんな話かは想像がつくので放置することにした。高校生ぐらいの年頃は他人の恋愛ぐらいしか楽しみがないのだ。上手く行っても行かなくても身近な人のゴシップほど楽しいものはないのだから。
昼休みに学食へ行こうとしたら竹下という名前だったはずの女の子に呼び止められた。『ちょっと聞きたいことがある』ということだったので予想もつくし着いて行くことにした。彼女は村辻さんと仲のいいグループのまとめ役的な存在だ。彼に告白しろと言ってきた当事者でもある。
今は普通でちょっと気の強そうな女の子に見えるが中学時代はヤバかったと同じ学校出身の同級生から聞いたことがある。いわゆるヤンキーと呼ばれる存在だったらしいが高校で知り合ってからの彼女にそんな雰囲気は感じなかった。階段を上り本日2度目の屋上である。
「どういうことになってるの?」
大雑把な質問だった。結構おおらかというか雑な性格なんだろう。悪意は感じられないので人はいいのかもしれない。
「何が?」
「だからー。何でさつきが彼氏自慢するようなことになってるのかって聞いてるの?」
「別れたほうが良かったということ」
「そう思ってたわよ。傷つき続けるぐらいなら別れたほうがいいじゃん」
「それは…そう」
整った顔で下から覗き込んでくる。彼の身長は171センチなんで標準だ。彼女が150センチぐらいしかないので下から見上げるようになっているのは仕方がない。
「あんた…何か変わった?」
そう見えるんだろうか。当時の自分がどう見えていたかはわからないが女性に対する経験値はまるで違うのは事実だ。
「変わってないよ。俺は俺だし」
「おかしい…」
35年後の未来から来ましたと言っても信じてもらえないだろう。ただ当時は同級生の女性に対して精神年齢で負けていたが、現在は圧倒的な余裕があるということは間違いがない。これが35年分の経験だ。喰らえとでも言ってやりたい。
「結局は彼女が決めることでいいんじゃないの?」
「それは…そうだけど、あんた自分がどれだけひどいことしたか自覚ある?」
「竹下は友達思いなんだな。自覚はあるし反省もしてる。彼女には正直に謝った。振られるようにお願いもしたけどこうなった」
未知の生物を見つけた時のような目になって黙っている。納得はいかないがそれを越える現実を知ってしまっているのだからしかたない。こっちも似たようなもんだ。全てが未知な状況なのだから。
「じゃあさつきはもう傷つかない?もう泣かない?」
「知らない。傷つくかもしれないし、泣くかもしれないと思うよ」
「ほんとに別人みたいじゃん。何かすごーい」
どんな感情の起伏なんだこの女は。変わったやつだった印象があるが友達のため行動するというのは素直に尊敬できる。
「悪意はまったくない。大切にするつもりだけど全てに正解する自信はない。そういうこと」
「んー。じゃあ信じるわ。しゃーない。じゃまして悪かったね」
少し不思議そうにしていたが納得はしたようだった。よほど昔の彼はダメなやつだったんだろう。少し自覚があるだけに悲しいがこれも受け入れるしかない。昼休みギリギリでご飯も食べ終わり教室に帰ると名前を憶えてない女の子から『良かったね』とすれ違いざまに言われた。確か竹下たちと同じグループで一緒に遊んだこともあるはずだが、その日、名前を思い出すことは無かった。
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