第26話 硬度

 オレの言葉を笑顔で受け止めた涼樹に、オレは獰猛な笑みを浮かべて走り出した。


 普段は動く事なく、その場に立ったまま鎖を操って戦っているけれど、それはオレ本来の戦い方ではない。

 まさか鎖という中距離武器を使っているオレの方から距離を詰めてくるとは思っていなかったのか、目を見開く彼だったけれど、それは一瞬ですぐに楽しそうに笑っていた。


(笑いながら戦うとか戦闘狂かよ。まったく、似た者同士だな!)


 走りながら腕を振るい、鎖を涼樹に向かって振り下ろす。最初にやってみせたように飛ぶ斬撃で撃ち落とそうとしているみたいだが、それは随分と悠長じゃないか?


 鎖とオレは繋がっている。それはつまり弾丸と違って放った後も軌道修正が出来るという事なんだぞ。

 脳天を叩き割る軌道を変え、前方の床に叩き付けた。


「何を——っ」


 次の瞬間。涼樹の腹部に鎖が突き刺さっていた。


(やっぱり魔装具の防御性能はおかしいな。ダメージがあるようには見えない)


 普通なら食べた物を全て吐き出してしまうほどの衝撃だったはずだ。だというのに涼樹の表情に苦痛は見られなかった。ただ、驚いているだけだな。


「そんな暇があるのか?」


 まるで鎖そのものに意志があるかのように動き回り、全方向から確実に涼樹へとその攻撃を届けさせていた。


「鎖を武器にしてる奴がこの程度の操作も出来ないと思ったか?」


 再び涼樹の腹部に鎖が突き刺さるのと同時に、背後へと移動していたオレは彼の首に肘を落とした。


「うぐっ!?」

「まだまだ!」


 涼樹の身体がくの字に曲がるのと同時に鎖が周囲へと展開され、オレがその場から跳び去るのと同時に鎖が引き寄せられ、彼の身体を完全に拘束していた。


「捕獲完了だな。それで、まだやるか?」

「抜け出すのは……無理そうだな」


 そう言ってため息と共に全身から光を放つ涼樹。それを見てオレも武装を引っ込めた。


「そこまで! 勝者はタルト・ドルマーレちゃんだーっ!」


 オレの勝利を北炒先生が宣言するのと同時に、うるさいほどの歓声が沸き上がっていた。


「はあー、今のタルトになら勝てると思ったんだけどな」

「……なんだよそれ」

「なあタルト。今日の放課後に時間をくれないか?」

「……は? 何それ」

「なあ、俺とデートしようぜ!」

「……は? は、はああああああっ!?」


 突然笑顔でとんてもない事を言い出した涼樹に、オレはただ叫ぶ事しか出来なかった。


「敗者として全部奢るから安心しろ! 何か苦手な物ってあるか? 夕飯一緒に食べよう」

「いや、だから、なんでそうなるんだ!」

「んー、タルトのためというか、結局は俺のためだな。どうしても気になるから解決しておきたいんだ」

「解決?」


 さっきからこいつは何を言っているんだ? 話が噛み合っている気がしないんだけど。


「そうそう、評判の良いカフェがあってさ、そこってタルトが絶品らしいぞ?」

「うぐっ」

「どうする? ちなみに店名を教える気はないぞ」


 な、なんなんだこいつは! そんなのほとんど脅しじゃないか!

 そもそもなんでこいつはオレがタルト好きだって知っていやがる? ……いや、情報源は一人しかいないな!


 マオーっオマエだろーっ!


「……何を考えている?」

「ん? あ、そっか。大丈夫大丈夫、下心はないぞ。俺、そういうの良くわからないからさ」

「男の大丈夫はだいじょばないと相場が決まっている」

「まあまあ、俺たち友達だろ?」


 それなら……いやけど。

 こいつ、友達を魔法の言葉か何かだと思っていないか?


「……はあー。まあ何か企んでたらその時は殺せば良いか」

「物騒だな!」

「オレはか弱い女の子だからな」

「ほうほう。ちなみにたった今俺が負けた件についてはどう思う?」

「ん? 殺すぞって思うな」

「……さーせん」


 まあ、か弱いってのはほとんど冗談だけどな。でもたまにはこういう冗談も許されるだろ。


「それで、結局オーケーって事だよな?」

「ああ、動いて疲れたし、甘いの欲しい」

「了解! 好きなだけ食べて良いからな」

「……金、大丈夫なのか?」

「そんなの気にすんなって!」


 笑いながら人の頭に手を置くと、少し乱暴に撫でてくる涼樹。


「や、やめろ!」


 いつかの日のように蹴りを打ち込もうと思ったけど、もうしないって約束したからな。


「せいっ!」


 腹にメリメリと拳を叩き込んでおいた。……って、なんだこいつの腹筋!? 流石にこれは硬過ぎるだろ!? 鉄板でも仕込んでるのか!?


「痛って!」

「やべ、大丈夫か? 俺って生まれながら頑丈なんだよな」

「人間やめてないか、これっ!?」

「それは言い過ぎじゃん」


 拗ねるように唇を尖らせているけれど、男がやっても可愛くないぞ。

 ……これ、指の骨大丈夫か? 割と本気で打ち込んだんだけど。まさかそれが自身に跳ね返ってくるとは……ぐるう。


「放課後になったら正門前に集合な!」

「へいへい、わかったわかった」


 色々と言ったけど涼樹なら妙な事は考えていないだろう。こいつからそういうザラザラとした感情を向けられた事はないからな。


 ちなみに何処ぞの変態眼鏡くんついては、アウトです。まあ負ける未来が見えないし、理性的な奴だって事は知っている。それくらいの信用はある。じゃなきゃ放課後に訓練室とはいえ二人きりになんてならないからな。

 それにしても評判の良いカフェのタルトか。……楽しみだな。


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