第24話 擬態
ピーチの部屋を後にした俺はいつも通り撫照の部屋へと戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさいタルト。今日も訓練ですか?」
「ああ、強さくらいしか誇れる事がないからな。もっと研がないと」
帰りが遅くなる言い訳として前もって用意していた理由。実際に訓練室を借りてどこぞの変態眼鏡君と戦った事だって何度もある。だから完全なる嘘じゃないぞ。
「タルトは少し自己評価が低過ぎると思いますよ? 貴方はとても美人ですから」
「そりゃどうもー」
「本気なんですけど……はぁー」
呆れた様子の撫照。
……いや、確かに顔は整っている方だとは思っている。けど、身体が貧相過ぎるんだ。
胸? 谷間? 蒸れる? 何それ。知らない現象ですけど?
撫照とピーチは顔が綺麗なだけでなく、身体までとんでもないからな。そんな奴らから美人だと言われても……ねえ?
「そんな事より、いつも悪いな。居候させてもらってさ」
「気にしないで下さい。私の予測が外れただけですから。気にせずどうぞ」
すぐに特権を与えられるだろうという撫照の予測は外れた。一ヶ月経った今もそれが与えられる事はなかった。
一回勝ったのはまぐれ? ふざけるな。圧倒的な力の差があったのだが? だからその八つ当たりを込めてあの変態眼鏡は定期的にボコしている。公式な模擬戦は申請が面倒だから、目撃者のいない状態でだ。
……まあ、本音を言うなら特権が与えられる確率を少しでも下げるためだったりするけど。
公式な模擬戦にして連勝記録が残ってしまうと、本当に特権を与えられる可能性があるからな。偶然が重なった幸運だけど、撫照と一緒に暮らせている今は都合が良い。……まあ、うん、残念な事に進捗はないけど。
「明日の朝はパンとご飯、どちらが良いですか?」
「パン! ベーコンエッグトースト!」
「わかりました。用意しておくのでちゃんと起きて下さいね? 最近のタルトは——」
「悪かったって! でも朝は眠いじゃん!」
「それは夜更かししているからです。夜な夜な何かをしている事、知っていますからね?」
——っ!? 聞かれてる!? それは不味い! 本気で不味い! これは全力で誤魔化すしかない!
「えっ、いや、べべべ、別に何もしてないけど!?」
「……どうしてそんなにも動揺してるんですか? まさかとは思いますけど、何かやましい事でもしているんですか?」
「チガウヨ」
「……はあー、わかりました。詮索はしません」
「助かる!」
「……」
ジト目が痛い。深々と突き刺さってるよー。
かと思えば、唐突にクスクスと笑い始めていた。
「えっ、何? 怖いんだけど」
「いえ、ごめんなさい。ただ、この一ヶ月で随分と印象が変わったと思いまして」
「……あー、まー、それは……そんなもんだろ」
第一印象なんて大抵は嘘っぱちだ。
大抵はプラスに寄せるものだけど、今思えばオレの場合は真逆だったな。
「タルトが突然鈴宮さんを罵倒した時には驚きましたね。ああ、とんでもない人が来たと」
「クソビッチはマジでクソビッチ。臭くて無理」
「……狂犬のように見えて実際には優しい人というのが私の分析なんですけど、鈴宮さんに対しては本当に攻撃的ですよね」
「前世であいつに殺されたんだ。だから魂が叫んでいるんだ。クソビッチを許すなと」
「そ、そうですか……」
返事に困っているのがなんともわかりやすい。
「なんてな。実を言うと撫照に近付きたくてライバルポジのあいつに喧嘩を売ったんだ。いやはや、作戦大成功だな」
「真っ赤な嘘ではなさそうですね。良かったです。私の勘違いではなくて」
「えっ、何々? 怖い怖い」
最初からバレてたって事? 今のだって結構冗談っぽく言ったつもりだったんだけど。
状況が理解出来ないのはオレだけか? 突然のホラー始まってないか!?
「覚えてますか? 目線ですよ」
「えっ、気が付いてたの!?」
「やはり意図がありましたか」
撫照が言うようにオレはあの時、目線を送った。
オレがピーチと敵対関係にあると強く印象付けるために、その効力を倍増させるかもしれない一手だった。
高確率でそれは無駄になると思っていたけど、ちゃんと効果があったのか。
「行動そのものは狂人でしたが、頭が狂っている人には見えませんでしたからね。注意深く観察していたおかげです。ちなみに同棲の提案をしたのもそれが理由ですよ。側に置いて観察したかったというのが本音です。実に、興味深い一ヶ月でした」
そう言って撫照は笑った。
今までとは違う。怪しげな笑みだった。
「えーと、撫照?」
「語る必要はありませんよ。タルトはタルトの思うがままに進んで下さい。その結果に何が起ころうと、私は観察するだけです」
「なんか、撫照って意外とヤバイ奴?」
「ふふっ、両親から受け継いだ性質なんでしょうね。研究する事が好きなんです。観察も似たような理由による趣味です。勝手に観察対象にされるのは不快かもしれませんが、家賃だと思って諦めて下さい」
家賃か。それに平然と言ってるけど、諦めて下さいは言葉が強い。強過ぎるだろ。
これは恐怖。完全なる恐怖だ。
「どうしますか? 出て行きますか? それならそれで引き止めませんよ。少し寂しいとは思いますが、困らせたくはありませんので」
「その発言がもう困る。今まで散々世話になっておいて、ヤバそうだから逃げるとか無理」
「ふふっ、そうですね」
楽しそうに笑みをこぼす撫照。
これは確定だな。この女。ヤバイ奴だ。
大人しくて優しい女神を装った狂人だ。少しだけピーチと通じる何かを感じたぞ?
「私としてはそういう思惑があるので、特権を得た後も住み続けて良いですからね? 胃袋を掴んだ自信はあります」
「えっ、それ計算!?」
「勿論です」
やべ。想像以上にヤバイ奴だこれ。
事実オレの胃袋は撫照に鷲掴みされているからな。ピーチの料理も美味しいけど、撫照の料理も美味しい。
ピーチの料理が高級店だとすれば、撫照のは家庭的な料理だ。
毎日食べたい安らぎの味。それが全て計略だと? 撫照、恐ろしい……。
「一応言っておきますがけど、害するつもりはないですからね? ただ、面白い人だなと思っているだけですので」
「人を珍獣扱いするのやめなー」
「いやですっ」
満面の笑みで拒否ですか。なるほどなるほど、そうですか。ふーん。怖っ。
「まあ、害する気がないなら良っか」
「私に言う資格はないと思いますけど、もっと警戒心を持った方が良いですよ?」
「一ヶ月一緒に居たんだ。それくらいは信用してるって」
「……なるほど」
そっと視線を逸らされた。……えっ、何その反応。不安になるんだが?
まあ、そんな事を思う資格なんてオレにこそないわけだが。
オレとピーチはこの国にとって危険因子でしかない。
もしも女王様に命令されれば、オレ達は躊躇う事なくこの国を……。
数多の嘘を塗りたくり、共に有る裏切り者。
必ず訪れるであろうその日。これまでの日常を捨て、みんなを裏切る運命の日。
その日が来るいつかまで、どうか楽しく。幸せに。共に……。
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