第13話 想像以上の現場
驚いた。
それが正直な感想だった。
「……こりゃ、真王に謝った方が良いかもな」
魔装師見習い。そのレベルはオレが想定していたよりも遥かに高かった。
所詮は安全な場所で良い子良い子されながら育てられている温室育ちの軟弱者だと、そう思っている部分があった。
しかし現実はどうだ? 羽森と天照の戦いは、お互いが無遠慮で急所を狙っていた。防具型魔装具の性能が高いのだとしても、あんなにも躊躇いなく狙えるのは、少し狂っているようにすら見えた。
「なあ、涼樹もあんな遠慮なく急所狙うのか?」
「いや、それは無理。その感じじゃタルトも俺と同じ事を思ったんだな」
ニヤニヤ顔の友達にオレは頷く。
「ははっ、わかるわかる。先月の俺を見てるみたいで面白れえ!」
「あんなの狂人だろ。防具型魔装具ってそんなに信じられるのか?」
「おう! 怖いは怖いけど、額に矢を喰らっても平気だったぞ。気絶はしたけどな」
「……額って、マジ?」
「マジマジ。ほら、でも傷跡とかないだろ?」
そう言って前髪をあげるけれど、本当だ。傷一つない。
説明は受けていた。防具型魔装具は展開すればその外見以上の範囲を守ってくれるって。天照がそうだったように、魔装具の中には露出度の高い装備が少なくない。ただし、見た目は素肌だとしても、その部分にも薄い魔装が展開されているらしく、高い防弾防刃性能があると。
聞いてはいた。知識としてあった。だけど、それでも遠慮なく攻撃出来るものなのか?
涼樹は気絶したって言っていたし、あくまでも貫通しないだけで衝撃は伝わっているって事だし、痛みを与える事に変わりはない。
それを両者遠慮なく、あそこまで激しく。
(思ってたより今回の仕事ってやばいのか?)
正直嫌な予感しかしない。……いや、そもそも気が付くべきだったんじゃないか? もっと警戒しても良かったんじゃないか? だってここは——
「ちなみに言っておくけどさ、あの二人が異常ってだけだからな?」
「へ?」
涼樹の言葉で現実に戻って来ると、次の戦いが既に始まっていた。
一人は大斧を担いだマッチョ。対戦相手は少女で武器は……カード?
「あれも魔装具なのか?」
「ああ、そうだぞ。玩具を武器にした魔装具も少なくないからな。他にもボールだったり、フォークだったり、笑える魔装具も少なくないんだぜ」
「フォーク? それでどうやって戦うんだよ……」
魔装具の製作者はどうやら頭がぶっ飛んでいるらしい。ボールはまだ色々と仕込めそうだけど、フォークは無理じゃないか? 突き刺す以外に何が出来るんだよ。
「というか、二人とも制服のままなんだな」
「そりゃみんながみんな両方とも持ってるとは限らないからな! むしろ武器しかない奴の方が多いらしいぞ。俺たちはラッキーだったな」
「……そうだな」
全身保護の性質があるのは防具型魔装具だけだ。つまり、今戦っている二人は安全装置なしでやり合っている状態だ。それにしては……。
「どりゃーっ!」
「うわっ!」
容赦なく全力で大斧を振り下ろすマッチョ。それを飛び込むようにして回避するカードガール……あれ、普通に回避ミスったら死ぬだろ。
「あー、マジで先月の俺を見てるみたいだな」
「いや、安全性とかどうなってるんだ? 今の下手したら死んでたろ?」
「わかる。俺もマジでそう思う。けど、安心しな。そんな事故はないからさ」
「……本当に?」
「本当、本当。俺、嘘、付かない」
なんかカタコトなんですけど? というか、さっきの話と違くないか? 互いの急所を容赦なく狙う狂人はあの二人だけみたいな事を言ってたよな?
あのマッチョは急所狙いってわけじゃないけど、確定の致命傷を無遠慮に振り下ろしていますけれど?
——そんな事を考えている時にそれが起きた。
カードを手裏剣のように投げる事で戦っていた少女を、大斧を盾にしながら突進したマッチョが吹き飛ばしていた。
そして躊躇う事なく、タックルによって隙を生んだ少女に向かって、大斧を全力で振り下ろすマッチョ。
「——っ!」
「まあ待てって」
「涼樹邪魔だ!」
少女が隙を見せた瞬間にオレは動き出そうとしていた。
魔装具を展開し、最速で少女を助けようとしたのだが、涼樹に腕を掴まれる事で阻まれた。
「大丈夫だって、この場にはプロの魔装師がいるだろ?」
安心させるような声色と笑みをかける彼に、オレはハッとして視線を戻した。
「はーい、そこまでだぞーい」
そこには大斧を片手で受け止めている北炒先生の姿があった。
——いつの間に移動した?
オレが視線を外したのは涼樹に腕を掴まれた一瞬だ。そんな刹那に先生は二人の間へと移動し、攻撃を受け止めたのか?
いや、そもそもどうやって受け止めているんだ? 武器で受けたのではなく、素手で厚刃を受け止めていた。
「先月の俺も同じ、あの光景には驚いたな。けど、あれほどわかりやすい証明はないだろ?」
彼の言葉に少し冷静になったオレの思考は、先生の変化に気が付いた。
スーツを着ていた先生は、いつの間にか随分と大きなフードを被ったパーカー姿へと変化していた。
ぶかぶかパーカー。とても防具には見えないけれど、防具型魔装具か。……そういえば初戦の女子二人も防具とは思えない姿だったな。
「魔装具の防御力で受け止めてるって事か」
「そういう事。勿論北炒先生の実力があるからこそ出来る事だけどな!」
大斧の直撃を受けても斬り裂かれない防刃性能。だけど衝撃そのものは消えない。それを処理しているのは先生自身だ。
一体どんな技術を使っているんだ? オレには見当も付かなかった。
(あの二人もそうだったけど、魔装師は武器性能に頼っていない。本人の技量だ)
持ち運びが楽な展開武器。それだけでなく弦を引いた瞬間に出現する矢だったり、仕込みがされている特殊な武器。
確かにその性能はオレ想像していたよりも高く感じたが、それよりも驚いたのは本人の戦闘能力の高さだ。
装備を無視した純粋な戦闘能力だけでいえば、オレたち中位と同等までは言わないけれど、迫るものがあるように感じた。
正直、祝福なしで戦うとなれば勝率は五分かもしれないな。北炒先生に関しては力の底が見えない以上、祝福があってもわからない。
「はあ、ちょっと放課後が憂鬱になってきた」
「……おいおい、弱音やめてくれよ」
「大丈夫大丈夫、負ける気はしないから」
放課後に戦うのはあの二人や先生じゃない。オールバック眼鏡君がこのレベルだとは思えない。だから大丈夫だろう。
——そして、放課後になった。
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