第4話 二人の少女

 転校生が来た。

 今、五月よね? 四月ならまだしも珍しいってレベルじゃないと思うのだけど……。


「羽森様はどう思う?」

「様はやめて下さい」


 ホームルームが終わった後に訪れる短い自由。あたしはいつも通り迷う事なく学校のアイドルである羽森様の元にいた。


「謙遜も過ぎれば嫌味になるわよ?」

「謙遜などではありません。私はただ生まれが良いだけの凡才ですから」

「それは絶対にないわ!」


 本当にそう思っているのだろうと、あたしにはすぐにわかる寂しそうな表情をする羽森様。

 あたしが尊敬してやまない才能に満ちた少女、羽森撫照はねもりなで様。


 夜空の如く輝きすら映る黒色の長い髪を、前髪を除いて後頭部で一つにまとめた所謂ポニーテールにしている美少女。

 体格は大き過ぎず小さ過ぎる事もない奇跡的なバランスの持ち主であり、そのご尊顔は女神や聖女の生まれ変わり、いやそれ以上に整っていて、いつも落ち着いているその姿には高い知性がありありと映し出されている。


 そんな完全系清楚アイドルな羽森様と違ってあたし、天照夜見あまてらよみは実にバランスの悪い身体をしている。

 まず目立つのはこの身長よ。……小さい、あまりにも小さい。とても高校二年生とは思えない低身長。中学生? 下手をすれば小学生だと勘違いされる事だってあるでしょうね。


 それだけなら何も問題はなかったのよ。あたしが尊敬している担任の北炒遊きたいりあそび先生のように、全体的に小柄だったらそれで良かったのよ!

 なのに! それなのに! どうしてあたしはこんなに太いのよ!


 小柄な身体とは正反対に大きく膨らんだ

 立っている時には足元なんて全然見えない。だから階段から降りるのは恐怖でしかないわ。

 髪型は綺麗な銀髪をしている北炒先生をリスペクトし、羽森様の劣化版みたいな黒色の髪を先生と同じツインテールにしているわ。


 羽森様や北炒先生みたいなバランスが欲しかったわね。胸は……小さくするのは無理よね。それならせめてこれから少しでも身長が伸びる事を期待するしかないわ。


「その話はもう終わりにしましょう。ですが、確かに珍しい時期の転校生だとは思います」

「おか——理事長様からは何も?」

「ええ、何もありませんよ。あの人にとって私は出来損ないですから」

「羽森様……」


 その苗字からわかるように羽森様はこの学校を建てた一族である羽森家に生まれた長女。

 元々この壁国は小さく、ただの集落でしかなかった。

 どこの壁国にも入れない弱者の溜まり場。それがこの国の起源。そんな烏合の衆だった状態を変えたのが羽森家だった。


 無秩序の世界に突如として現れた大きな力を有した一族、羽森家。

 技術という強大な力によって無法者たちを制し、指導者へとなった存在。

 強者である事が羽森一族の存在理由とまでされるようになった中、期待されていた長女、撫照様は……弱かった。

 本来あるべきの力を行使する事が出来ず、新しく開発された魔装具に頼る弱者。それが羽森家での彼女に対する認識だった。


 魔装具を作り出している家の者だから多くの魔装具を手に入れる事が出来る。そして事実、彼女は複数の魔装具を使い分ける戦術を得意としている。


 学校でトップクラスの戦闘能力を有している。だけどそれは魔装具の力、家の力であって個人の力ではない。自身の力だけでは戦えない。その事実は常に羽森様を苦しませている。

 こんな事をいうのは不適切かもしれないけれど、あたしは羽森様の気持ちがわかる。共感出来てしまった。だからこそ言う。言い続ける。


「あたしは羽森様を尊敬しているわ」

「……ありがとう」


 嬉しさよりも寂しそうにしている羽森様。

 あたしの気持ちは伝わってない。

 ずっと側で彼女を肯定し続けてきたからこそ届かない。

 一番近くにいるからこそ、この気持ちは届かない。

 きっとあたしでは救えない。

 ……もし、もしも羽森様の事を何も知らない人が……。


(転校生……女の子らしいし、彼女なら何かを変えてくれるかしら?)


 言葉使いや立ち振る舞いは男みたいだけど、先生みたいにその逆の人だっているわけだから何も問題はないわ。

 どうにかして二人を会わせられないかしら。


「夜見。私の事は気にしないで下さい」

「へっ!? ななな、何の事かしら!?」

「バレバレですよ。夜見に隠し事は向いていませんから」

「な、何よそれ! 秘密が女を成長させるのよ?」

「……大丈夫ですよ。誰もが貴方の事を女性だと意識しますから」


 ジッとあたしの事を見つめる羽森様。

 身長の事もあって見下ろされるのはいつもの事だけど、なんかいつもより見ている地点が低いような気がするのは……気のせいかしら?


「……特に男性は」

「なんでよ!」


 心底言っている意味がわからない。正直に返すと羽森様は少しだけ拗ねたかのように僅かに頬を膨らませていた。


「ぐっ……流石は羽森様。とんでもないギャップ攻撃だわ」


 大人っぽい女性の子供らしい仕草。これは心臓に致命攻撃を受けたわね。


「……夜見は時々何を言っているのかわからないわ。それも先生の影響なのかしら?」

「うっ、それは否定出来ないかも」


 あたしが尊敬している大人、北炒先生の影響は……多分あると思う。一年生の頃はよく会いに行ってたから。


「夜見は先生の事が好きなの?」

「うぇい!? なんでそうなるのよ! そ、そもそも先生は——」

「男ですよ」

「うぐっ」


 小柄で可愛い北炒先生。誰もが合法ロリだと叫ぶ中、先生自身が言っていた。


『あっ、ちなみに全国のロリコンに予め注意報なんだぜっ! こんなロッリロリボクだけど、性別は男だからね!』


 曰く、北炒遊は男性。


「ち、違うわよ! 確かに先生は男の人だけど……そ、そもそも先生と生徒がそういう関係になるなんてありえないじゃない!」

「……二年後が楽しみですね」

「だ、だから違うわよ!」


 卒業したら良いとか、そういう話じゃないのよ!

 あたしの気持ちは純粋な尊敬、リスペクトであって決して恋心なんかじゃないわ!

 ……確かに可愛い人だとは思うけど、少なくとも異性に対する感情ではないわ!


「想いが成就する事を願っていますね」


 そう言って優しい笑みを浮かべてくれる羽森様だけど、違うから! 本当に違うのよ!


「あたしはただ小さくて可愛いものが好きなだけなのよっ!」


 あたしだって小さいけれど、そこに可愛さなんてものはない。アンバランスの結晶だわ。

 だから求めてしまうの。あたしにはない……もしかすればあったかもしれない可愛さを。


「……自画自賛?」

「なんでぇーっ!?」


 きょとんとした表情を浮かべている羽森様の真意は結局わからなかった。


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