第9話 思い出と想い出
8月23日。午前2時頃。
なぎさラボ。
千戸浦はパソコン前の椅子に腰掛けて、「ブラックスノウ・ファンタジー」の解析などをおこなっている。
テーブルの上にはエナジードリンクや栄養食品の食べさしなどで散乱している。
財櫃は椅子に腰掛けて、目を擦って眠気と戦っている。
眠い。けど、なぎが頑張っているのに寝れない。
千戸浦は作業を中断して、財櫃の方を見た。
「真珠ちゃん、寝ていいよ。て言うか、寝て」
「でも、なぎが頑張ってるのに」
「いいのいいの。あたしはしたいからしてるだけだから」
千戸浦はニコッと笑った。
「……なぎ」
昔から誰かの為になら何でもする。自分の身を削ってでも。尊敬する部分でもあるけど、それ以上に心配になっちゃう。
千戸浦はスピーカーフォンを触って、ミュートにした。
「遊ちゃんには恩義があるからさ。遊ちゃんは覚えてないと思うけど」
「恩義?」
私が知ってる事? それとも、知らない事?
どっち?
千戸浦は椅子から立ち上がり、本棚からボロボロのノートを手にとった。
「これを守ってくれたんだよ」
「それって小学生の頃に見せてくれたアイデア帳?」
「そう。同じクラスの男子に取られてさ、みんなの前で笑いながら読まれたの。あたしは泣いちゃって何も出来なかった。転校したてで友達いなかったから誰も頼る事が出来なかった。その時、遊ちゃんが『人が一生懸命考えたものを笑うなよ」って取り返してくれんたんだよ」
「そんな事があったの? 私、知らないよ」
そんな大事な事があったら覚えているはず。それにそんなかっこいい事してたんだ。いや、昔は結構してたか。
「家の用事か何かで休んでたよ」
「そっか。それで知らないんだ」
理由はそれしかないよね。同じクラスだったし。
「うん。遊ちゃん、その後にアイデア帳を見てさ。
『このゲーム絶対面白れぇよ。だから、作って。そんで、出来たら最初に遊ばせてくれよ。約束だからな』って無理矢理約束させてきたの」
「遊らしいわ」
きっと、目を光らせながら言ったに違いない。
友成遊と言う男はそう言う奴だ。
「でも、それが本当に嬉しかったんだ。誰かに認めてもらえた事がさ」
「……なぎ」
「それにさ、遊ちゃんは大親友になる女の子も連れてきてくれたし」
「それってさ。もしかして」
「うん。そうだよ。大親友の真珠ちゃん」
「あーもう、なぎ。抱きしめちゃう」
財櫃は椅子から立ち上がり、千戸浦を抱き締めた。
面と向かって言われると恥ずかしい。でも、それ以上に嬉しい。けど、そのニヤケ顔を見られるのは恥ずかしい。
「苦しいよ。真珠ちゃん」
「耐えなさい」
「何で急に命令形?」
「ノリかな」
「何それ。真珠ちゃんがそんな事言うの珍しい」
「たまにはいいじゃん」
「うん、そうだね。だから、あたしも命令形で言うね」
「何を」
「寝なさい。明日の為に。いや、今日の為に」
千戸浦は財櫃の両肩を掴んで、真剣な顔で言う。
「え、でも」
「頼みたい事があるから」
「頼みたい事?」
「会って話を聞いてほしい人がいるの」
「誰?」
「アルラウドアカデミー2年のダリア・プシュケー先輩に」
「ダリア先輩?」
ダリア・プシュケー先輩は心を持ったAIヒュウーマンアンドロイドで人間として戸籍も与えられている。まぁ、何でも答えてくれそうだけど。
「ゲーム内のキャラクターAIにも心が芽生えるのかどうかを聞いてほしい。ダリア先輩なら同じAIの事について、あたし達以上に知っている可能性があるから」
「でもさ。キャラクターAIに心が芽生える事例なんて聞いた事ないよ」
ゲーム会社の娘でも聞いた事がない。
「あたしもないよ。けど、そうじゃないと説明出来ないんだよ。ストーリーが変わってる事とか真珠ちゃんを襲った魔王の手下の事とか」
「……そうだね。わかった。ダリア先輩に話を聞いてみる」
「ありがとう。だから寝てね」
ここまで言われたら寝るしかない。徹夜した状態で走って倒れたりしたら迷惑かけるだけだし。
「うん、寝ます。疲れをとります」
「その心意気です」
「それじゃ、2階に上がるね」
2階は寝室になっている。私の枕も一つある。何度も泊まっているから置かせてもらっている。
「どうぞ」
「おやすみ」
財櫃は階段の前で言った。
「おやすみ」
千戸浦は椅子に腰掛けた。
財櫃は階段を上がろうとした。すると、千戸浦が「ちょっと待って」と、慌てて呼び止める。
「どうしたの?」
「さっきの話は遊ちゃんには内緒だよ」
千戸浦は恥ずかしそうに言う。
「言うわけないじゃん。女同士の秘密でしょ」
財櫃は微笑んだ。
「そうだね。今度こそおやすみ」
「おやすみ」
財櫃は階段を上がっていく。
ブラックスノウファンタジーの海・ブラオデニズ。
魔王ラズルメルテの守護獣の1匹で、巨大な青いタコ・アスラーケンが沈んでいっている。
「たこ焼きにしたら美味ぇかな」
友成は海岸からアスラーケンを見て言った。
これで3匹目か。それにしても、魔王の守護獣はどいつこいつもデカすぎだろ。2匹目のヴェルプニルもデカかったし。
「次の守護獣を倒しに行くか」
友成の体内からヴァイルドの声が聞こえる。
「ちょっと休みたい」
ゲーム内だから体力とかは別に何ともない。
でも、頭をリフレッシュして色々と考えたい事もある。
「そうだな。連戦続きだから休もう」
「ありがとう。でも、どうしよう。町に入れないんだよな。俺、世間から勇者殺しの勇者として見られてるんだよな」
和紗に頼んでデバッグルームにもう一回入らせてもらうか。それとも、身体を透明にして、洞窟とかでモンスターが来ない事を祈るか。
「それだったら、俺の隠れ家で休めばいい」
「隠れ家あんの?」
「ある。小屋だが一人ぐらいなら休める」
「じゃあ、休ませてくれ」
「あぁ。場所は生命の泉・ヴィダクヴェレ近くだ」
「了解。トラス・リコレライゼ。目的地は生命の泉・ヴィダクヴェレ」
友成の身体が浮上していく。
友成の身体が空中を超高速移動している。
この感覚にだいぶ慣れてきた。
友成の視界の先に生命の泉・ヴィダクヴェレが見えてきた。
あれが生命の泉か。寒いせいで泉が凍ってやがる。
友成の身体が一時停止する。その後、そのまま地上に落下していく。
これも最初はどうなるかと思ったけどもう大丈夫。
友成の身体が地面に直撃する直前に全ての力がなくなる。
友成は地面にゆっくり着地した。
この着地する前の感じがアトラクションみたいに楽しくなってきた感じがする。
友成はヴァイルドに道を教えてもらい、隠れ家に向かう。
道は黒い雪で埋めつくされている。道の両側には黒い雪に覆われた木々が生えている。
黒い雪が降ってないこの世界を冒険してみたいなと思う。こっちに来てから黒い雪に覆われた世界しか見てないから。
「あそこだ」
ヴァイルドが言う。
友成の視界の先には雪が積もった小屋がある。
あれね。なんか、いいな。マジでいいな。小屋で休むとかテンション上がるな。
友成は小屋の前に着いた。小屋の側には黒雪に覆われた花壇や花瓶がある。
「あのさ、どう入るの? 鍵持ってないよ」
「そこの花瓶の下に隠してる」
「か、花瓶の下ね」
友成は花瓶を持ち上げた。花瓶の下には鍵があった。
「あっただろ」
「あったけどさ、不用心すぎない」
友成は鍵を手に取り、花瓶を元の位置に置く。
盗人がこの場所を知れば小屋の中の物は盗まれるし、アジトとかに使われるかもしれないのに。
「大丈夫だ。ここに人が来るのはそうない」
「でもさ」
そう言う話じゃなくてさ。危機管理をしないとさ。
「来たら斬るだけだ」
「そ、そうですか」
ヴァイルドって賢いと思ってたけど違うのかもしれない。
「おかしいか」
「べ、別におかしくないと思います。はい」
肯定するのが正解だ。否定したらめんどくさいに決まってる。
友成は小屋のドアの鍵穴に鍵を差して開錠する。その後、ドアノブを掴んで回して、ドアを開けて、小屋の中に入る。
小屋の中は窓際にベット、中央にはテーブルと椅子が三脚、壁にはコルクボード、その下には木製のチェストがある。
「寝るんだったらそのベッドを使ってくれ」
「ありがとう」
友成なチェストの前に行く。チェストの上には写真立てがあった。その写真立てに飾られた写真は笑顔の黒髪のノワールが真ん中で俺と照れてるヴァイルドと腕を組んでいるものだった。
俺の部分はプレイヤーによって変わるのだろう。
「どうかしたか?」
ヴァイルドが訊ねてくる。
「仲が良かったんだな」
「あぁ、仲が良かった」
仲が良かったのにノワールを賭けて争ったんだよな。
「ノワールは黒髪だったんだな」
「髪色が変わってたのか」
「白くなってた。もしかしたら、ストレスなのかもな」
最初はノワールなのに白髪はおかしいと思ったけどストレスで色が抜けたって考えたら納得するな。
「……そうか」
「ヴァイルドはノワールの事どう思うんだ」
「好きさ。これからもずっと」
ヴァイルドは何の迷いもなく答えた。
「かっこいいな」
そこまで言い切れるのは素直にかっこいいと思う。
「お前は?」
「記憶がないから分からない」
「……グレイ」
ヴァイルドの悲しそうな声が聞こえる。
「でも、一つだけ分かる事がある。ノワールの気持ちを蔑ろにしたことさ」
「……そうだな」
「魔王を倒してノワールを助けたら謝ろうな」
「あぁ、謝ろう」
「じゃあ、休むわ」
友成はベットに向かう。
ヴァイルドの想いが伝わればいいな。
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