第30話 これからの人生

 目が覚めた。見えるのは優奈の家の寝室の天井。

 身体中の痛みはしっかり残っている。この痛みは数日は取れないだろう。まぁ、時間が経てば消えるものだからいいか。


 俺は床に手をついて、起き上がった。

 足は今すぐにでも攣りそうなほどだ。


 窓を開けて、外を見る。

 オレンジ色の空。夕方なのか。今は何日の何時だろうか。


 俺はズボンのポケットから、スマホを取り出して、ホーム画面を見る。

 あれ、ホーム画面にならない。画面は真っ暗まま。


 も、もしかして、充電切れか。優奈に充電器貸してもらわないと。


 時間を確認できるものがあるか、周りを見渡す。

 あ、あった。

 本棚の上にデジタル式の置時計がある。


 デジタル式の置時計の画面には3月17日金曜日の16時43分と表示されている。


 まだ、今日のままか。それじゃ、あれから、9時間近く寝ていたんだな。まぁ、しゃーないか。疲れも溜まりきってたし。

 俺はドアを開けて、リビングに出た。


 優奈はソファに座り、万美は床に座り、テレビを見ている。


 テレビの画面の右上には「黒いポストカード事件。守谷鍵が事件解決」と、テロップが表示されている。番組はどうやら、報道番組のようだ。


 ニュースキャスターとコメンテーター達が映っている。

「あっり。やっと起きた。ご飯食べる?」

 優奈は寝室から出てきた俺に気づいて、訊ねて来た。


「食べる」

「わかった。すぐに作ってあげるから待ってて」

 優奈はソファから立ち上がって、キッチンへ向かう。


「悪いな。色々と」

「いいのいいの」


「ありがとう」

 俺はソファに座った。


「おはようございます」

 万美は笑顔で言ってきた。目元は泣いたせいで腫れている。


「おはよう」

「あの一つ言っていいですか?」

 万美は少し不機嫌そうだ。何かあったのか。


「おう。どうした?」

「なんで、守谷さんがこんなに讃えられるんですか。事件を解決したのは有瀬さんなのに」


 万美は「納得できません」と言わんばかりの顔をしている。まぁ、この年齢ぐらいの子ならこんなふうに考えても仕方ないか。


「それは俺があいつの影武者みたいなもんだから。俺の役割は日の目に当たるものじゃない。影で支えるのが仕事なんだよ」


 賞賛なんてされなくていい。誰かが救われたらいいんだ。それにもともと怪盗の弟子だ。日の目に当たる生活には慣れていないし、慣れようとも思わない。


「でも……」

 まだ納得できないみたいだ。


「万美は俺がやった事を知ってるだろ」

「……はい」


「俺はそれだけでいいんだよ。なぁ。だから、納得してくれ」

「わ、分かりました」

 俺は万美の頭を優しく撫でた。


 万美は渋々納得してくれたみたいだ。 


 人を助ける事が讃えられる世界じゃなくなればいい。当たり前に人が人を助ける。そんな簡単な事をできる世界になればいい。


 そうすれば皆が幸せになるはず。でも、それが出来ないのも分かってる。だって、人間はエゴの塊だ。自分がよければいい。醜い考え方。


けれど、それが人間でもある。人間って、本当に面倒な生き物だ。

 人間である自分が言うのも何だけど。

  




 優奈が作ってくれた飯を食べてから、守谷探偵事務所へ向かっていた。


 守谷にまだ仕事が終わった報告をしていない。報告しないと、色々言われそうだから一応しないと。もう事件が解決した事はテレビか何かで知っていると思うけど。


 守谷探偵事務所があるビルの近くに着いた。

 事務所の周りには大勢の記者やカメラマンやアナウンサー達が居る。


 マスコミ、マスコミ、マスコミだ。


 これはあれだ。事務所の中には入れない。報告は後日にしよう。守谷もマスコミの対応に追われているだろうから。

 あ、いいこと思いついた。


 守谷にこのマスコミ対応の代行を頼まれない為にも、スマホの電源を切っておこう。それがいい。


 俺はズボンからスマホを取り出して、電源を切ろうとした。すると、画面に「愛理」と表示され、電話に出るか出ないかのマークが出てきた。


 どうしたんだ。あいつから電話を掛けてくるなんて。子供達の相手をしてくれか何かか。


 まぁ、今回の事件で色々と迷惑かけてるしな。電話に出てやろう。いや、電話に出ないといけないな。


 スマホの画面をタップして、電話に出た。

「はい。もしもし」

「まず最初に事件解決お疲れ」


「お、ありがとう。今回は色々とありがとうな」

 珍しいな。愛理がこんなふうに労ってくれるなんて。今まで数回あるかないかだぞ。


「どう致しまして。そんな事より早くせせらに来なさい」

「子供達に何かあったのか?」


「子供達は別に何もない」

「じゃあ、なんだよ」

 それ以外に呼び出す理由ってあるのか。


「師匠が帰って来てるから。会いに来いって」

「そ、そう言う事ね。それなら、今すぐ行くわ」


 師匠が帰って来ているとは。知らなかった。

「なるだけ早く来なさいよ」


「了解。それじゃ、電話切るぞ」

「どうぞ」

 俺はスマホの画面をタップして、電話を終了させた。


 師匠が帰って来ているなら色々と報告しないといけない事がある。守谷に脅されている事とか。探偵代行している事とか。





 児童養護施設「せせら」の前に着いた。

 グラウンドには子供達は居ない。仕方ない。18時を過ぎている。夕食の準備を皆でしているのだろう。


 俺は「せせら」の敷地内に入った。

 施設の建物のドアが開き、誰かが出てきた。


「久しぶりだな。馬鹿弟子」

 白髪混じりの短髪、60代とは思えない皺の少なさ。そして、あまり言いたくはないけど男前な顔、間違えない師匠だ。


「師匠。馬鹿は余計です」

「そうだったか。悪い悪い」

 師匠は俺の肩を何度も叩く。


 はっきり言うと痛い。叩くならもう少し加減をしてほしい。大きな声では言えないが。 


「あははは」

 苦笑いで答える。


「どうだ。最近は?」

「……それは」

 どこから説明したらいいのだろうか。てか、怒られたりしないだろうか。あれ、言葉が出てこないぞ。


「どうした?」

「えーっとですね」

 どうしよう。どうすればいい。


「言いにくいか。探偵代行している事が」

「え? なんで、それを。もしかして、愛理が言ったんですか?」


「愛理は何も言っておらん。守谷君から聞いたんだよ」

「はぁい? 守谷君って?」


 師匠はおかしな事を言っていないか。も、もしかして、し、知り合いなのか。守谷と。


「お前の雇い主だろ。守谷鍵君だよ」

「へぇ?」 


「あーお前達は知らなかったか。守谷君とは知り合いなんだよ」

 この口ぶりなら愛理も知らないんだな。愛理ぐらいには言っておけよ。俺より愛理の方が苛々してたんだから。


「知り合い? 意味分かんねぇ」

「まぁ、説明は面倒だから説明しない」


「それ大事なところだろ」

 この人は昔からこう言う所がある。大事な話を大事にしない。


「いいじゃないか。そんなに大事な事じゃないし」

「いや、大事だろ」

 自分で決めるなよ。マジで。


「あれなんだよ。守谷君から君を探偵代行にしてもいいかって聞かれてさ。『いいよ』って答えた。だって、お前ふらふらしてんだもん」

「話を変えるなよ」


 人の話を全く聞いていない。自分の言いたい事だけ言うんだよ。この人は。


「それにさ。お前事件解決したんだろ。お手柄だな。それにしても、面白いな。怪盗の弟子が事件解決するなんて」と言って、師匠は笑っている。


「人の話聞いてます?」

 少しでいいから聞けよ。


「うん。聞いてない。お前の話を聞く訳ないだろ。俺が」

「で、ですよね。でも、ちょっと待った。それじゃ、あいつが師匠の名前知ってたのって」


 し、師匠じゃなかったら一発ぐらい殴ってやりたい。


「あーあれ。俺が教えた。守谷君が言ってたよ。俺の名前を使ったらすぐに言う事聞いてくれたって。お前、いい奴だな」

「そ、それも知ってたのか」

 このクソ師匠。


「知ってたさ。逐一連絡あったから」

「あいつ連絡してたのか」


 俺はずっと守谷の掌で踊らされていたのか。考えるだけでむかついてきた。あいつは一発殴ろう。それぐらいは許されるはずだ。いや、誰でもいい許してくれ。


「それにしても、彼は天才だな。本当に。お前が事件解決する間に10件程事件を解決してたんだから」

「あいつ執筆だけしてたんじゃないのか」


 執筆以外にも色々としていたのか。だから、執筆があんなに進んでいなかったのか。


「あぁ。彼、あー見えて結構熱い男だからな」

「……熱い男」

 熱い男じゃないだろ。どちらかと言えば冷たい男だ。俺に対しては特に。


「それでどうするんだ。これから」

「これからって?」


「探偵代行を続けるのか?」

「まぁ、契約は終わってないし」


「そうか。続けるか。いやーよかった。頑張れよ」

「え、あ、うん」

 なんだろう。この無理やり丸め込まれている感じは。けど、これ以上この人に何を言っても意味がないし。もう、自分で強引に腑に落とさないといけないな。







翌日になった。

 守谷から呼び出され、事務所に向かっていた。

 また守谷の世話をしないといけないのか。あと、師匠と知り合いだった事をとっちめないと。


 守谷探偵事務所があるビルの前に着いた。

 今日はマスコミはいないようだ。昨日との差が違いすぎて、ちょっと驚いている。


 ビルに入り、階段を上り、守谷探偵事務所のドアを開けた。


 事務所の中にはソファに座る優奈と万美、それとノートパソコンが置かれているデスクの前の椅子に腰掛ける守谷が居た。


「どうして二人が居るんだ」

「私が呼んだんだ」

 守谷は言った。


「アンタが呼んだ?」

「あぁ。表崎さんのこれからについて話していたんだよ」


「万美のこれからについて?」

「そうだ。私が説明するより、本人が説明した方がいいだろう」


「あ、はい。えーっとですね。私、高校行きながらここでお手伝いする事に決めました」


 万美はソファから立ち上がって、言った。


「お、おう。でも、普段の生活はどうするんだ? 親戚の所に行くんだろ」

「永久子さんの所には行きません」


「じゃあ、どうするんだよ」

 他にどんな選択肢があるんだ。


「守谷さんのお父さんが所有するマンションの一室で1人暮らしします」


 守谷家はどれだけお金持ちなんだ。教えてくれ。そして、俺にもマンションの一室を貸してくれ。


「ひ、1人暮らし? 生活費は?」

「ここでもらう給料から出していきます」


「大丈夫なのか? 足りるのか?」

 守谷の事だ。くそ悪い待遇かもしれない。


「はい。普通のバイトより3倍はいただけますし」

「そっか。そうならいいんだけど」

 とても良い待遇みたいらしい。疑って申し訳ない。口では言わないけど。


「はい。それに寂しくなったら、優奈さんの所へ泊まりに行きますし」


「ドンと来い。いつでも、来ていいから」

 優奈はサムズアップをした。


 万美は優奈にサムズアップをしてから、「私、私みたいな人を助けたいんです。事件で大切な人を失った人を」と言った。


「……万美」

「だから、これからもよろしくお願いします。有瀬さん」

 万美は頭を深く下げてきた。


「お、おう。よろしく」

 俺も頭を深く下げた。


「そう言う事だ。さぁ、早く。掃除をしろ」

 守谷の命令が耳に入って来た。


「ちょっと待て、こら。言いたい事がたくさんあるんだよ」と、顔を上げて言った。


「言いたい事?」

 守谷はそんな事あるのかみたいな顔をしている。

「師匠と知り合いだったみたいだな」


「そうだ。それが何か悪いか」

 この男、マジで悪いと思っていないな。


「悪いに決まってるだろ」

「なぜだ? 理由が分からん」


「知り合いだったらスタンガンとか脅したりしなくても頼めただろ」

 スタンガン、まぁまぁ痛かったんだぞ。それに脅し方も悪質だったし。


「いやーあれは。一回やってみたくてな。あんなに綺麗に気絶するとは思ってなかった」

 守谷は笑顔で語った。


 こ、こいつ。サ、サイコパスだ。

 人間の血が通っていない。良心をどこかに捨てて来たに違いない。


「こ、怖いわ」

「まぁ、あれだ。これからも雑用及び探偵代行頼んだぞ」


「この極悪人。刑務所に一回入れ」

 牢に入って一からやり直せ。


 契約が終わるまで俺はこのくそやろう探偵の代行をしないといけない。


 不本意ではあるが。


 でも、俺が探偵代行して助かる命もあるはずだ。万美のように。1人でも助けたい。そうしないといけない。


 怪盗の時は何かを盗んだり奪ったりする。

 探偵代行している時だけは奪うんじゃない。奪わせないんだ。


 誰かの一回きりの人生を。

 

            

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大怪盗の愛弟子は探偵代行 APURO @roki0102

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