第29話 事件の解決を報告


警察署で色々な作業を終えて、公園のトイレで変装を解き、優奈の住んでいるマンションに向かっている。


 身体中がバキバキで、足もおぼつかない。変装で使用した服や靴や道具が入ったリュックが重い。肩から早く下ろしたい。なんと言うか、全ての力を使い切ったよう気がする。


 街も朝方のせいか開店していない店が多々ある。

 一世一代の仕事を終えたと言うのに、街はこれから始まると思うと、ちょっと寂しく感じる。


 まぁ、俺は日の目の当たらない立場だから別に気にする事はないんだけど。けど、心が勝手にそう考えてしまうのだ。


 あー寝たい。俺は何時間起きたままなのだろうか。少しでも立ち止まったら、そのまま立ったまま寝れる自信がある。


 優奈のマンションの前に着いた。


 ごみ袋を所定の場所に捨てる人や俺と同じように朝帰りをする人達などが居る。


 俺はマンションに入り、エレベーターに乗り、優奈の部屋のある階へ向かう。


 エレベーターの中には誰も居ない。

 普通に立っていると寝てしまいそうだから、身体を横に振る。


 睡魔が、睡魔が、睡魔が襲って来る。俺に眠れと語りかけてくる。でも、まだ寝る事はできない。許されないんだよ。万美に全てを報告するまでは。


 エレベーターが止まり、ドアが自動で開く。

 俺はエレベーターから降りて、優奈の部屋に向かう。


 あれ、エレベーターから優奈の部屋まで、こんなに遠かったっけ。そうか。俺の足が前に全然進んでいないんだ。


 ようやく、優奈の部屋の前に着いた。もう、ゴールは目の前。


 インターホンを鳴らす。

 部屋の中からこちらへ近づいてくる足音が聞こえてくる。


 このドタドタした音。優奈だな。

 ドアが開き、すっぴんの優奈が出てきた。


「ただいま」

「あっり」

 優奈は抱きついてきた。


「痛い痛い痛い」

 筋肉痛には少しの刺激もよろしくない。


「力入れてないよ」

 優奈は抱き締めるのを止めて、訊ねて来た。


「身体中が筋肉痛なんだよ。頑張ってきたから」

「そっか。そうだよね。それで、どうだったの?」


「ここに戻って来たんだから無事事件解決だよ」

「本当に?」

 優奈は嬉しそうな顔をしている。その笑顔を見て、ちょっと嬉しくなった。本人には絶対に言わないけど。


「本当だよ」

「もう最高。ご褒美に抱き締めてあげる」

 優奈は両手を広げる。


「それはお前がしたいだけだろ」

「うん。私のご褒美」

 優奈は力強く抱き締めてきた。


「痛い痛い痛い痛い痛い」

 優奈は的確に痛い所に力をかけてくる。


 あーやばい。このまま死にそうだ。ここでは死にたくない。それに死因が女性に抱き締められて死ぬって、なんだか悲しい。


「照れちゃって」

「照れてない。マジで言ってんだよ」


「えー優奈、日本語わかんない」

 ギャルみたいな声を出すな。恥ずかしい。


「理解した上で分からないふりするのが一番悪質なんだよ。馬鹿」

「馬鹿って言葉さえ、愛の言葉に感じる」


「くそポジティブ。いや、違う。都合よく変換するな」

「いいじゃん、いいじゃん」


「朝からしんどい。それに万美に報告したい事があるんだよ」

「あーそっか。そうだね。報告してあげて」


 優奈は抱き締めるのを止めた。

 か、身体がここに来る前よりもボロボロだ。もう、RPGゲームだったらライフ残り3ぐらいだ。

「お、おう」


「あとでまた抱き締めてあげるから」

「やめろ。マジでやめろ」

 これ以上抱き締められると身体がばらばらになりそうだ。


「遠慮しなくていいのに。この照れ屋さん」

「遠慮していないし、照れ屋でもない。マジで嫌がってんだよ」


「え、酷い。乙女心がクラッシュしちゃった」

「うるせぇな。美人なんだから黙っててくれないかな」

「え? 本気で言ってる?」


 優奈は顔を赤くして訊ねて来た。

 高校生か。いや、中学生か。まぁ、どっちでもいいけど。


「本気で言ってるから。少し黙ってて」

 美人だとは昔から思ってるから。それは事実だ。

「じゃあ、黙ります。お口チャックします」


 優奈は口にチャックをするジェスチャーをしてから、黙った。


 ほーう。褒めればある程度の言う事は聞いてくれるんだな。これから、どうしても、面倒な時はこの手を使おう。

「優奈さん。うるさい」


 万美が目を擦りながらリビングから出てきた。

 寝ていたのか。起こしてしまって申し訳ないな。


「ごめんごめん。今、起きたのか」

「あ! 有瀬さん」

 万美は俺に気づき、駆け寄って来た。


「ただいま」

「おかえりなさい」


「君にね。報告があるんだ」

「報告? もしかして」


「あぁ。そのもしかしてだよ。お姉ちゃんを殺した人達を捕まえたよ。これで君は自由だ。誰に怯える事なく人生を歩める」


「ほ、本当ですか?」

 万美の口角が上がっていく。


 この表情は嬉しいと言う言葉だけで片付けてはいけないだろう。


「本当じゃないと、俺、酷いやつだろ。俺は酷い奴か」

「違います。最高の人です」


 万美は抱き締めてきた。 

 痛い。けど、痛いと言えない状況だ。我慢しろ、俺。痛みと友達になるんだ、俺。


「ありがとう」

 ボロボロの身体の最後の力を振り絞り、抱き締め返した。


「ほ、本当にありがとうございます。お姉ちゃん……お姉……ちゃん」


 万美の声が震えている。きっと、泣いているのだろう。様々な感情が心の中で飛び交っているはずだ。


「何も言わなくていいから」

 泣いているか確認する事も可能だけど、そんな無粋な事はしない。


 泣く時はひたすら泣けばいい。溜め込んでいたものを全て吐き出すように。


 それは心に一番いい事なはずだから。

 俺は左手で万美の頭をそっと撫でた。


 視線を感じる。

 俺は恐る恐る優奈の方を向く。


 優奈は声を出さすに「私もハグしていい?」と、訊ねてくる。


 俺は首を横に振る。

 優奈は頬を膨らませて、拗ねた。


 お前。声出さなくてもうるさいな。静かにする訓練を受けろ。いや、そんな訓練あるのか。まぁ、今はどっちでもいいんだけど。


「万美。家に入ろっか。ここじゃ、他の人の邪魔になるから」

「……うん」

 俺達は部屋の中へ入った。

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