第28話 大怪盗の愛弟子は事件を解決する
外から微かに波の音が聞こえてくる。それ以外の音は殆どしない。嵐の前の静けさと言えばいいのだろうか。
倉庫の中の照明は点けている。まず、消す必要がない。それと、倉庫の周りに待機している警察達が二人を捕まえる時に時間がかからない為の配慮でもある。
深山さんにはもう古本が犯人の1人だと伝えた。
最初は信じてもらえなかった。しかし、情報を見せると、納得してくれた。一番傍に居た人間に裏切られたと言うのに強い人だ。
この事件で守谷に変装するのは今回で最後だ。なぜなら、これにてこの事件は終幕するから。
こんなくそな、サスペンス終わせた方がいいに決まっている。
ネクタイに搭載されている録音レコーダーの電源がONになっているか確かめる。
これがOFFだったら、こんな危険な事する必要がない。スーツの下に防弾チョッキは装着しているけど、銃弾が当たれば痛いし。それにもし顔面に当たれば即死だし。
録音レコーダーの電源はONだった。
よかった。これであとはあの二人から色々と聞き出すだけでいい。撃たれないようにしながら。もし、やばくなったら待機している人達を呼び出さないと。突撃合図は左耳に付けている無線を通して出す。突撃合図は「これで終わりです」だ。
デジタル腕時計で時間を確認する。
3時58分と、表示されている。
あと二分か。いや、もう来るかもしれない。気を張らないと。いきなり、銃を撃って来る可能性がある。
松田と古本はこの事件に関わるデータと梶野を消したいはずだから。
外からこちらに近づく複数の足音が聞こえる。足音の数からして、二人。すなわち、松田と古本に違いない。
二つの足音が止まった。それと、同時に倉庫のドアが開き、松田と古本が倉庫に入って来た。
「松田義正さん、古本章さん。よく来られました」
松田と古本は立ち止まった。二人とも、表情には出していないが、身体の挙動から驚いているのが分かる。どれだけ表情を隠せたとしても、身体は正直に反応するものだ。
「あれ? 守谷さん。なんで、こんな所に居るんですか?」
古本は白々しく質問をしてきた。
松田はドアを閉めた。
「それはここに招待したのは私だからです」
「何を言ってるんですか? 小説の書きすぎで頭おかしくなったんじゃないですか?」
「それはないですよ。じゃあ、なぜ、お二人は仲良く来られたんですか。理由を教えてください」
「それは……」
古本は答える事ができない。
松田は言葉を発さない。きっと、これからどうするかのシュミレーションでもしているのだろう。
まぁ、その全てのシュミレーションは全て失敗に終わるように何重にも罠を仕掛けているんだけどな。
君達は罠に引っ掛かって抜け出せない害虫と同じ。
俺はその害虫を今から駆除するだけなんだよ。
「これが欲しいのかい?」
俺はジャケットの胸ポケットからUSBメモリーを取り出して、二人に見せた。
「渡せ。さもなくば撃つ」
松田は腰に付けているホルスターから拳銃を出して、銃口をこちらに向けてきた。
「松田さん。守谷を殺すんですか」
古本は松田に訊ねた。
「仕方ないだろう。あのデータがある限り、俺達に自由はない。それに幸い、ここは海の目の前だ。殺した後に海に投げ捨てれば、どうにかなるだろう」
「それもそうですね」
古本も腰に付けているホルスターから拳銃を取り出して、銃口を向けてきた。
恐ろしい二人だな。人を殺すと決めたら簡単に行動に移せるんだな。
俺は両手を上に挙げた。よく、テレビドラマや映画で見るやつ。
「古本さん。貴方の拳銃、警察のものですか?」
「違いますよ。これはヤクザが密輸入したものを拝借したもの。これだったら、足がつかないんでね」
「そうですか。それはよかった。警察の銃で殺されずに済んで。悪人に正義の為の拳銃を使ってほしくないので」
「正義? なに、馬鹿な事言ってるんですか。警察も正義じゃないっすよ」
古本は小馬鹿にするように言ってきた。
「そうですか。なぜです」
「警察の上は政治家の罪を金で誤魔化してるんですよ。正義はね、国民を守る為のものじゃないんです。力ある者を自由にする為に捏造するのが正義なんですよ」
古本の言う事には納得してしまう部分がある。でも、それは人を殺していい理由にはならない。
「よく言いますね。でも、君が人を殺す理由はどうせお金のためでしょ」
「あぁ、そうさ。警察だけだったら稼げる額なんてたかが知れてるんだよ」
それなら最初から警察になるなよ。そこから間違えてるんだよ。この馬鹿野郎。それにこいつ、立場が優位に変わったから口調が変わった。
「だから、人を殺すんですか?」
「その通りだ。金を稼ぐ為にな。拳銃も自由に使えるし」
もしかして、こいつ。人を殺すのをゲーム感覚でしてるのか。
「人を殺した金で買ったもので満足できますか?」
「満足だ。人を殺すだけでいいんだから」
高級時計やブランドものは手にした者自身に価値がないと意味がない。お前が身に着けた時点で、どんなブランド品もただの粗悪品に成り下がってしまう。
「……そうですか。それじゃ、現談社の記者・表崎千尋さんを殺害したのは貴方ですか?」
「あぁ、そうだ。証拠映像を撮られたみたいだったからな。編集長は口封じの為に殺した。家を燃やしたんだけど、妹は居なかったみたいで残念だったけど。どうせ、時間が経てば見つかるだろうし。見つけ次第殺せばいいし」
古本は得意げに語った。
もう隠す事がなくなって本性が出ている。なんで、こんなやつが警察になれたのだろうか。いや、もしかしたら、警察に入る前はこんなやつじゃなかったのかもしれない。
そんな事考えてる場合じゃないな。昔がどうであれ、人を殺してしまっているんだ。こいつは。それは紛うことなき事実なんだから。
「じゃあ、松田さんに質問してもいいですか?」
「答える義務などない」
こっちはちょっと時間が空いたのか冷静だな。
「いや、答えてくださいよ。どうせ、私は殺されるんですから。探偵なので真相を知ってから死にたいんですよ。この名探偵守谷鍵が敗北宣言しているんですから。ねぇ。お願いしますよ」
守谷がこの発言を聞けば怒るだろう。
「呆れた奴だ。いいだろう。何を聞きたい?」
松田は小馬鹿にするように言った。
「小池恵吾に護送車を襲わせるように命令したのはお前か」
「小池恵吾? あのキャバ嬢の彼氏か。そうだ。私が命令した。彼女を殺されたくなかったら言う事を聞けとな。まぁ、その彼女は私の秘密を知ってしまったその時にこの世から消えてもらったがな。だから、命令した時点で彼女はこの世に居なかったんだけどな。なんと言うか、愚かな男と女だったよ」と言って、松田は笑った。
何も知らない田舎から出てきた二人の若者の人生を終わらせたのによくそんな事ができるな。
殺してやりたい。でも、殺さない。殺せば、俺はこいつらと同等の存在になってしまう。それだけは、殺された人達、殺された人達の家族の為にならない。こいつらには生き地獄を味わってもらう。
「……そうですか。じゃあ、社長と副社長を消した理由は?」
「簡単だよ。あの会社のトップになるためさ。あの二人のやり方も生き方も嫌いでね」
「……身勝手ですね。本当に身勝手。お二人共」
自分達だけがよければいいのか。なんて、酷い奴らだ。
「どうとでも言え。迷探偵」
「海の藻屑になれ」
松田と古本は俺に照準を合わせようとしている。
「いやーこれで終わりですか。残念だな」
突撃の合図を出した。
その瞬間、窓が割れた。
松田と古本は窓の方に視線を向ける。
外から閃光弾が投げ込まれた。
閃光弾が光を放ち、耳を破壊するかのような音を発生させる。
耳栓してねぇから、ちょー耳痛い。それに眩い光で目をろくに開ける事もできない。けれど、一つだけ分かる事がある。
それは俺が生きていると言う事だ。
どこも痛くない。いやーナイスタイミングだったよ。警察の皆々様。あと少しでも遅かったら死んでたかもしれない。
誰かに肩を触れられている感覚がする。
これは突入した警察が俺を保護してくれているのか。
あーまだ何も見えないからどう言う状況になっているか把握できない。
眩い光がどんどん落ち着いてくるのが目を閉じてても分かる。てか、あれだな。閃光弾は自分で使う時は自分のタイミングだから色々と対応できるけど、いきなりだと対応できないもんだな。勉強になったと思う。
俺は目をゆっくり開けて、隣を見る。
警察が俺の肩を持っていた。
目の前では警察達に捕らえられた松田と古本の姿が見える。
正面のドアが開き、深山さんや大勢の警察達が中に入って来る。
音はまだ閃光弾の影響で聞こえない。みんな何を言っているか全く分からない。
深山さんは古本のもとへ行く。そして、何か言って、古本の顔面を殴った。
古本は殴った深山さんを睨みつける。
深山さんは涙を流している。
その涙は傍に居た者が犯人だと気づけなかった不甲斐なさからか、それとも、面倒を見てきた人に裏切られた悲しみか、はたまた、全く違う理由かもしれない。けど、一つだけ感情を理解できる。
それは辛いって事だ。胸が張り裂けそうだろう。
それだけ古本の事を可愛がっていたのだろう。古本はそれをまだ理解できていない。
なぜ、人間は感情を持つ生き物なのだろうか。感情がなければ、嫌な思いをする事もない。
人を恨んだりする事もない。人を殺したりもしないだろう。
マイナスの事自体考えなくてすむ。それだったら、ロボットでいいのか。それは嫌だな。
良い思いをしたいし、人を愛したいし、人を助ける事だって出来る。プラスの事だけ考えて生きる事はできないものか。いや、それはそれで疲れるのか。
どんな事柄でも、白と黒、天国と地獄、男性と女性のように対の存在が必要なのかもしれない。
まぁ、とにかく、事件が終わった。
これで万美は何に怖がる事もせず自由にこれからの人生を歩む事ができるんだ。
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