第26話 全てが繋がった


 守谷探偵事務所で、優奈と万美と石裏さんが来るのを待っている。


 万美をそのままの姿で連れて来るのは危険だから、愛理に頼んで、優奈に変装させて、双子と言う設定に無理やりして、車で連れて来てもらっている。


 石裏さんはあちらから連絡が来た。どうやら、見せたいものがあるようだ。事件に繋がる物ならいいんだけど。


 俺はホワイトボードに古本の写真を加えた。古本はこの事件に関係していると仮定して貼った。あまりにも怪しいし、あのひまわりのマークが警察を意味するのならば、古本ぐらいしか思い当たらない。


 それにしても、逆さまの天秤のマークは何を意味するのだ。


 守谷は何も言わずにホワイトボードを見つめている。


 ドアをノックする音が聞こえる。

 俺はドアの方へ向かう。


「愛理か?」

「そうよ。二人を連れてきた」

 愛理の声がドア越しで聞こえてくる。


「ありがとう。入ってくれ」

 俺はドアを開けた。そこには愛理と優奈と優奈の姿をした万美が立っていた。


 優奈と万美は事務所の中に入る。


「今度、何か奢るか子供達の面倒みなさいよ」

 愛理の顔は疲れている。急なお願いを聞いてくれて感謝している。


「分かってるよ。ありがとうな」

「はいはい。私は帰るわ。子供達、見に戻らないといけないから」


「色々と悪いな」

「いいのよ。その代わりに早く事件解決しなさいよ」


「おう。任せとけ。師匠の為にも」

「偉そうに。じゃあね」

 愛理は階段を降りていく。


「お休み」

 愛理は振り向かず、右手を上げた。

 弟子の中で一番信頼できるやつだ。本当に。他の弟子を信頼できない訳じゃないけど。


 ドアを閉めて、ソファに座る優奈達のもとへ行く。


「ごめんな。いきなり、呼び出して」

「いいけど。あの女性は何者?」


 優奈は不思議そうな顔をして、訊ねて来た。


 そんなに不思議がる事か。あれか。あんな、しっかりした女性の知り合いが居ると思っていなかったのか。


「俺の妹みたいなやつだ」

「へぇー。深くは後日に聞く」


「おう。そうしてくれ」

 よかった。いつもみたいに面倒な状態じゃなくて。


「でも、一つ質問していい? なんで、美鈴を指名する客の写真があるの」と、ホワイトボードを指差した。

「え? 今、何て言った?」

 そんな偶然あるのか。もしかして、聞き間違いか。


「へぇー、深くは後日に聞く」

「違う。その後だ」

 お前はなんでそこでボケる。天然なのか。天然か。あーどっちでもいい。


「あー『なんで、美鈴を指名する客の写真があるの』って言ったの」


「誰の写真の事を言ってる」

「その松田義正って人だよ。見た瞬間、ぞっとしたよ」


「……松田義正。間違いないんだな」

「うん。間違いない」


「じゃあ、こいつは事件にやっぱり絡んでいたんだ」

「そうか。そう言う事か」

 守谷は突然、声を出した。


「な、なんだよ。いきなり」

 ちょっとびびった。今までずっと黙っていたくせに。


「逆さまの天秤の意味が分かった」

「え? 本当か」


「天秤は裁きとか以外に正義と言う意味もある。正義を逆から見ろ」

「……義正」

 聞くと本当に簡単な意味だった。


「そう言う事だ。私達は簡単な事を複雑に考えていた」

「それじゃ、あのリストの逆さまの天秤の方は松田が殺した人達って事か」


「そうなるな」

「……あのーいいですか?」

 万美は手を上げて、言った。


「どうした?」

「その警察の人が私の家に来た人です」と、万美は古本の写真を指差した。


「本当か?」

「……間違いないです。家をくまなく調べてたの見ました」


「そうなのか。ちょっと待てよ。その後に家が放火された。情報と万美を消すためか。それにもし、リストのひまわりが古本だと仮定すると、あの大金を得てもおかしくない。けど、決定的な証拠がない……」


 これじゃ、警察を捕まえる事ができない。いくら、守谷の姿で言ったとしても信用してもらえない。確固たる証拠がないと。


「そうだな。これだけじゃ、捕まえる事はできない」

「くそ。どうすればいいんだ……」


 守谷の言うとおりだ。あともう少しで全てが終わるのに。最後のピースがない。千尋さんが残したもう一つの情報があれば、二人の悪行を終わらす事が出来るのに。


 何か手は残されていないのか。考えろ。頭をフル回転させるんだ。何か手は残っているはずなんだ。

 突然、ドアをノックする音が聞こえた。


「石裏です。入ってもいいですか?」

 石裏さんの声だ。


 俺はドアを開けた。様々な模様が描かれた木箱を持った石裏さんが立っている。


「どうぞ。入ってください」

「はい。失礼します」

 石裏さんは事務所の中に入った。


 俺は誰も入る事ができないようにドアの鍵を閉めた。

「達樹さん」


 万美はソファから立ち上がって、石裏に駆け寄る。


「どちら様ですか」

「私です。表崎万美です」


「万美ちゃん。僕が知ってる万美ちゃんとは違うんですが。それに同じ顔の人がもう一人いる。双子さんですか」

 石裏さんは慌てふためいている。仕方ない。どこからどう見ても、今の万美は優奈でしかない。


「俺が説明します。そこに居るのはたしかに表崎万美さんです。特殊メイクでソファに座っている波戸優奈に変装させているんです」

 特殊メイクって言った方が分かりやすいだろ。


「ほ、本当ですか?」

「はい。でも、信じられないですよね。だから、変装を解きます」


 事務所内なら安全だな。窓のカーテンはもう閉まってるし。


「いいんですか? 有瀬さん」

 万美は訊ねてくる。


「あぁ、大丈夫だよ。だから、先に衣裳部屋に行ってて」

「はい」

 万美は衣裳部屋のドアを開けて、中に入った。


「少し、待っててください」

「……分かりました」

 俺は衣裳部屋に入る。


「ちょっと痛いかもしれないけどごめんね」

「大丈夫です」

 俺は万美の変装を解いていく。


 万美は痛がる様子も見せずに変装を解くのを我慢してくれている。


「これでOKだ」

 万美の変装を解いた。これで完全に万美だ。石裏さんに信じてもらえるだろう。


「ありがとうございます」

「おう。じゃあ、行こうか」

 俺と万美は衣裳部屋から出て、石裏さんのもとへ戻った。


「どうですか? これで信じてもらえますか?」

「信じらない。でも、万美ちゃんだ」


 石裏さんは驚きを隠せていない。当たり前だよな。知らない人から知っている人に変われば。


「はい。万美です。達樹さん」

 万美は微笑んだ。

 本当に凄いな、万美は。姉が殺され、自宅は燃やされ、命を狙われている可能性もあるのに。


こうやって、他人を気遣って、笑顔を見せる事ができるなんて。きっと、大人になれば素敵な女性になるだろう。しっかりしていない、俺が言うのもなんだけど。


「よかった。君が生きててよかった。行方不明だと聞いて、もしもの事があったらと不安だったんだ」

 石裏さんは今にも泣きそうな顔をしている。


「連絡しなくてすいません」

「ううん。謝らなくいい。君が無事ならそれでいい」


「うん。ありがとう」

 万美も石裏さんの顔を見て、ホッとしたのか目が赤くなっている。


「あのーすみませんがその木箱はなんですか?」

 石裏さんが手に持っている様々な模様が入った木箱を指差して、訊ねた。


「これが見てもらいたいものなんです。千尋が記念日の今日に届くように日時指定していた小包が届いたんです。その小包の中に僕に対するプレゼントと手紙とこれが入ってて。この中に何か入ってるんですけど。開け方が分からなくて」

「ちょっと見せてもらっていいですか」

 取り出せない。何か仕掛けでもあるのか。


「どうぞ」

 俺は石裏さんから様々な模様が入った木箱を受け取る。


「……これは、秘密箱」

 ある一定の操作をしないと開かないように作られたものだ。


「秘密箱?」

「一定の操作をしないと開かない箱なんです」


 ソファ前のテーブルの上に秘密箱を置き、模様をずらしていく。すると、カチャと音が鳴り、箱が開いた。箱の中にはUSBメモリーが入っていた。


「凄い。開いた」

「このUSBの中身を見ても、いいですか」


 俺はUSBメモリーを手に取り、石裏さんに訊ねる。


 このUSBメモリーに事件に関するデータが入っているかもしれない。 


「もちろん」

「ありがとうございます」

 俺は守谷のノートパソコンを起動させて、USBメモリーを読み取る。


 マウスを操作して、USBメモリーのデータを開く。中には「証拠」と書かれた動画ファイルが一件入っていた。


 俺は「証拠」と書かれた動画ファイルをクリックした。すると、動画が始まった。


『助けてくれ。助けてくれ』

 ボロボロの服を着た男性が両手を手錠で縛られ、鉄の鎖で鉄柱に縛りつけられている。


 ボロボロの服を着た男は無理やり解こうと暴れている。


「もしかして、梶野蓮か」

 狐みたいな顔。たしかに梶野蓮だ。遺体よりは痩せていないが。


「……間違いないだろう。梶野蓮だ」

 守谷は動画を見ながら言った。


『うるさいやつだな。こいつは』

『本当っすね』

 スーツ姿の男性が二人、画面に現れた。1人はよく見えないが黒を基調とした腕時計をしている。もう1人は顔がはっきり映っている。


 ……松田義正だ。間違いない。YM社の専務であり、美鈴を指名していた客。この事件で一番得をする男。


『お前ら、こんな事して無事で済むと思うなよ』

 梶野が松田ともう一人の男に怒鳴る。


『どの口が言ってんだ。このクソ野郎」

 松田が梶野の顔面を叩いた。


『やめてくださいよ。松田さん。そんなことしたら、顔面に指紋とか付くじゃないですか。黙らせるんでちょっと待ってください』

 もう一人の男性は画面から消えた。


 この声どこかで聞いた覚えがある。


『これで大丈夫です。一応、手袋もしてるんで指紋はつかないと思いますし』

 もう一人の男性がまた画面に出てきて、梶野の口にガムテープを貼り付けた。


 梶野は必死に暴れているが、ガムテープのせいで声が出せない。


『あともう少しで計画も終了するな』

『はい。警察の方は任せてください。でも、面倒なのが守谷探偵なんですねよ。上が事件の捜査依頼しちゃって。彼の目を欺くの結構難しいんですよね。それに有名人なんで、殺すのが難しいし』


 この口ぶり、もう一人の男は警察関係者。

 ……俺の推理が正しければ、古本で間違えないはず。でも、顔が映っていないから、断定はできない。


『まぁ、まだ気にしなくていいだろ。私達がこいつの名前を使って、お互いに不利益な奴らを殺しているとは気づきやしない』

『たしかにそうっすね。黒いポストカードにこいつの指紋付けてるだけなんすけどね』

 松田じゃない方の男性は笑っている。


 イカれている。こいつの頭はおかしい。人を殺す事になんの罪悪感も感じていない。


 空き缶が倒れる音がした。


『や、やばい』

 女性の小さな声が聞こえる。これは千尋さんの声で間違いない。


『誰かいるぞ』

『消してきますね』

 男が振り返ろうとしたところで、動画か終わった。


「松田が犯人の1人だと確定したな」

「そうだな」


「この動画を早く警察に持って行きましょうよ」

 石裏さんは提案してきた。


「いや、それはまだ止めておきましょう」

「なんでですか?」


「松田じゃない方の男は警察関係者で間違いないはずです」

 十中八九、古本で間違えないと思う。もし、古本じゃなくても、言葉から警察だと断定できる。


「守谷さんも同意見ですか?」

 石裏さんは訊ねた。


 ちょっと信用してほしいな。気持ちは分かるけどさ。言わないけど、傷つくよ。


「私もそう思います」

「……そうですか」


「焦らないで。達樹さん。絶対にこのお二人が事件を解決してくれるから」


「……万美ちゃん」

「そうですよ。きっと、解決してくれますよ。うんうん」


 優奈は空気を読んだ。さすがキャバ嬢。空気の変化を察知して、何をすればいいか分かっている。


「石裏さん。もう一度、動画を見てもいいですか」

 何か見落としている部分がある気がする。


 それもこの男が古本であると断定できる証拠を。


「構いませんが」

「ありがとうございます」

 もう一度、動画を再生する。


 梶野が暴れているところには何も古本である証拠はない。

 松田と古本と思われる男性が画面に現れた。


 動画を一時停止して、何か証拠があるか見る。

 古本と思われる男性が腕に付けている腕時計どこかで見た覚えがあるんだよな。


 俺は腕時計を拡大する。黒で全体をカラーリングされている。長針と短針と文字はグリーンで塗装されている。


 これって、もしかして。


「……カルネルの腕時計だ」


 たしかにこの腕時計はカルネルの腕時計だ。それも、古本が「オールド・ベスト」で買ったものだ。


「それがどうかしたんですか?」

「この腕時計、プレミアもので世界に一つしないんです。そして、その所有者は古本章。この一連の事件を担当している警察です」

 これで古本が犯人の1人だと断定できた。


「そ、それは本当なんですか?」 

 石裏さんは興奮気味に訊ねてくる。


「はい。俺のよく行っている古着屋で売っていたものです。店長さんが写真を撮っているので間違いありません」

「それじゃ、警察に行きましょう」


「……まだ行かない方がいい」

 守谷は言った。


「な、なんでですか」

「警察関係者を捕まえるとなると、色々と面倒な事があるんです」


「でも、その古本が犯人なんでしょう」

「えぇ。だから、提案があります」


 おい。ちょっと待てよ。何を提案する気だ。


「……提案?」

「はい。犯人が分かってるんです。現行犯で警察の方々に捕まえてもらいましょう]


「現行犯で捕まえる? 何をするんですか?」

「それは彼が全てやってくれます」

 守谷は俺を指差した。


「お、俺?」

 無茶ぶりも大概にしろよ。何も考えていないぞ。俺。


「あ、有瀬さんがですか?」

「えぇ。彼なりのやり方でやってくれるはずです。ねぇ、有瀬君」


 俺なりのやり方? ……そうか。怪盗のやり方で、二人を呼び出せって事だな。


「……はい。任せてください」

 怪盗と言うものを汚した松田と古本には制裁を下さないとな。怪盗でしかできない方法で。そして、二人を牢に入れて、万美の自由を奪い返さないと。

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