第25話 快楽殺人犯の遺書
廃ビルの前に着いた。
周りには使われていない工場などがあり、人があまり来なさそうな場所だ。潜伏先にはうってつけの場所だと思う。
廃ビルの前には他の事件現場と同様バリケードが作られ、警察が二人立っている。
ここに梶野の遺体があるのか。
腕時計で時間を確認する。19時10分。
俺と深山さんはパトカーから降りて、廃ビルの中へ入って行く。
廃ビルの中には大量の写真や資料が散らばっている。
鑑識や警察達は、その写真や資料を踏まないように色々調べている。
写真を良く見ると、今まで殺された人達の死体の写真だ。
若手の警察は俺達が来た事に気づき、駆け寄って来た。
「深山さんと……」
「守谷です」
気を張っていないと言い間違いそうになる。
「守谷さんですね。失礼しました」
「それで色々と分かったのか」
深山さんは若手警察に訊ねた。
「はい。梶野は拳銃自殺です」
「拳銃自殺だと。なぜ、自殺だと断定できる」
たしかにそうだ。自殺と言うには根拠が必要だ。
「遺書が見つかったんです」
「遺書? 本当か」
深山さんには俄かに信じ難そうな表情を浮かべた。それはそうだろう。だって、大勢の人達を殺した殺人犯が自殺するはずがない。それに遺書などわざわざ書かないだろう。
「はい。見ますか?」
「あぁ、当たり前だ。守谷さんも見ますよね」
「えぇ。見せてください」
「それじゃ、取って来ます」
若手警察は遺書を取りに行った。
「どう思われますか?」
「自殺はありえないと思います」
守谷になりきりながら答える。快楽殺人犯なら、もっと大勢の人を殺して快感を得たいはずだ。それを自分で終わらせるなんて、ありえない。
人間は欲望に弱い生き物だ。欲望にありのままに生きている人間が欲望に抗う事なんてしないはず。
「そうですよね。私もそう思います」
「他に犯人がいると思いますか?」
どう答えるだろう。これだけ、証拠があれば梶野が犯人だと断定して事件を終わらす事だって出来るだろう。
「私は居ると思います。事件当初はターゲットが多種多様で、梶野だと思っていましたが、最近はターゲットがYM社に繋がるような人達が多いと感じるので」
「……そうですか」
深山さんは思った以上にしっかりしていた。それもそうだ。長年様々な事件を追っているのだ。普通に考えれば他にも犯人がいると感じるだろう。
「守谷さんはどう思われますか?」
「同意見です」
「やはり、そうですよね」
若手の警察がジッパー付きのポリ袋に入った遺書を持って来て、「これが遺書になります」と言って、深山さんに渡した。
「手書きじゃないんだな」
深山さんは渡された遺書を見て、感想を述べた。
「そうですね。でも、これだけ証拠があれば犯人確定だと思うんですけど」
「馬鹿野郎。そんなにすぐに犯人を断定するんじゃねぇよ。それが誤認逮捕に繋がるんだよ」
深山さんは声を荒げた。
びっくりした。隣でそんな大声を出されるとは思っていなかった。驚いたせいで心臓の鼓動が普段より早くなっている。
「す、すいません」
若手警察はびびっている。
びびるのも仕方ない。深山さんの顔は赤くなり血管が浮き出ている。誰から見ても怒っている。
周りで捜査している警察や鑑識も深山さんに視線を向ける。
「悪い。怒鳴ったりして」
「いえ。自分が軽はずみな発言をしたのが悪いので。すみません」
若手警察は頭を下げた。
「いいんだ。すいません。お見苦しい姿を見せてしまって」
「いいえ。お気になさらず」
「ありがとうございます。すみません。これが遺書です」と、深山さんはジッパー付きのポリ袋に入った遺書を手渡してきた。
遺書には『写真を撮った人達は全員殺しました。ごめんなさい。罪を償う為に死にます。さようなら。梶野蓮』と、書かれていた。手書きではなく、パソコンで書かれたものを印刷したもの。
怪しい。怪しすぎる。全ての罪を梶野の押し付けようとしているだけにしか思えない。
でも、梶野が、梶野だけが犯人じゃないと立証するには証拠が足りない。
早く証拠を見つけないと、犯人達に逃げられてしまう可能性がある。どうすればいい。どうすればいいんだ。
警察以外の人間でこの事件に関わる人に集まってもらい、情報を再度確認するしかないか。危険を伴うが、それしか方法がなさそう。
「なるほど。遺体を見せてもらいますか」
若手警察に遺書を渡した。
梶野の本人を間近で見た事がない。一度見ていた方がいい。変装する可能性があるかもしれないから。
「こちらへ」
若手警察が俺と深山さんを梶野の遺体がある場所へ誘導する。
誘導されている道中、床に落ちている写真などを見る。
写真にはたしかに殺された人達の無残な姿が映っている。犯人に繋がりそうな情報は何もない。
「この中に入っています。開けますね」
若手警察は遺体収納袋のファスナーを開ける。遺体収納袋の中にはげっそりやせ細った狐みたいな顔をした梶野の遺体が入っていた。
「この遺体が梶野で間違いないんですね」
梶野の痩せ方は異常だ。これは数日何も食べていないレベル。痩せていると言うよりはやつれていると言った方が正しい。
「はい。間違いないです」
若手警察は答えた。
「分かりました。ありがとうございます。閉じていただいて構いません」
若手警察は「わかりました」と言って、遺体収納袋のファスナーを閉じた。
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