第22話 ソンナコトシリマセン

 優奈の部屋の前に着いた。

 ズボンのポケットからスマホを取り出して、ホーム画面を見て、時間を確認する。


 14時27分。


 俺はズボンのポケットにスマホを戻した。

 インターホンを鳴らそうとした。しかし、鳴らすのを中断した。


 優奈がどんな状態か分からないから怖いのだ。美鈴が亡くなった事を伝えてから連絡が帰って来てない。


 くよくよするな、俺。優奈の顔を見て、状態を確認すればいい。


 深呼吸をして、気持ちを整えて、インターホンを鳴らした。

 部屋の中からこちらに近づいてくる足音が聞こえる。


 ドアが開き、部屋の中から優奈が出てきた。


「あっり、おはよう」

 優奈は普段と同じテンションで居る。でも、目元が腫れている。きっと、泣いていたのだろう。


「おう。おはよう」

「ごめんね。連絡返さなくて。色々と探してたら、連絡するの忘れちゃって」


「何を探してたんだ?」

「売るもの。万美ちゃんに服買ってあげようと思って」


「……そうか。お金やばいのか?」

 今回の事件で色々とお金の面で迷惑を掛けている。給料が出たら、少しでも渡さないといけないな。


「ううん。貯金は8桁はあるから大丈夫」

「……8桁。凄いな」


 最低1000万は貯金しているのか。25歳だぞ。俺は貯金なんてないのに。いや、俺がだらけた生活をしているからか。


そ、そんな事はない。不景気な世の中で優奈みたいに貯金出来ている方が珍しいはず。はずであってくれ。


「まぁ、副業を色々としてますんで」

「お、おう」


 副業って、何をしているんだろう。気になるけど、聞けない。なんか、触れてはいけない気がする。パンドラの箱みたいに。


「いつでも、養ってあげるからね」

「……考えとく」


 この返事が一番妥当だろう。変に何か言うよりは。


「え! 考えとくって事は私と一緒になってくれる可能性があるって受け取ってもいいよね」


「それは違うな」

「なんでー」


「なんででもだ」

「いじわるだな。でも、そう言うところが好き」

 優奈は投げキッスをしてきた。


「はいはい、どうも。無理はしてないか。美鈴の事とかで」


「あっりが私の心配をしてくれてる。本当に貴方はあっり?」

 普段よりもたちが悪い気がする。


 俺は溜息を吐いてから「……本当に心配してるから聞いてるんだ。茶化さずに言ってくれ」と、真剣な顔をして言った。


「……ごめん。本当は無理してる。けど、無理してテンション上げないとどうにかなりそうなんだ」


 優奈は真剣な面持ちで答えた。やはり、無理をしていたんだな。きっと、万美の為にも自分がしっかりしないといけないと思っているのだろう。


そう言うところは分かるやつだから。


「……そっか」

「だから、許して」


「仕方ない。許してやるよ」

「うん。だから、チューさせて」


 優奈はキスを迫ってきた。


「それとこれとは違うだろ。馬鹿」

「違わない。それにこう見えて、高学歴なの」


「違うんだよ」

 俺は優奈の両肩を掴んで、必死に抵抗する。


「なんで。アメリカとかだったら普通じゃん」

「アメリカはアメリカ。ここは日本なんだよ」


「ワタシニホンゴワカリマセン」

 優奈は片言で言った。


「噓吐け。お前、生まれも育ちも日本じゃねぇか」

 ハーフでもないだろ。


「ソンナコトシリマセン」

「日本語理解して返答してるじゃねぇか」


 本当に外国人なら言葉を理解できなくて、首を傾けたりするんだよ。会話成立してるじゃねぇかよ。


「うっさい。いいから、チューしろ。私の愛情を受け取れ。チューじゃ、いやなのか。そうか、キスか。それとも、接吻か。いや、唇同士の接触か」


「どんどん表現がきもくなってきてるんだよ。普段のお前の方がマシに感じるぞ」


 目の前に居るのは美人の顔をした変態野郎だ。


「なによ。普段も酷いみたいじゃない」

「その通りだ。普段も酷いんだよ」


「むきぃ。絶対にキスしてやる」

「馬鹿、やめろって。マジで」


 優奈の力に押し負けそうになる。筋トレでもしてるのか。前までは静止出来てたのに。やばいぞ。どうする、俺。


もうこのままキスされた方がいいのか。いや、リビングには万美が居るんだ。押し倒されてキスをされている所を見られたらやばい。


「よいではないか。よいではないか」

「悪代官が乗り移ってるぞ」


 俺は必死に抵抗を続ける。


「優奈さん。どうしたんですか?」

 万美がリビングからこちらへやって来る。


「た、助けてくれ」

「あ、おはようございます。有瀬さん」


 万美は目の前で何も起こってないかのように普通に挨拶をしてきた。


「おはよう。あのさ、助けてくれないか」

「何をです?」


 万美は首を傾けた。君はこの状況を把握できるだろう。高校生なのだから。襲われているんだぞ。俺は。


「な、何って。見れば分かるんだろ。キスされそうなんだよ」

「いいじゃないですか。キスしてあげても」


「え? 君も敵なのか」

 味方だと思っていた人間が味方ではなかった。ここには俺の敵しかいないのか。


「敵じゃないですよ。ただ優奈さんの味方なだけです」

「それを敵だって言うんだよ」


「まぁ、いいじゃないですか」

 万美は満面の笑みを見せた。


「よくねぇよ」

 このまま、俺は押し倒されるのか。それとも、乗り切れるのか。自分でも想像できない。でも、押し倒されそうな可能性がかなり高いのは事実だ。こんちくしょー。

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