第21話 ホワイトボード

 守谷探偵事務所のキッチンで、守谷の昼ごはんを作っている。


 執筆以外は俺の仕事。……気に食わないけど。でも、まぁ、事件から一旦離れる事で、事件を俯瞰で見る事が出来るからいいって事にしている。


集中しすぎると見えないものはたくさんあるから。


 事務所中央にあるテーブルの上に作ったチャーハンとわかめ卵スープとレンゲと水が入ったコップを置く。


「昼飯できたぞ」

「チャーハンとわかめ卵スープか。美味しそうだな」


 守谷はノートパソコンのキーボードを叩くのを止めて、テーブル前のソファに腰掛けた。


 ご飯についてだけは普通に感情を表現する。子供か。そこだけは可愛らしいと思う。他の部分は全然可愛くないが。


「いただきます」 

 守谷はレンゲを使って、チャーハンを食べ始めた。


 ご飯を食べている間は何も文句を言ってこない。だから、こちらからしても、至福の時間と言ってもいいだろう。


 突然、固定電話が鳴った。俺は守谷に視線を向ける。


 守谷はチャーハンを頬張りながら、顎で電話に出るように命令してきた。


「分かりましたよ」

 やっぱり、そうですか。そうですよね。でも、俺ばっかりに電話に出させるよな。俺を雇う前はどうしてたんだよ、こいつ。


 固定電話の受話器を手に取り、耳に当てて、電話に出る。


「もしもし、強行犯係の深山です」

「守谷探偵事務所のお手伝いの有瀬です」


「守谷さんに代わってもらっていいですか?」

「はい。少々お待ちを」


 俺は耳から受話器を放して、守谷に「深山さん」と声に出さずに口だけを動かして伝えた。


 守谷は食べているチャーハンを飲み込んでから、「お前がそのまま出ろ」と、俺と同じように声を出さずに口を動かして指示を出してきた。


 そうですよね。少しでも期待した、俺が悪いですよね。


 俺は深呼吸をしてから、受話器を耳に当てた。


「電話代わりました。守谷です」

 俺は声を変えて、電話に出た。


「どうも。深山です」

 深山さん、ちょっとは気づいてくれよ。電話に出てる人間は一緒なんだぞ。もう少し、気を張ってくれ。


「どうなされましたか?」

「また黒いポストカードの連続殺人事件の被害者達が増えました」


「被害者達? 今回は複数人なんですか?」

 一体どこまで人を殺したら気が済むんだ。


「はい。昨日、護送車から逃亡した伊賀敏政・遠江秀樹、河内一二三とキャバクラ・イレーネに勤める野上美鈴さんの計四人の遺体が発見されました」


「……え?」

 やばい。一瞬、声が戻りそうになった。今、確かに美鈴って言ったよな。


「どうかなされましたか?」

「何もないです。すみませんがもう一度亡くなった方々の名前を教えてくれませんか?」


「はい。伊賀敏政・遠江秀樹・河内一二三・野上美鈴さんです」

「ありがとうございます」


 聞き間違えではなかった。やはり、美鈴は亡くなっていた。田舎から出てきたカップルの人生を自分達の快楽や都合の為に殺すなんて許される事じゃない。


それに伊賀・遠江・河内は用済みになったから殺したはずだ。


「四人の遺体の外傷や経歴のデータを後でお送りします」

「お願いします」


「では失礼致しました」

 電話が切れた。俺は受話器を固定電話のあった場所に置いた。 


「また被害者が出たのか?」

 守谷はレンゲをチャーハンの皿に置いて、訊ねて来た。


「あぁ。護送車から逃亡した三人と、行方不明になってたキャバ嬢の美鈴だよ」

「……そうか。亡くなっていたか」


「あぁ、認めたくないけど遺体が見つかったら認めるしかない」

 優奈にどう説明すればいいだろう。説明した後、優奈がどんな行動を起こすか想像するだけで胸が張り裂けそうだ。


「そうだな……そこに置いているホワイトボードに事件に関係している人間の写真を貼ってみたらどうだ? 何か見えてくるかもしれないぞ」


 守谷は部屋の隅に置いているホワイトボードを指差した。もしかしたら、守谷なりの気遣いなのかもしれない。


「警察ドラマとかでやってるやつか」

 相関図ってやつだよな、たぶん。


「そうだ。脳内だけで考えるんではなくて、視覚で事件に関する人々を見るのも推理には必要な事だ」

「なるほどね」


「ホワイトボードに何か書き込むなら、マグネットで引っ付けているペンを使ってもいいぞ」

「……わかった」


 俺はホワイトボードに事件の関係者の写真を張り出した。写真がない人はペンで名前を書く。


 ――15分ほどが経った。


 相関図のようなものが出来た。しかし、全く真相に繋がりそうなものがない。点が点でしかない。線になる為の何かが足りない気がする。


「書いてみてどう思う?」

「点ばかりで線にならない。一つでも繋がれば何かわかるはずなのに」


「……その通りだな。仮定の話だが、ここに載っていない人間が点と点を繋ぐ存在なのかもしれない」

「なんで、そんな事が分かるんだ?」


「分かってはいない。探偵の感だよ」

「……探偵の感か」


 今まで事件を何件も解いてきた探偵でも感を使うんだな。それじゃ、俺は頭をフル回転させて、アンテナをずっと張って、何でも情報を仕入れないといけないな。


「あぁ。人間が起こす事だ。統計データを使ったとしても、犯人はそれぞれ違う人間だからな」

「そうか。一回探してみるよ。ここに載っていない誰かを」


「その意気だ」

「難しいと思うけどな」


 砂漠の砂の中から宝物を探し出すぐらい難易度が高い。ほぼ不可能だ。でも、人間が起こした事に不可能はない。可能性はゼロじゃないって事だ。

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