第20話 もがいてやる
怪盗ラウールを名乗った三人を乗せた護送車と小池さんが運転したトラックが衝突した現場と帝都中央銀行を見に行った。
収穫はまったくなし。蓄積されるのは足への疲労の蓄積と早く事件をしないといけないと言う焦り。少し落ち着かないと。
落ち着かないと見えてこないものがある。全力で落ち着くんだ。
色々と考えているうちに優奈の部屋の前に着いた。
なんだか、優奈に頼りきっりだな。今度、本当に何かお礼しないと。何がいいんだろう。聞いたら変な答えが返って来るはずだ。だから、自分で考えないと。
俺はインターホンを鳴らした。
部屋の中からこちらに向かって来ている足音が聞こえる。このドタバタした足音、きっと、優奈だろう。
ドアが開き、優奈が出てきた。
「おかえり。あっり」
「ただいま」
優奈を見た瞬間、なんだか、罪悪感がした。そのせいか、自分の声が普段より小さいような気がする。
「どうしたの?」
優奈は俺の顔を見て、心配そうに訊ねて来た。
「いや、何でもないよ」
優奈は感情の機微を察知するのが人よりも長けていると思う。だから、余計に心配はさせたくない。
「噓吐いたら駄目だからね。私とあっりの仲じゃん」
「……そうだな。俺の負けだな」
噓つけないな、優奈には。他の人なら簡単に噓吐くのに。それだけ、俺自身が優奈に心を開いているのだろう。自分で思っている以上に。
「私の勝ちだね。だから、話なさい」
「強盗犯三人が脱走したニュース知ってるか?」
「うん。見たよ」
「そいつらが乗っていた護送車と激突したトラックの運転手が美鈴の彼氏なんだよ」
「……え、本当に?」
優奈の表情は明らかに動揺している。
「あぁ、本当だよ。それに美鈴がこの世にもう居ない可能性が高い」
「……そんな」
優奈はその場で膝から崩れ落ちた。
その音を聞きつけて、万美がリビングから玄関に駆けて来た。
「どうかしたんですか?」
万美は優奈の隣に行き、屈んで聞いた。
「だ、大丈夫よ」
優奈は万美に心配をかけないようにと気丈に振舞おうとしている。
「本当ですか?」
「うん。もう少ししたら落ち着くから」
優奈は無理をしている。俺と二人きりなら確実に泣き喚いている。けど、隣に万美が居る。
万美に出来るだけ迷惑を掛けさせたくないのだろう。優奈なりの気遣いだ。
「は、はい」
万美は聞くのを止めた。それ以上は聞いたら駄目だと思ったのだろう。
「万美、ごめん」
俺は万美に頭を下げた。
「な、なんで、頭を下げるんですか。顔を上げてください」
「謝らないといけないんだ。お姉さんが残してくれたデータが破壊されたんだ。それにそのせいで大勢の人達が傷ついてしまった」
顔を上げられない。どんな言葉でも受け入れるつもりだ。
「え、もしかして。あの爆破された銀行にデータがあったんですか?」
万美もニュースを見ていたようだ。
「あぁ、そうだ。そうじゃないと、爆破なんかされない」
「……そうですか」
万美の残念そうな声が聞こえる。
「本当にごめん。どんな言葉で罵ってくれても構わない」
「罵ったりなんかしません。お願いですから顔を上げてください。有瀬さん」
万美は俺の腕を掴んだ。
「…………」
俺は顔を上げて、万美の顔を見た。万美の表情はおだやかだった。
なんで、怒っていないんだ。
「有瀬さんは私達の為に必死に頑張ってくれてます。有瀬さんが居なかったら、私は今日まで生きてこれなかったはずです。命の恩人なんです。有瀬さんは。そんな人をなんで罵らないといけないんですか。それこそ、恩知らずです。……データがなくなった事は悲しい事ですけど、違う方法で犯人を見つければいいじゃないですか」
「……万美」
辛いはずなのに。
「だから、謝らないでください。そして、笑顔で居てください。ねぇ、有瀬さん」
万美は微笑んだ。きっと、俺を元気づかせようとしたのだろう。まだ、高校生なのに凄いな。大人になればいい人が見つかるに違いない。
「ありがとう」
俺も微笑返した。事務所を出たときに決めたじゃないか。もがいてやると。
「はい。こちらこそありがとうございます」
「……ちょっと、いいかしら」
優奈に視線を向ける。優奈は眉間に皺を寄せて、睨んできている。
「どうなされましたか?」
万美は優奈に訊ねた。
「なんで、そんな優しい顔を万美ちゃんには見せるの。私には見せた事ないのに」
「優奈さん?」
万美は何かを察したのか、俺の腕から手を離した。
「いや、見せてるだろ」
たぶん、見せてるはずだ。
「見せてない」
優奈は立ち上がった。さっきまで悲しんでいたのに次は怒ってるのかよ。お前の感情の振れ幅は大きすぎる。
「見せてる。いつも、特別扱いしてるだろ」
「……特別扱い。本当に?」
優奈は嬉しそうに訊ねてくる。
「おう。誰よりも特別扱いしてるよ。なぁ、万美ちゃん」
「え、はい。そうですよ。私から見ても、そう思います」
万美は「いきなり、私に話を振ります?」と言わんばかりの慌てた顔をしながら、瞬時に答えた。
ごめん。本当にごめん。心の底から謝るよ。
「……そう。それなら、許してあげる」
優奈は顔を少し赤くしながら言った。
「ありがとう」
「うん。それで、梶野って人が犯人だと思う? あっりは」
優奈は真剣な目つきに変わった。
梶野の事は優奈と万美には教えていた。俺以外の考え方も欲しかったし。
「え、あ、それはだな」
話が急に変わって、頭が落ち着かない。あのさ、お前の感情の針はバグってるのか。それとも、故障しているのか。どうすれば、感情をそんなにすぐに変えられるんだ。
「どうなの?」
「……梶野が犯人の内の1人だと思ってる」
ちゃんと答えるしかない。頭の回転戻ってくれ。
「複数人居るの?」
「あぁ、そう思う」
この事件は単独犯では無理だ。
「根拠は?」
「根拠になるか、どうかは分からないけど、美鈴の彼氏は誰かに指示されて護送車に当たりに行ったと思う」
「……誰かに指示されて。目星がついてるの?」
「美鈴を指名していた客」
「あの金持ち? なんで?」
「美鈴は行方不明になる前に彼氏にメッセージを送った。そのメッセージの中で『人の死体を見て、喜んでいるんだよ。人を殺す話を楽しそうに電話してるの』と言う文言があった。これは近くでその現場を見たって事だ」
「わざわざ自分で危険な場所になんか行かないよね。……そうか。その客の家に行った時に見たんだ」
「俺はそう思ってる。その男の特徴とか分かるか」
「やり手の男だとは思う。髪型は日によって変えてた」
「そっか。それなら、名前とかは知ってるか?」
「指名されてないから分からない。それに監視カメラの映像はきっと破壊されたりとかされてるはずだから」
「……手掛かりなしか」
そう簡単に情報は手に入らないか。
「ごめんね」
「いいよ。優奈が悪い訳じゃないし。俺がその男を見つけ出せばいいんだから」
「優男だね、あっりは。私も、キャバ仲間に連絡してみる」
「頼んだ」
「よし、それじゃ、みんなで今からご飯を食べよう。元気つける為にね」
優奈は左腕を元気よく上げた。
「お、おう」
なんだろう。優奈の感情の揺れ方のせいで酔いそうだ。頼むから、徐所に感情を変えてくれ。そうしてくれないと、色々と困る。
「さぁ、入った入った」
優奈は家に入るように催促してきた。
「入るよ。入らせてもらうよ」
俺は優奈の家に上がった。
これは考えない方がいい。
優奈の感情を全て受け入れたらいいんだ。そうすれば楽になる。
「あっり、怒ってる?」
「怒ってない」
「それならいいんだけど。じゃあ、すき焼きの用意するから」
優奈はリビングの方へ向かう。
「優奈さんって、有瀬さんと居るとき、いつも、あんなに感情が色んな所に行くんですか?」
万美は玄関のドアを閉めてから、小声で訊ねてきた。
「まぁ、普段からそうだけど、今日は特にそう」
俺は靴を脱ぎながら、小声で答えた。
「そうなんですね」
「疲れるだろ」
「いえ、楽しいです」
「楽しいんだ。凄いね」
驚きの返答がきた。楽しいと思うのも、数日の間だけだと思うぞ。ずっと居たら頭が……いや、感情がおかしくなりそうだ。
「凄くないですよ。何が凄いんですか?」
「え、あ、えーっと、何でもない。すき焼き食べよう」
その答えが返って来ると思っていなかったから、無理やり話題を変えた。もしかして、万美も優奈寄りの人なのか。そうなのか。
「はい。食べましょう」
俺と万美はリビングへ向かう。
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