第18話 一位の彼氏



確実に睡眠不足だ。寝たりないし、身体は重い。けれど、優奈のお願いなら聞くしかない。


 俺は優奈が働くキャバクラ・イレーネへ向かっていた。決して、優奈を迎えに行くとかではない。


優奈から「私の働いている店が荒らされたらしいの。それで今日、一日休みになっちゃって。店がどうなってるか確かめてほしいの。お願い。あっり」とメッセージが来たからだ。


 ズボンのポケットからスマホを取り出す。そして、スマホのホーム画面を見て、時間を確認する。


 ホーム画面には6時13分と表示されている。もう、これは早朝バイトと同じだ。


 スマホをズボンのポケットに戻す。

 最近は夜以外にも空いているキャバクラが多いらしい。いわゆる、朝キャバや昼キャバと言ったやつだ。


 朝からキャバクラに行くってどんな感じなのだろうか。一回、行ってみたいと思う。


まぁ、お金がないから行けないけど。それに優奈の店に行けば、優奈を指名しないと後で何を言われるか分からないし。


 キャバクラ・イレーネの傍に着いた。

 店の前には「立ち入り禁止」と書かれたテープでバリケードが作られて、警察が捜査している。


 野次馬達が列を作っていて、警察以外よく見えない。


 俺はジャンプして、どうなっているか確認する。

 店の鏡などは盛大に破壊されており、破片が道路に散らばっている。


誰が何の為にこんな事をしたのだろうか。謎でしかない。それにしても、最近は世の中が物騒になったものだ。いや、昔から物騒か。


ただ見えていなかったものが科学などの発展で可視化されるようになったから物騒になったと感じるだけかもしれない。


 当分営業は無理っぽいな。連絡しないと。

 スマホを取り出そうとズボンのポケットに手を入れる。


 ちょっと待て。ここでスマホを取り出したら、警察に「何撮ろうとしているんだ」とかいちゃもんをつけられるかもしれない。


 気にしすぎかもしれないが、ここは気を遣っておこう。


 俺はスマホを取り出すの中断して、その場から離れる為に歩き出した。


 野次馬から少し離れた場所から店を見つめるブラックのブルゾンを羽織り、中にはグレーのパーカを着た、真面目そうな短髪男性が悲しそうな表情をして立っていた。


 あれ、あの人どこかで見たような気がする。

 どこで見たんだけ。覚え出せ。覚え出すんだ。


 ……あ、そうだ。優奈が見せてくれた写真に写っていた美鈴って子の彼氏だ。


 なんで、ここに居るんだ? もしかして、美鈴を探しに来たのか。理由はどんな事でもいいや。話しかけてみよう。


「すいません。ちょっといいですか?」

 俺は美鈴の彼氏と思われる男性に話しかけた。


「なんですか?」

 美鈴の彼氏と思われる男性は俺を警戒しているようだ。仕方ないよな。この時間に知らない人に話しかけられたら怖いよな。


「美鈴さんの彼氏さんですよね」

「なんで、それを」


「美鈴さんと同じ職場の人間から聞きました」

「そ、そうですか」


「話聞かせてくれませんか。一応、この人の助手しているんで。助けになればと」


 俺はズボンのポケットから名刺入れを取り出して、守谷の名刺を一枚抜き、美鈴さんの彼氏と思われる男性に手渡した。


「……守谷鍵。守谷鍵って、あの守谷鍵ですか?」


 美鈴さんの彼氏と思われる男性は驚いている。本当に誰でも知っているんだな。あいつの事。


まぁ、みんな知っているのはあいつの外側だけどな。あいつの内側を見ると、全員幻滅するだろう。いや、幻滅してくれ。頼むから。


「そうです」

「じゃあ、話を聞いてもらってもいいですか」


 どうやら、警戒心はなくなったようだ。なんと言うか、あれだな。守谷の名刺は魔法の名刺だな。どんな人でもすぐに信頼してくれる。


これなら、クレジットカードの審査も簡単に通りそうだな。まぁ、それは無理か。それで通れば世も末だな。


「聞きますとも。それじゃ、場所を変えましょうか」

「……はい」


 俺と美鈴の彼氏と思われる男性は、その場から離れた。

 警察とかに変なふうに思われないように。





 キャバクラ・イレーネからさほど離れていない距離にある公園。

 公園内には子供達が遊ぶ遊具や砂場がある。


 俺と美鈴の彼氏はベンチに座った。


「えーっと、まずお名前聞いてもいいですか?」

「はい。小池恵吾です」


「小池さんですね。小池さんはなぜ、あそこに居たんですか?」

「美鈴を探しに来たんです。変なメッセージが来てから、連絡が取れなくなって。もしかしたら、美鈴の身が危ないかもしれないと思って」


「……変なメッセージ? 見せてもらうのは可能ですか?」

 これは普通に考えて、何かの事件に巻き込まれた可能性が高い。


「大丈夫ですよ」

 小池さんはズボンのポケットからスマホを取り出して、画面をタッチして操作する。そして、「これです」と言って、俺にスマホを手渡してきた。


「ありがとうございます」

 俺はスマホを受け取り、画面を見る。


 画面にはLINEの連絡履歴が乗っていた。


『ごめん。恵吾。私が間違えてた。地元に戻ろう。東京は怖い。人が死んでる写真を見て、喜んでいる人が居るんだよ。人を殺す話を楽しそうに電話してるの。私、死にたくない。今まで恵吾には酷い事ばかり言ったりした。それは全部私が悪いの。許して。そして、一緒に地元に帰ろう。いや、帰らなきゃ』と、長文のメッセージが書かれていた。


「……これ以降連絡が取れないんですか?」

「はい。何度も連絡しているんですけど」


「……そうですか」

 これは下手したら殺されているかもしれない。でも、どこで見たんだ。どこで見た可能性があるんだ。


 美鈴を指名していた男の家なのか。それとも、また別のどこかか。全く分からない。


「どうすればいいんだ。もし、美鈴が死んだら、僕は生きていけない」

 小池さんは頭を両手で抱えている。


 身を裂くような辛い思いをしているのだろう。大切な人がこの世から消えた後の人生なんて誰も考えたくないもんな。


「大丈夫です。俺が見つけ出しますから」

「ほ、本当ですか?」


「はい。任せてください」

 嘘を吐いた。どこにも見つけ出せる保証なんてない。でも、生きている希望を失えば、この状態の人は何をするか分からない。


人間って生き物は思っている以上に強くない。大事な人を失う事に関しては特に。


「あ、ありがとうございます。お願いします」

「はい。もし、何かあれば連絡してください。俺の連絡先も教えておきますので」


「はい。分かりました」

 解決しないといけない事件がもう一つ増えた。自分の身体が持つだろうか。いや、事件を解決すれば休める。それまでの辛抱だ。人の命が掛かってるんだ。

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