第16話 口封じ


守谷探偵事務所に戻り、執筆中の守谷からノートパソコンを無理やり奪い、キーボード側面の差込口にUSBメモリーを差した。


すると、デスクトップにUSBメモリーのマークが出現した。


「執筆を中断させる程にこのUSBメモリーは大事なのか?」

 守谷は訊ねてくる。


「あぁ。表崎家のお墓の中に隠されていたんだよ」

「あったのか」


「おうよ。アルバムとかパスワードも見つけたよ。なぁ」


「はい。ちょっと罰当たりな事をしているとは思いましたけど」

「万美。それは言わない約束だろ」


「すいません。そうですよね」


 万美は優奈の姿をしたまま、アルバムとかが入ったプレーン缶を抱き抱えて、笑顔で言った。


 少しずつ気持ちに余裕が出来てきたのだろう。最初、会った時に比べれば表情が和らいできている。


まぁ、優奈の顔でだから、俺の勘違いかもしれないけど。


「そうか。じゃあ、パソコンを使う事を許可する」


 守谷はいつもと変わらず偉そう。自分は何もしていないだろう。それに早く作品を書き終えろよ。お前には事件解決の為に手伝ってもらわないといけないんだからよ。


「許可されなくても使ってるから気にすんな」

「いつになく偉そうだな」


「アンタに言われたくねぇよ」

「私は雇用主だぞ。馬鹿たれ」


「はいはい」と、適当に返事をして、マウスでデスクトップに表示されているUSBメモリーのマークをダブルクリックした。


 USBメモリーには「死亡リスト」と書かれたファイルが一つ入っていた。


「見てもいい?」

「はい。どうぞ」


「じゃあ。クリックするね」と、俺は「死亡リスト」と書かれたファイルをクリックした。


 画面にここ最近殺された人達の名前が書かれたリストが表示されている。


 政治家やヤクザのVIPやYM社の敵対会社の重役の名前などがずらりと。


 名前の横には逆向き天秤のマークかひまわりのマークが付けられている。マークが付けられていない人も何人かいる。


「この名前の隣の逆向きの天秤のマークとひまわりのマークはなんですか?」


 万美は名前の横に付けられているマークを指差した。

「なんだろう?」


 検討もつかない。何を示しているのか全くわからない。


「天秤は裁きのシンボル」

「裁判か何かか?」


「いや、違うと思う。逆向きにも意味があるはずだ」

 たしかに意味なく逆にはしないよな。


「だよな。でも、今は分かんねぇ。それじゃ、ひまわりのマークは?」

「太陽か。それとも、花言葉が関係するかもしれない」


「花言葉? あれか、花それぞれに意味があるってやつか」

「そうだ。……たしか」


「『私は貴方だけを見つめている』、『愛慕』、『崇拝』、『偽りの富』、だったと思います」


「凄いな、万美。知ってたのか?」


「はい。昔、花言葉の本を読んだ事があって」

「そっか。読書って大事なんだな」


 本は苦手で読まない。活字をずっと読んでいると、頭が痛くなってしまう。


身体が活字を拒否しているに違いない。けれど、知識はあった方が絶対にいい。


あれだな。無理でも頭に詰め込まないと。この情報社会では生きていけない。情報を多く知っていれば知っているほど選択肢が増えるもんな。


「読書に興味を持ったか。私の本を買って読め」

「買わせんのかよ。くれよ」


 とことん嫌味なやつだな。それも命令形だし。どんなふうに育てたら、こんなモンスターが誕生するんだよ。全く。


いや、こいつの親父もだいぶモンスターだったらしいから仕方が無いか。遺伝なのだろう。


「嫌だね。私の高尚の作品をタダでは読ませたくない」

「そうですね。アンタの低俗な作品は金を出してまで読む価値はないんで読みません」


 自分の作品を高尚とは。さすがに引くわ。


「なんだと」

 守谷は眉間に皺を寄せて、顔を近づけてくる。


「いや、そうでしょ」

 俺も負けないように睨み返す。


「二人とも止めてください。そんなくだらない話はまた今度にしてください」

 万美は声を張って、言った。


「た、たしかにそうだね」

「……くだらないだと。少し傷ついたかも」

 守谷は悲しそうな顔になった。思った以上にメンタル弱いんだな。偉そうなのはそれを隠すためか。


「話を戻しますけど、何か分かりましたか」

「……全く」


「花言葉は関係ないと思う。花言葉が関連しているなら天秤じゃなくていいはずだ」

「そうですか。これだけじゃ、お姉ちゃんを殺したのが梶野かそれとも違う人か分からないんですよね」


 万美は残念そうな表情を浮かべた。


「うーん。あ、そうだ。あのパスワードは」

「そうでした。どこの金庫か守谷さんなら断定できるかも」


 万美は抱き抱えているプレーン缶の蓋を開けて、パスワードが書かれた紙の切れ端を取り出そうとしている。 


「なぜ、金庫のパスワードだと分かるんだ?」

「それは一緒に入っていた手紙に書かれてたんです」


「そうか」


 守谷は納得してくれたようだ。そうか。先にそれを言っていなかったな。説明は省いたらいけないな。勉強になったよ、守谷先生。


「これです。ついでに手紙も見てください」と、万美はパスワードが書かれた紙の切れ端と手紙を守谷に手渡した。


「ありがとう」

 守谷は万美から受け取ったパスワードが書かれた紙の切れ端と手紙を見ている。


 何か分かるのだろうか。探偵なんだから、パッと何か閃くかもしれない。さぁ、何か事件解決に繋がるものを見つけ出せ。


「分からないな。どこの金庫か」

「分からないのかよ」


「金庫に対する情報が少なすぎる。だから、手間ではあるが金庫がある銀行などを一つ一つ探してみるしかないだろう」


「やっぱり、足を使って調べるしかないか」と言ってから、溜息がこぼれてしまった。


 真相にたどり着くまで果てしなく時間がかかりそうだ。何か犯人がボロでも出してくれていたら、それにつけこむ事ができるのに。


「頑張りましょう。私も頑張りますから。ねぇ、有瀬さん」

 万美は元気づけてくれている。


 なんて優しい子なんだ。こんなに気を遣える子はそんなに多くないぞ。


「ごめん。そうだったね。頑張ろう」

 俺だけが疲れているわけじゃない。一番辛いのは万美だ。


大事な家族を奪われ、人生の先行きが不安。それに自分も殺されるかもしれないと言う緊張。俺が想像する以上にストレスを抱えているはず。少しでもストレスを排除してあげないと。


 情けないぞ、俺。気合を入れろ、俺。事件を解決して、万美を安心させてあげるんだ。


「はい。その意気です」

 万美は微笑んだ。こんなふうに優奈が笑ってくれた惚れるかもしれないな。まぁ、それは一生ないと思うけど。こんなお上品な笑い方は一度も見た事がないから。


「おう。じゃあ、金庫巡りするか」

「ですね」


「目立たないようにしろよ。少しでも目立てば標的にされる恐れがある」

 守谷は注意してきた。


「そうだな」

 たしかにその通りだ。どこで犯人が見ているか分からない。誰が敵かも分からないし。 


 突然、固定電話が鳴った。


「電話に出ろ。私の声で」

「はいはい。そう言うと思ったよ」


 電話ぐらい自分で出ろよな。子供じゃないんだし。


 俺は固定電話の受話器を手に取り、耳に当てた。


「お電話ありがとうございます。守谷探偵事務所の守谷鍵です」

 守谷の声で電話に出る。ちゃんと守谷っぽくしな

いと。


「もしもし、強行犯係の深山です」

「深山さんですか。どうなされましたか?」


「新たな遺体が公園の雑木林で発見されました」

「……新たな遺体」

 一体誰が殺されたんだ。


「週刊現実の編集長、伊嶋忠さんです」

「伊嶋忠。あの人が」


 何も答えてくれなかったバーコード禿が殺されたのか。何の為だ。口封じか。


「面識があるんですか?」

「はい。少し」


「そうですか。伊嶋さんの遺体状態などはメールでお送りします」

「ありがとうございます」


「じゃあ、電話切らせていただきます」

「はい」


「失礼致します」


 電話が切れた。

 俺は受話器をもとの場所に戻した。


「また被害者が出たのか」

「あぁ。俺がアンタの姿で会った編集長の伊嶋忠って人が殺された」


「そうか。きっと、口封じの為だな」

 守谷の言う通りだと思う。そうじゃないと、このタイミングで殺す必要性がない。


「だな。同意見」

 犯人は表崎さんが手に入れた情報が世に出るのを恐れているに違いない。だから、犯人よりも早く手に入れないと。

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