第14話 頼れる聖母?


 21時を過ぎた。


 今日はなんと言うか激動の一日だった。


 マンション「セレアン」の優奈の部屋の前に着いた。


 キャリーバックをずっと持っての移動は疲れるな。


「いいマンションですね」

「おう。稼いでるからこの部屋の主は」


「そうなんですか。それでその人はどんな方なんですか?」

「君の今の姿のオリジナル」


「え? そうなんですか。とても綺麗な方じゃないですか」


 万美は優奈の姿で優奈に対してときめいているみたいだ。なんだか、ややこしいな。面白いけど。


「まぁ、変な奴だけどな」

「そうなんですね。でも、何をしている方なんですか?」


「キャバ嬢」と言って、インターホンを鳴らした。

「キャバ嬢? キャバ嬢ってあのキャバ嬢ですか?」


 万美はとても驚いているようだ。そうか。まだ高校生だもんな。そう言う夜の街の人と会うなんて初めてか。


「うん。そのキャバ嬢」

「なんか、有瀬さんの人間関係って面白いですね」


「う、うん。そうかもしれないね」

 言われてもみると面白いかもしれない。探偵にキャバ嬢に古着屋の店長とか。


 部屋の中からこちらに近づいて来る足音が聞こえてくる。そして、ドアが開いた。


「あっり」

 優奈が抱き付いてきた。


「おいおい。やめろよ」

 コミュニケーションが欧米人だ。ここは日本のコミュニケーションをしてくれ。


「いいじゃん。いいじゃん。そう言う関係でしょ」


「ただの知人だ」

「知人? こんなにあっりの事を思っているのに?」


「誤解されるような言い方するな。それに人を連れて来てるんだ」

 俺は万美の方に視線を向ける。


 万美は目の前で起こっている事に衝撃を受けたのか固まっている。


「あ、そうだったね。それでそのお連れしてきた人は?」

 優奈は優奈の姿をした万美を見た。


「え、噓でしょ。私、幽体離脱しちゃったの」

 独特な返し。


「違うわ。幽霊だったら俺に触れられないだろ」

「た、たしかに。それじゃ、生き別れの双子?」


「お前の家、そんなに複雑じゃないだろ」

 凄い発想力だな。小説でも書いたらいいんじゃないか。面白い作品書けそうだけどな。


「うん。それもそうだ。じゃあ、なに?」

「うーん。あれだ。最新の特殊メイクだ」


 これが一番ましな答えだな。


「特殊メイクね。理解」

 適応力凄いな。ちょっと、その適応力分けてくれ。


「本当は高校生だからこの子」

「マジ? JK」


 優奈は興奮気味に訊ねて来た。


「その言い方やめろ」


 やらしいおっさんか。美人なのに色々と残念なんだよ。


「なんでよ。JKはブランドよ」

「考え方が変な方向に行ってるんだよ」


「そう。それで私はどうすればいいの?」

「この子をちょっとの間匿ってくれないか。ちょっと追われてるんだよ」


「何かの映画の設定? それとも、エイプリルフール?」

「両方違うわ。理由はちゃんと説明できないけど頼む」


「うん。いいよ」

 優奈は即答した。


「え? いいの?」

「いいって言ったじゃん。私とあっりの仲じゃん」


「あ、ありがとう」

 なんだか、優奈が今だけ聖母のように見える。


「どう致しまして。でも、今度何かお願い聞いてよ」

「おう。なんでも言う事聞くよ」


「よし」と、優奈は俺から離れて、ガッツポーズをした。


「えーっと、生き別れの妹ちゃん。お名前教えて?」

「だから、生き別れの妹じゃねぇよ」


「……表崎万美です」

「万美ちゃんか。私は波戸優奈(はどゆな)。よろしくね。ハグしよう」


 優奈は万美を抱き締めた。

 凄い光景を見ている気がする。同じ顔をした者同士がハグしている所なんてあんまり立ち会う事なんてできないぞ。


「……温かい」

 万美は抱き返した。


「ちゃんーと甘えなさい。お姉ちゃんと思っていいから」

「……はい。お姉ちゃん」


 万美は泣き始めた。抑えていた感情が溢れ出してきたのだろう。その感情を引き出したのは優奈だ。


もしかしたら、優奈はキャバ嬢以外にも人に関わる仕事で成功するかもしれないな。


「色々あったんだね。泣ける時に泣きなさい」

 優奈は万美の頭を優しく撫でている。


「うん」

「よし。ちょっとの間このままで居てあげるから」


「優奈。頼んでいいか。キャリーバック入れるから」

「うん。任せて」


 俺は万美を優奈に預けて、キャリーバックを部屋の中に入れる。ふと、この事件が終わったあとの万美はどうなるんだろうと思った。


優しい親戚はいるのか、学校とかは大丈夫なのか。様々な事が頭に浮かんでくる。きっと、その事は俺以上に考えて不安なのだろう。


俺が出来るだけの事はしてあげよう。こうやって、関わったのだから。





 23時33分。

 俺と優奈はテーブル前に座り、万美の寝顔を見ている。


 万美は変装を解いて、リビングに敷いた布団でぐっすりと寝ている。瞼は泣いたせいで腫れている。でも、よかった。


こうやって、ちゃんと寝れているのが。リラックスしている証拠だろう。


「ごめんな」

「ううん。いいよ。困ってる時はお互い様ってやつ」


 優奈は微笑んで言った。


「ありがとう。そう言ってもらえて助かるよ」


 感謝しかない。こうやって、頼れるのは優奈しかいない。


「疲れてるね」

「そうか?」


「うん。顔を見たら分かるよ」

「そっか」


 顔に疲れが出ているという事はかなり身体にダメージがきているのだろう。


「無理しちゃ駄目だよ」

「分かってるよ。優奈も無茶すんなよ」


「私は大丈夫。丈夫だから」

 優奈は両手を腰に当てた。


「優奈らしいな。なんだか、元気出た」


 今日は優奈が太陽のように温かく優しく感じる。いや、もしかしたら、普段もそうなのかもしれない。俺が気づけていないだけか。


本当にありがたい存在だ。変な所を抜いたら素晴らしい女性だな。


「どう致しまして。どうする? 泊まっていく?」

「やめとくよ。さすがに女子高生が居る家で泊まれないよ」


 万美がよかったとしてもモラルと言うか、超えてはいけないラインを守りたい。大怪盗の弟子だけど。そう言うところだけはキチンとしないと。


「紳士。そうだよね。わかった」

「じゃあ、俺帰るわ」 


 俺は立ち上がった。バランスが上手く取れずふらついてしまった。アドレナリンが抜けたのだろう。身体の至る所に痛みと疲労感が襲ってくる。


ちゃんと家に帰れるだろうか。


「大丈夫、大丈夫」

「本当に?」


 優奈は心配そうに訊ねてくる。


「おう。明日の朝、また来るから」

 俺は優奈に心配をかけないために笑って言った。


「わかった。家帰ってちゃんと寝なよ」

「寝ます」


 俺は玄関へ行く。そして、靴を履き、ドアを開ける。 


「じゃあ、お休み」

「お休み」

 俺は外に出て、自宅へ帰って行く。


 少し前までは惰眠を謳歌した日々だったのに今はあっという間に時が進んでいく。


 決して嬉しい事ではない。でも、誰かの人生が、心かが救われる可能性があるならいいかもしれない。


 なんで、こんなに人間って分からない生き物なのだろう。


 ルールを作れば破る者も居るし、ルールの中で楽しむ者も居る。


大切な人を一生愛し続ける人も居れば、大切な人を裏切り続ける人もいる。考えれば考える程、愚かで救いようのない生き物と思うし、愛が溢れている生き物であるとも思う。


どうしたのだろう。俺はこんな事を考えて。今はそんな事を考えるより、事件の事を考えないといけないのに。

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