第9話 元々最低な探偵
翌日になった。時刻は10時15分。
俺は雇用主の守谷に呼び出され、守谷探偵事務所で小説に必要な資料を調べさせられたり、掃除させられたり、飯を作らされたりしている。
これは代行ではない。家政婦だ。こっちは昨日、変装したせいで身体中筋肉痛で疲れも全然取れていない状態なんだぞ。
ふざけやがって。近い内に何か仕返してやる。
守谷はデスク前の椅子に座り、ノートパソコンで小説を執筆している。
話しかけてきたら殺すぞと言わんばかりのオーラを放っている。まぁ、別に話す事はないんだけども。
デスクの上に置いている固定電話が鳴る。守谷は固定電話を取ろうとしない。
俺が電話を取らないといけないのか。明らか、お前の方が近いじゃないか。手を伸ばすだけでいい場所に置いているじゃないか。
さぁ、取れ。電話に出ろ。
守谷は執筆を中断して、俺に視線を向ける。そして、顎で電話に出るように指示してきた。
「俺が出るの?」
「当たり前だ」
当たり前じゃないだろ。
「いや、アンタの方が近いじゃん」
「取れ。お前の師匠の名前を公表するぞ」
「お前、本当最低だな」
こいつ、それが魔法の言葉だと思っているのか。ただの脅しでしかないぞ。
いつか、こいつの悪行をファンに言ってやる。そして、幻滅させてやる。
「元々最低だから気にしてない」
「気にしろよ。馬鹿」
「馬鹿ではない。それは気にする」
気にする部分が意味分かんねぇ。
「うるさい。電話に出ればいいんだろ」
俺はデスクに駆け寄り、固定電話の受話器を手に取り、耳に当てる。
「もしもし、強行犯係の深山です」
「あ、どうも。守谷鍵の助手の有瀬吉平です」
「守谷さんに代わってもらっていいですか?」
ですよね。ここは守谷探偵事務所なのだから。守谷に用があるに決まっている。
「はい。少々お待ちを」
俺は耳から受話器を放して、守谷に渡そうとする。しかし、守谷は首を横に振る。
俺は心の中で溜息を吐く。その後、受話器を耳に当てる。
「電話代わりました。守谷です」
俺は守谷の声に変えて、電話に出た。
「どうも。深山です」
「電話してきたと言う事は何かあったんですか?」
守谷のように訊ねる。
「はい。本日未明、高架橋の下でSW社の社長の渡利信三さんが遺体で発見されました」
SW社と言えば、YM社と同様IT大企業だ。YM社からしたら敵対関係の社長が殺害された事になる。
「もしかして、遺体の近くには……」
「はい。黒いポストカードが見つかりました。梶野の指紋も」
「……そうですか」
また被害者が増えてしまった。
「連日ですみませんが今日もよろしくお願いします」
「…………はい。かしこまりました」
こう答えるしかない。身体はボロボロだし、動きたくない。でも、怪盗を名乗って人殺しを続ける犯人を少しでも早く捕まえたい。
「ありがとうございます。それでは一時間後迎えに行きます」
「はい。お待ちしております」
「では失礼します」
電話が切れた。俺は受話器を置いた。
「どうだったんだ?」
「新たな遺体が見つかった。殺されたのはSW社の社長渡利信三さんだよ」
「SW社か。妙だな」
守谷は口元に両手を当てながら、何か考えているようだ。
「俺もそう思う。明らかに殺された被害者達に接点がある」
「あぁ。今までは愉快犯のように見せかけていたが、何か目的があるみたいだな」
「だな」
これは犯人のミスだ。ボロが出始めているって事だ。
「それで深山さんがここに来るのか」
「そうだけど」
「変装して行ってくれよ。私は執筆で行けないからな」
「分かってるよ。分かった上で了承したんだよ」
お前になんか期待してない。この性格クソ小説家。
「成長しているじゃないか。探偵代行」
「馬鹿にしてんのか?」
「評価してる」
守谷はニヤリと笑って、言った。
「あーむかつくな」
こいつ今すぐバチに当たれ。何でもいいから軽い不幸を連続で味わえ。
「よく言われる」
「はいはい。変装するから服借りぞ」
「ご自由にどうぞ」
「どうも。あ、そうだ。今書いている小説はあと何ページぐらいなんだ」
「原稿用紙計算でか」
「計算方法はなんでもいい」
どれだけ時間がかかるか知りたいんだよ。
「残り250枚ぐらいだ」
守谷は悪びれずに言った。
「大量に残ってるじゃねぇか。そんなに時間が掛かる内容なのかよ」
「あぁ、交換殺人ものだからな」
「交換殺人? なんだそれ?」
「殺意を持った複数の人間が、殺意の対象となる人間を交換して殺人を行う事だよ」
「そんな物騒なものがあるんだな」
何も恨みのない人を殺すのか。自分が恨んでいる人を殺してもらう為に。人間って、なんで、そんなに人を簡単に殺せるのだろうか。
意味が分からない。いや、分かりたくもない。
「あぁ。だから、私の分まで頑張って捜査頼んだぞ」
「うるせぇよ。早く書き上げろ。馬鹿性格悪小説家」
「馬鹿は訂正しろ」
「性格悪いのはいいのかよ」
こいつの気にするポイントがマジで分かんねぇ。
「あぁ、そこは別にいい」
「はいはい。じゃあ、変装の準備に当たります」
俺は事務所の奥にある衣裳部屋に向かう。
守谷はくそやろうだけど。小説家だからサイン会とかインタビューがあるから思った以上に服や靴などを所有している。そのおかげで服を買ってこなくても済む。これだけはありがたい。
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