第5話 はじめての事件依頼

 守谷探偵事務所へ行く為に階段を上っている。


 子供達と全力で遊ぶんじゃなかった。昨日の筋肉痛プラス先程の筋肉痛がダブルで襲って来る。階段を一段上がるだけで悲鳴を上げそうだ。


 情けないな、俺の肉体。

 2階に着き、守谷探偵事務所のドアを開けて、中に入る。


 守谷は椅子に腰掛けて、ノートパソコンで執筆をしている。


 どれぐらい書けたのだろうか。昨日より全然進んでなかったら怒ってもいいな。その権利は俺にあるだろう。いや、ないと困る。


「どうも」

「有瀬か。遅いぞ」


 守谷は執筆を中断して言った。執筆しながらでもいいのに。


「遅いって、時間通りだけど」

「知らん。私が遅いと言えば遅いんだ」


「なんて理不尽なんだ」


 この男の辞書に謝罪などと言った言葉は載っていないのか。


「うるさい。もう少ししたら依頼者が来るんだ。だから、その用意をしろ」

 指示じゃなくて命令じゃねぇかよ。


「依頼者って誰だよ?」

「警察だ。捜査依頼だ」


「け、警察。アンタって凄い人なんだな」

 警察に捜査依頼されるなんてよっぽど信頼されているんだな。ちょっと感心した。


性格はくそ悪いけど。人として終わってるけど。有名小説家じゃなかったら人間のゴミだけど。


「当たり前だ」

 少しだけでも謙遜しろよ。なんで、そんなに自信満々に言えるんだ。少しは、その自信を分けてもらいたいわ。


「はいはい。それで用意って何をすればいいんだよ」

 そう言う事は学んだ事がないんだ。


「冷たいお茶とお菓子を用意してくれ」

 お、普通に説明してくれたぞ。「そんな事も知らないのか」とか「お前は使えないな」とか言いそうなのに。


「分かりました」

 俺はキッチンへ向かい、お菓子を皿に盛り付ける。お茶は警察が来た後に入れればいいな。そうじゃないと、冷たくなくなる。


 お菓子を盛り付けた皿をテーブルの上に置く。 


 ――10分程が経った。


 階段を上ってくる足音が複数聞こえる。足音の間隔からして二人だな。


 二つの足音がドアの前で止まった。外に居る人がドアを三回ノックした。


「どうぞ。入ってください」

 守谷は外に居る人に言った。


 おい、ちょっと待って。敬語使えるのかよ。俺に対しても言葉を選んでくれよ。俺も会って数日しか経ってないんだぞ。


 ドアが開き、スーツ姿の男性が二人入って来た。

 1人は中年男性で正義感のありそうな、きりっとした顔をしている。


黒の短髪でジェルでちゃんとセットしている。それにスーツがちょっと張っている。きっと、筋肉質なんだろう。


普段から鍛えている証拠。誰がどう見ても警察だ。



 もう一人の男は俺ぐらいの年の若者。頼りなさそうな顔をしている。


茶髪で髪の毛もある程度しか整えていない。スーツもサイズが一サイズ大きいのだろう。


だぼだぼしている。こっちの男は警察手帳見せてもらってようやく警察だと信じてもらえる人だ。


「お久しぶりです。守谷さん」

 中年の警察が守谷に頭を下げた。


「いえ、こちらこそお久しぶりです。深山さん」

 守谷は椅子から立ち上がって、頭を下げ返した。

 猫を被るってレベルじゃない。他人だな。


俺の目の前に居るのは礼儀正しい人間が守谷に変装しているんだ。そうに違いない。そうじゃないと、説明がつかない。


「お前も挨拶しろ」

「あ、始めまして。古本章です。よろしくお願いします」


 古本は守谷に軽く頭を下げた。適当そうな人だな。


「守谷さん。そちらの方は?」

 深山さんは俺に視線を向ける。


「えーっとですね」

 仕事を代行していますとは言えない。どう言えばいいのだろうか。


「私の助手を務めます。有瀬吉平です」

 守谷は慌てていた俺のファローをしてくれた。ちょっとだけだが嬉しい。初めて、この男にプラスの感情が芽生えた瞬間だ。


「助手ですか。わたくし、深山武です。よろしくお願いします」


 深山さんはズボンのポケットから警察手帳を出して、俺に見せた。

「あ、よろしくお願いします」


 俺は深山さんに頭を下げる。


「それじゃ、立ち話もなんなので、ソファにお座りください」


 守谷は二人に座るように促す。

 そんな気の使い方まで出来るのか。有瀬さんはびっくりだ。


「はい。それでは」

 深山さんと古本はソファに座った。


 守谷は二人の向かい側のソファに座る。

 お茶を用意するのはこのタイミングだな。


 俺はキッチンに向かい、冷蔵庫から冷えたお茶が入った容器を取り出して、3つのコップに注ぐ。


 お盆にお茶が入ったコップを三つ乗せて、守谷達のもとへ行く。そして、テーブルの上にお盆を置く。その後、コップをそれぞれの前に置いた。


「ありがとうございます」

「どうも」


 守谷は何も言わない。なぜ、礼を言えない。さっき、お前に対して芽生えたプラスの感情が一瞬にしてマイナスの感情に変わった。


「それで今回の依頼は?」

 守谷は深山に訊ねた。


「連続殺人です。政治家、記者、やくざなど多数殺されています」

 殺された人たちは何かに関わる人なのだろうか。今の段階では分からないな。


「なぜ、連続殺人だと分かるんですか。複数犯もありえるでしょ」


 守谷の発言はその通りだと思う。証拠でもあるのだろうか。


「それはこちらが死体の近くに落ちていたからです」


 深山さんはスーツの胸ポケットから黒いポストカードを取り出して、テーブルの上に置いた。


「こ、これは」

 黒いポストカードには赤字で「お命頂戴した。怪盗レザー・エプロン」と書かれている。 


 ふざけるなよ。

 怪盗が唯一奪ってはいけない命をこいつは奪っている。怪盗を名乗る資格はない。


「怪盗レザー・エプロン。切り裂きジャックですか」

「はい。名前はきっとそこから取っているのでしょう」


 切り裂きジャック? あーあれか。ジャック・ザ・リッパー。1888年にロンドンに現れた連続殺人鬼。


「これだけで単独犯と決め付けるのは早すぎませんか。複数犯の線はまだ残っていますよ」


「いや、単独犯だと思われます。複数の殺人容疑で指名手配中の梶野蓮(かじのれん)の指紋が全ての事件現場に落ちていたポストカードに付着しているんです」

「……そうですか」


 守谷は顎を右手で触りながら考えている。

 普通に考えればその梶野ってやつが犯人だろ。


「しかし、妙なんです」

「何が妙なんですか?」


「梶野の目撃証言が全くないんです。我々もパトロールや検閲を強化しているのに」

「……姿が見えない犯人ですか」


 梶野ってやつは透明人間なのか。いや、さすがにまだそんな技術は開発されていない。


「もしかして、警察内部に協力者が居たりして」

 思っていた事がついこぼれてしまった。


 深山さんと古本が俺を睨んできた。


「それはないっすよ。そんな事すればばれますから」

 古本は強く否定してきた。


「その通りです。ありえません」

 深山さんも追随して否定してくる。


「失礼な事を言ってすみません」

 俺は二人に頭を下げた。いや、可能性は0じゃないじゃん。ドラマや映画とかでも警察が犯人のやつあるじゃん。


「それじゃ、私は事件の何をお手伝いすればよろしいでしょうか?」

「この連続事件の因果関係と梶野の居場所を捜し出していただきたいです」


「かしこまりました。引き受けましょう」


 守谷は捜査依頼を受け入れた。これだけの情報しかないのに。犯人の居場所を断定なんて出来るはずないだろ。無謀だ。無謀すぎる。


「ありがとうございます」

 深山さんはソファから立ち上がり、守谷に深く頭を下げた。ワンテンポ遅れて、古本も深山さんと同じ事をした。


「それでは失礼します」

 深山さんはドアを開けて、外に出た。


「有瀬さん。ちょっといいっすか」

 古本が耳元で囁いた。


「なんですか?」

「そのパープルのGジャン。渋いっすね」


「あ、ありがとうございます」

 この人、古着の良さが分かる人だ。俺にはわかるぞ。同士だ。


「俺も好きなんですよ。古着。古着以外にも靴や時計も集めてるんですよ」

「いいですね」


 あれ、古本に対する印象が少し変わってきたぞ。


「俺のコレクション見てもらいたいぐらいです」


「見て見たいな」

 他人のコレクションを見たことないから見てみたい。


「もし、機会があれば」

「はい。是非」


「何をしてる。早く来い」

 事務所から出た深山さんが怒鳴っている。


「あ、すいません。じゃあ」

 古本は深山さんのもとへ走って行く。


 深山さんは俺達に頭を下げて、ドアを閉めた。

 深山さんが古本に注意している声がどんどん離れていく。きっと、階段を降りながら、説教されているのだろう。


「それじゃ、この事件頼んだぞ」

 ソファに座る守谷は飯を作ってくれと同じテンションで言った。


「お、おい。これはアンタの仕事だろ」

 普通は小さい事件から慣れさすだろう。いきなり、大事件じゃねぇか。


「いや、お前の仕事だ。探偵業も代行してもらうと最初に言っただろ」


 どうやって犯人を捜すんだよ。俺はアニメや漫画やドラマとかで出てくる名探偵じゃねぇぞ。どっちかと言うと捜される方なんだよ。


「そ、それはたしかに言ったけどさ」

「何かあれば私も手を貸す」


「……手を貸すって。まぁ、いいや。俺が何を言っても代行しろって言うだろ」


 突っかかるだけ無駄に体力を消費するだけだ。体力を違う事に当てた方が余程いい。


「あぁ、その通りだ」

 守谷は即答した。ちょっとでいいから考えてくれないかな。


なんで、探偵と言う職業の輩は自分の考えが正しい、絶対だと思っているやつが多いんだ。自分以外の考え方も取り入れないと、いつか破滅するぞ。


「そ、即答ですか。それで現段階で分かった事は?」

 俺は何も分からないぞ。


「ないな。証拠が少なすぎる」

「やっぱりそうですか」


「……手掛かりが少しでも出てきたら変わってくるがな」

「ですよね」


 現段階でこの事件の犯人が分かったら超能力者か神様だもんな。それか、犯人か。さすがに天才探偵でも無理だよな。


「……人間はどんな者でもいつか必ずミスを犯す生き物だからな。証拠は出てくる」

「たしかに」


 自信を持っている事で成功体験が続くと、それがいずれは慢心になる。そして、小さなミスを犯す。その小さいミスは一瞬にして大きなミスに変貌していく。


 俺はそんな事を今までに良く見てきた。この世に完全なんて存在しないんだ。


「だから待つしかないな。被害者は出てほしくないが」

「……だよな」


 ある意味この段階が一番歯がゆいのかもしれない。自分が関与している事なのに今は何も出来ない。なのに人が殺されてしまう可能性がある。


もし、人が殺されてしまったら自分への怒りだけが生まれる。何も出来なったと言う怒りが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る