第4話 サイコパスな探偵と妹弟子
翌日の昼。
守谷に変装して、本屋のサイン会用に作られたブースに置かれている机の前の椅子に腰掛けていた。
サイン会を代行するなんて初めてだぞ。これを知ったらファンの人達は悲しむぞ。大作家様よ。
それにあいつの身長を再現する為に穿いている物のせいで常に竹馬しているみたいで辛かった。
ファンの人に小説の話を振られると嫌だから仕方なく机の上に積まれている「財前龍道の事件ファイル5。天極島殺人事件」を読む。
時間が経ち、ファンの人々が俺の前に列を作り並んでいる。
小さい本屋じゃなくて、大型の本屋だから列が長い長い。
女性客が多いな。皆さん、ごめんね。本人じゃなくて。
一人目の女性ファンがやってきた。
「本読みました。最高です。次回作も楽しみにしてます」
「ありがとう。次もいいものを書くよ」
書くのは守谷だけどな。
女性ファンと握手をする。相手は喜んでいる。それに比例して罪悪感が胸を締め付けてくる。これは拷問だぞ。
女性ファンが手に持っている本を受け取り、守谷鍵のサインを書く。その後、その本をファンに返す。
「ありがとうございます」
一人目の女性は本を抱き締めて去って行った。よかった。サイン上手く書けて。練習したかいがあった。
二人目のファンが目の前にやって来る。
あと俺は何人と握手してサインを書かないといけないんだ。
くそったれ。あの野郎。覚えとけよ。
サイン会が終わった。
俺は変装を解く為に近くのデパートに入り、トイレへ向かう。
買い物している客達は、俺の方を全く見ない。よかった。これで誰かに話しかけられたら色々と辛い。
トイレに着いた。個室トイレに入り、中から施錠する。
サイン会が3時間も掛かるとは思っていなかった。ただ普通に疲れた。もうサイン会はこりごりだ。
変装を解いて、私服に着替える。変装に使った服や道具はリュックに入れる。
リュックのフロントポケットに入れているスマホが鳴っている。
俺はフロントポケットを開けて、スマホを取り出して、画面を見る。
画面には「守谷鍵」と表示されている。
俺はスマホの画面をタッチして、電話に出る。
「もしもし」
「時間的にサイン会は終わったみたいだね」
守谷の憎たらしい声が聞こえる。
「終わりましたよ」
「どうだい。サイン会は?」
なぜ、感想を聞いてくる。本当に性格が悪いぞ。
「もう絶対にしたくないですね」
本音だ。噓など吐きたくもない。
「ハハハ。それは困る。またやってもらうんだから」
守谷は笑いながら言った。なんだ、こいつ。サイコパスか。いや、サイコパスだ。そうじゃないとサイン会を他人に押し付けない。
「絶対にやらない」
断固拒否の意思表示をした。
「まぁ、それはそうと早く事務所に帰って来てくれないか」
は、話を流しやがった。
「なんか違う仕事でもあるのかよ」
「ご飯を作ってほしい」
「はぁ? 自分で作ったらいいじゃねぇか」
「雇用主だよ。言う事は聞かないと。大怪盗ラウールの本名をリークしちゃうよ」
なんて傲慢で卑怯な雇用主なんだ。
「わ、わかったよ。飯作ればいいんだな。食材は?」
「デパートで買って来て」
「分かりました。じゃあ、切るぞ」
「ご飯楽しみにしてるよ」
俺は電話を切った。
駄目だ。守谷とは根本的に合わない。てか、あいつは小説家じゃなかったら犯罪者になってるぞ。絶対に。
午後5時。夕暮れ空は街を茜色に染めている。
俺は食材を買って、守谷探偵事務所に向かっている。
俺はあと何日、いや、何ヶ月間あいつの代わりをしないといけないのだろう。考えれば考える程頭が痛くなり疲労が溜まっていく。
守谷探偵事務所が入っているビルの前に着いた。
守谷探偵事務所が入っているビルの外観は赤茶色。古くもなく新しくもない、何とも言えないビルだ。
ビル一棟守谷の所有物らしい。恐ろしいな。金持ちは。一フロアか、一部屋かくれよ。
ビルの中に入り、守谷探偵事務所がある二階に行く為に階段を上る。
足が痛い。変装していたから足腰の疲労が一番大きい。なんで、エレベーターが故障中なんだよ。
二階に着き、守谷探偵事務所のドアを開き、中に入る。
探偵事務所の中では、椅子に座り、ノートパソコンで小説か何かを執筆している守谷が居た。
「帰って来たか」
守谷は執筆を中断して、言った。
「帰って来たかじゃねぇよ。ご苦労とかあるだろ。普通は」
労わりの言葉とかはないのか。これで確信したぞ。守谷に彼女は居ない。絶対に居ない。もし、彼女が居たとしたらもうその人は人間じゃない。女神だ。
「あ、ご苦労」
守谷は仕方なく言う。
「そんな感じで言うなら言わなくていい」
「なんだ。面倒な奴だな」
「うるさい。それで小説はどれだけ書けたんだよ」
面倒なのはお前の方だろ。
「2千字程」
「それって原稿用紙5枚分じゃねぇか。アンタ、サボってただろ」
「サボってなんかない。考えていたら寝てしまっただけだ」
「それをサボってるって言うだよ。世の中では」
舐めている。他人に自分の仕事を押し付けているのに仕事をしないとは。
「そんな世の中など知らん。早く飯を作れ」
「偉そうに」
大人になってこの偉そうさだ。この偉そうさは一生治らないと思う。
「実際に偉いからな。私は」
守谷は自信ありげに言った。こいつはどんだけ自信家でナルシストなんだよ。こいつの本性を知ればファンは減るぞ。いや、知って減ってくれ。
「偉い人間は自分の事偉いって言わねぇんだよ。それを言うやつはなぁ。偉そうな人間なんだよ」
真理だと思う。
「うるさい。リークするぞ」
「あ、くそ。ずるいぞ」
とことん性根が腐ってるな。もう少ししたら、腐敗臭がするレベルだ。
「ずるくって結構。いいから飯を作ってくれ」
「分かったよ。作ってやるから仕事をしろ。仕事を」
俺が折れるしかねぇじゃねぇか。
「するさ。お前が飯を作る間に2千字書いてやる」
「言ったな。絶対に書けよ」
「あー書くさ。だから、不味い飯を作るなよ」
「作るか。俺が作る飯はどれも上手いんだよ」
背負っているリュックを投げ捨てる。その後、キッチンに向かい、食材の入ったビニール袋を台の上に置く。
手を洗い、ビニール袋から食材を取り出して、調理を始める。
守谷は黙々と執筆をしている。俺の居ない間もそれをしろよ。
昨日の疲れがダイレクトに身体に響いている。自分に近い身長じゃないと普段使っていない筋肉を使うんだな。
まぁ、守谷の変装をしていたらいずれ慣れるだろう。
児童養護施設「せせら」に向かっていた。
師匠は居るのだろうか。一応、師匠に教わった技術を使って仕事しているんだから報告しないと。
児童養護施設「せせら」の前に着いた。
児童養護施設「せせら」の敷地内の小さなグラウンドでは子供達が元気よく遊んでいる。その子供達を見守っている安堂愛理(あんどうあいり)の姿が見える。
子供達と遊ぶ為に長い髪を後ろでゴムで縛っている。
安堂愛理は俺と同じく師匠の弟子の1人であり、この児童養護施設で育った子供でもある。俺と同じで両親の顔を見た事がない。
俺と違い明るくて人懐っこい性格をしている。けど、俺に対しては偉そうだけど。見た目は可愛いらしいのに。
怒った時や嫌い物に対する視線はとてつもなく恐い。睨まれるだけで殺されそうなレベルだ。
怪盗の素質は弟子の中でもトップレベル。身長も平均身長だし、どんな人に変装しても大丈夫なように体型維持している。
まぁ、俺程ではないけどな。
児童養護施設のグラウンドに入る。子供達は俺に視線を向ける。
「あ、吉平だ」
「手品見せて」
「遊んで」
子供達が寄って来る。本当に可愛い子達だ。この子達の為にも、守谷の代行をちゃんとしないと。
「みんな。そのお兄さんは優しくないわよ」
愛理が子供達に向かって言う。
「そんな事ねぇよ」
「そうだよ。優しいよ。ケチだけど」
「ドケチだけど」
おい、お前ら。フォローになってないぞ。それはどっちかと言うと馬鹿にしてる方だぞ。あと5歳年を取ったら怒ってやるぞ。
「愛理。お前また変な事言っただろ」
「言ってないわ。それで今日はどう言う御用で」
愛理は近づいて、訊ねて来た。
「師匠に話があるんだよ」
「そう。残念だけど居ないわ。海外でマジックショーよ」
「そっか。それなら仕方が無いな」
数日は帰って来ないな。師匠は表の顔はマジシャンだからな。それも超売れっ子の。
「……あんたが報告に来るって珍しいね」
「色々とあってな」
愛理にアイコンタクトをする。
「……そう。みんな、ちょっとこのドケチ男と話があるからあっちで遊んでて」
愛理は砂場を指差す。
子供達は頷いて、砂場に行き、遊んでいる。
おい。もう少し、言い方があるだろうがよ。まぁ、そこは今日は許してやる。兄弟子だからな。とても、優しい兄弟子だからな。
「何かあったの?」
愛理の表情は子供達に見せていた優しいものから真剣なものに変わった。
さすが妹弟子。勘の鋭さは衰えていない。
「……守谷鍵って知ってるか?」
「人気小説家兼探偵よね。父親は師匠を追っていた探偵の」
「その通りだ。俺はその守谷鍵の仕事を代行してる」
「代行してるって。あんた、守谷鍵に変装してるって事」
愛理は子供達に聞かれないように小声で驚きながら言った。
「そうだ」
「怪盗の弟子が探偵代行してるってことよね」
他人からそう言われるとおかしいよな。普通は敵対の立場なのに。
「……まぁ、その通りだ」
「なんで? 理由は?」
「師匠の名前がばれている。それにここも。それを出版社とかにリークさせない為に仕事を引き受けているんだよ」
事実を話すと、守谷に対する怒りの感情がふつふつと沸いて来るな。マジであいつは1回痛い目にあってもらわないと。
「脅されて仕事させられてるって事だよね。あんたはそれで言いわけ?」
愛理は痛い所を突いてくる。
「よくはねぇよ。でも、師匠やここや他の弟子達を守る為だ。一応、ちゃんと報酬もくれるしな」
「……うーん。何とも言えないわ」
愛理は納得していない表情を浮かべている。
「悪いな」
納得するわけないよな。
「別に謝らなくていいんだけどね。師匠が帰って来たら言っとく」
「頼むわ」
「うん。何かあったら私も手伝うから」
「ありがとう」
愛理は口は悪いが頼りになる妹弟子だ。師匠の弟子の中でも唯一信頼している。他の弟子達はどこで何をしているかも分からないし。
「どういたしまして。今日はその仕事は?」
「昼から」
「じゃあ、ちょっとの間あの子達と遊んであげて」
「了解」
俺は砂場で遊ぶ子供達のもとへ向かう。ここは絶対に守らないといけない。それに師匠が築き上げたものも。それが大怪盗ラウールの弟子である俺の役目だ。
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