第3話 代行業はつらいんです


 優奈に会うまで時間がまだある。外に出るのが早すぎた。

 古着屋に行って時間を潰すか。


 それにしても、昨日の出来事が現実だとは未だに受け入れられていない。


なぜ、俺が探偵を代行しないといけないんだ。あんな脅迫の仕方はないんじゃないか。引き受けてしまったから仕方が無いが。


 古着屋「オールドベスト」に着いた。

 「オールドベスト」、古着好きが好む古着を多く取り揃えている最高の店。


 店先には訳ありで値引きされているジャケットやシャツがハンガーに掛けられて売られている。


訳ありと言っても、傷がほとんど見当たらないのでお買い得。


 古着屋「オールドベスト」の店内に入る。

 店内には半世紀前ぐらいからここ数年前までの古着がハンガーに掛けられてたり、畳まれて棚に陳列されている。


 帽子やネックレスなどの小物は専用のコーナーが設けられている。


 腕時計などの高級品は強化ガラスで作られたガラスケースの中に綺麗に並べられている。 


「いらっしゃい」

 店の奥のレジカウンターの方から男性の声が聞こえる。


 レジカウンターの内側で作業をしている店長の大城さんの声だ。


 大城さんは彫りが深く、外国人みたいなイケている中年だ。たしか、年齢は45歳だって言っていた気がする。


 身長も180ぐらいあるから、服が何でも似合う。


 大城さんは国内外のバイヤーを使って、様々な古着を仕入れている。あと古着販売サイト「ゴールデン・エイジ」も運営している。いわゆる、やり手だ。


「どうも」

「お、吉平。今日も来てくれたか」


 俺だと気づいてくれたみたいだ。


 紺色のデニムキャスケットを後ろ被り、レトロな花柄のシャツ、紺色のオーバーオール、黒色のマーチンシューズのコーデだ。


「はい。いい物が入ってるか見に来ました」


 レジカウンターの奥には店頭に並んでいない服などがハンガーに掛けられたり、段ボール箱に入れられたりしている。


「そうか。それならこれはどうだ?」


 大城さんはレジカウンターの奥に並んでいるハンガーに掛けられた赤色のデニムジャケットを手にとって、見せてきた。


「かっけぇ。渋い」

 やべぇ、ほしい。


「だろ。70年代のデットストックなんだよ」


 デットストック。いわゆる、売れ残り品だ。それにしても、状態がいい。新品と言われても頷くほどのもの。いい環境で保管されていたのだろう。


「マジで。すげぇな。ほしいな。いくら?」

 こう言うものって、結構値段するもんな。


「1万4千」

「1万4千か。うーん」


 欲しいけど金がねぇな。あれば即買いなんだけど。どうする? 今着ている紫のデニムジャケットを売るか。でも、これお気に入りなんだよな。


「取り置きしてやろうか。金が出来たら買えばいい」

「マジ?」


「マジだよ。お前なら信用できるからいいよ」

「じゃあ、取り置きで頼まんす」


 常連になってよかった。それに大城さん優しすぎ。

「おう」


 大城さんは客側からは見えない位置に赤色のデニムジャケットを置いた。


「それにしても、あの腕時計売れないっすね」

 強化ガラスケースの中の一番上に置かれている腕時計に視線を向ける。


「仕方ねぇ。800万するんだから」

「まぁ、そうですね」


 時計ブランド「クックロック」の50年周年モデルで世界に500本しか存在しない。日本にはここにあるものを含めて50本しか存在しない。


「でもな。その下に置いてあった「カルネル」の腕時計は売れたんだよ」

「すげぇな。あの600万が」


 時計ブランド「カルネル」の100周年モデルで同じものは存在しない腕時計。


ここで売られていたのは全体がブラックで塗装されていて、長針と短針と数字がグリーンで塗装されたものだ。


「売る時手が震えたよ」

 大城さんは腕時計を売った時の震えを再現するように手を震わせてみせた。


「そりゃそうでしょ。でも、どんな人が買ったの」

「なんか頼りなさそうな若者だったな」


「もしかしてやり手の若手社長だったりして」

 人は見た目だけで判断は出来ないしな。


「そうかもしれないな」

 金を持っている人間の金の使い方は凄いな。600万あったらちょっとの間働かなくていいじゃねぇか。


 俺なら古着を何着か買って、あとは時間を買うな。





 優奈が住むマンション「セレアン」に着いた。

 周りの建物に比べて一際大きい。外観は綺麗だし。セキュリティーはしっかりしている。


簡単に言うと、高級マンションってやつだ。

 腹が減ったな。コンビニで飯でも買うべきだったな。


 マンションの中に入り、エレベータに乗って、優奈の部屋がある5階に向かう。


 あーどうやって、優奈の彼氏を振ろうか。結構精神的に滅入るんだよな。


だって、男が悲しむ姿を見るのは可哀想だし。優奈は本当に酷な事を頼むよな。まぁ、報酬があるから引き受けてしまうんだけど。


 エレベーターが止まり、ドアが自動で開く。

 俺はエレベーターから降りて、優奈が居る505号室に向かう。


 このマンションの家賃っていくらぐらいなんだろう。10万以上は確実にしそうだな。


 俺が住むアパートは2万5千円だけど。

 505室の前に着いた。


 俺はインターホンを鳴らした。


「あ、あっり。ちょっと待って。開けるから」

 インターホンから優奈の声が聞こえてくる。


 いつもと同じで元気そうだな。

「はいよ」


 部屋の中からこちらに近づいて来る足音が聞こえる。もう少し音を立てずに走れないのか。下階の部屋に響くぞ。


 505号室のドアが開き、中から薄い紫のもこもこした寝巻きを着たすっぴんの優奈が出て来た。


 はっきり言って、俺は化粧している優奈より、すっぴんの優奈の方がいい。なぜなら、端整な顔立ちをしているのが良く分かるからだ。


 仕事柄、化粧が濃くなるのは理解できる。しかし、素材がいいんだからもう少し化粧の仕方を変えられないのかといつも思う。


 それにしても、その服美人でスタイルがいいから許されるやつじゃん。それに髪の色が金になっている。黒の方が似合ってるのに。


でも、ロングのままだな。自分で染めたのか。いや、染まり方がちゃんとしてるから店でしたんだろうな。


「あっり」

 優奈は抱き付いてきた。


「海外スタイルのコミュニケーションをするな。ここは日本だぞ」

 こいつのコミュニケーションは海外仕様だ。1回も海外に行った事ないくせに。


「えーいいじゃん。私とあっりの仲じゃん」

「どう言う仲だよ?」


「うーん、腐れ縁?」

「それは否定しない。だとしても。いいから放せ」

「はーい。分かりました」


 優奈は俺から離れた。


「入るぞ」

 俺は505室に入った。


 玄関には様々な高さのハイヒールが何足も綺麗に並べられている。一足だけ、男性ものスニーカーがある。


これは防犯の為に買うように言ったやつだ。


 他に男物の下着をベランダで定期的に外干しするようにも言っている。


 上の階だから大丈夫だとは思うけど、用心に越した事はない。どれだけ厳重なセキュリティーでも、人が作った物だ。人が作った物は人が破壊できる。


 靴を脱いで、家に上がる。


「どうぞ。ごゆっくり」

 優奈はドアの施錠を閉めた。


 リビングに入った。さすが、2LDK。広い。

 テレビは大きいし、テーブルもまぁまぁな額がしそうなデザイン。黒色のソファも、名前を聞いた事のあるブランドのものだ。


 飾られている雑貨とかも洒落ているものばかり。センスはいいんだよな。


 いやー、いつ見ても整理整頓されてて関心するわ。言動や行動はあんなに自由奔放なのに。ギャップが凄い。


「ソファに座って」

「おう」


 優奈に言われたとおりにソファに座った。お尻が沈んでいく。さすがブランド物。いい生活してるな。


「ご飯は食べた?」

「まだ食べてない」


「じゃあ、作ってあげるから楽しみにしてて」

「ありがとう」

 ラッキーこれで食費が浮く。


 優奈はキッチンに行き、冷蔵庫から食材を取り出している。


 キッチンにある冷蔵庫も大きいな。一人暮らしだったらもう少し小さくてもいいだろうに。


「あ、今日着る服はどこ?」

 周りを見渡した。

 リビングにはないな。スカートを着ないといけないのかな。きっと、そうだよな。


「あ、あとで渡すから」

「了解」


 優奈は料理を始めた。

 包丁で食材を切る音が聞こえてくる。







 優奈のマンションの二駅離れたところにある公園。

 夜だからひとけがあまりしない。本来なら女性がこの時間にこんな所で居るのはよくない。


それにしても優奈のやつ、もう少しましなスカートはなかったのか。


 ミニだぞ。ミニスカートだぞ。スカートから入って来る風は気持ち悪いし、


色々と処理するのが面倒だった。それにヒールだし。まぁ、変装する時に靴でサイズ調整するからスカートよりはましだが。


 スーツ姿の男性が公園の中に入って来た。眼鏡をかけていて真面目そうだ。スマホの写真と同じ顔だ。


「ごめん。遅くなって」


 やっぱりこいつか。優しそうでいい人じゃん。なんで、こんな人を振るの。一番心が痛むタイプの人じゃん。


「いいの。全然」

 声帯模写の技術は落ちねぇな。久しぶりに女性の声で不安だったけど。


「それで話ってなに」

「……あのね。別れてほしいの」


 ごめん。名も知らぬ真面目君。これが俺の仕事なんだよ。許してくれ。


「え、今なんて」

「別れてほしいの」


「……なんで?」

 優奈の彼氏はこの世の終わりと言わんばかりの表情をしている。もう少しで泣きそうだ。ま、マジで精神的にきついわ。


「飽きたの。じゃあね」

 優奈が言いそうな事を言う。


「ぼ、僕頑張るから」

「やめて。気持ち悪いから。じゃあ」


 ごめん。そんな事ないよ。優奈じゃない女性だったら上手くいくよ。


「……い、嫌だ。な、何でもするからさ」

「マジ無理。そう言うのが嫌なんだって」


「そ、そんな」

「だから、本当に別れて」


「…………」

 優奈の彼氏だった人は蹲って泣いている。胸が痛い。そして、この場から早く消えないと。


「じゃあね。追いかけて来ないでね。追いかけて来たら警察に通報するから」

「……ゆ、優奈」

「軽々しく名前呼ばないでよ。じゃあね」


 公園から出た。公園の中からは優奈の彼氏だった人の泣き声が聞こえてくる。


 あー、きつい。普段以上にきつい。頼むから、今度は長続きする人と付き合ってくれよ。

 俺はハイヒールを脱いで、裸足で走り出した。




 

 居酒屋「白鴎族」の前に着いた。


 さすが、チェーン店だ。賑わっているのが外からでも分かる。なぜなら、店内に居る客達の声が聞こえてくるからだ。


 優奈の服やヒールは紙袋に入れて持っている。返さなくてはいけないからだ。俺が持っていても意味がないから。


 優奈から「振ったら白鴎族に来て。ご飯を奢るから」とメッセージが送られてきたから来た。


 何て自由なやつなんだ。

 自動ドアが開く。居酒屋「白鴎族」の店内に入る。


 店内では大勢の人達が酒を呑みながら、肴を口に運んでいる。


 店員は必死に頼まれた商品を席に運んでいる。

「いらっしゃいませ」


 男性店員が俺のもとへ駆け寄ってくる。

「何名様ですか?」


「いや、待ち合わせしてて。金髪ロングの女性と」

「あーあの人ですね。あちらの101号室です」


 店員は店の奥の個室を指差した。

 白鴎族はカウンター席とボックス席と個室がある。


「ありがとうございます」

 俺は店員に頭を軽く下げてから、優奈の居る個室に向かう。


「101。ここだな」

 101と書かれた個室の前に着いた。そして、扉を三回ノックする。


「はーい」

 個室の中から優奈の猫だてた声が聞こえる。もう酒呑んでるな。


「有瀬です。入るぞ」

「あっり。入って」


 個室の扉を開けた。中には顔が真っ赤な優奈が掘りごたつの席に座って居た。優奈の前のテーブルには空いたジョッキが三杯もある。


 俺は個室の中に入り、扉を閉めて、優奈の向かい側の席に座った。


「どうだった?」

「どうだったって、振ってきたからここに来てるんだろ」

「あー確かに」


 酔ってるな。あんまり酒に強くないくせに呑むなよ。酒に呑まれるぞ。本当に。


「お前さ。なんで、あの人振るように頼んだんだよ」

「束縛が厳しすぎて無理になった」


「……束縛か。それだったら何とも言えないな」

「でしょ。もうその話は終わり。今日は呑もう。振った打ち上げ。いぇーい」


「いぇーいって」

「拍手。ぱちぱちぱち」


 俺は仕方なく拍手をした。そうしないと、怒るだろうし。


 これは背負って連れて帰らないといけないパターンだな。酒も止めないだろうし。まぁ、飯奢ってもらうんだから付き合ってやるしかないか。


 テーブルの端に置かれているタブレットをタッチして、ノンアルコールのビールとつまみを何種類か選ぶ。


「あのね、あのね。聞いて」

「どうした?」


「私、最近4位に落ちたの。ずっと3位を死守してたのに」

 ここに呼び出した理由はこれだな。愚痴を聞いてほしいのだろう。


「珍しいな。理由は?」

「新人の美鈴って子が超金持ちに指名を受けるようになって。その指名客だけで2位になっちゃったの」


「えげつないな、それ。どんだけの金持ちだよ」

 金持ちのお金の使い方は理解できない。


「そうでしょ。絶対アフターで色々してる。うん。絶対そう」

「それは分からないだろ」


 肯定はしない方がいいだろう。あとあとあの時はそう言ったとか言われたら嫌だし。


「私が言うからそう。あーあの子の彼氏泣くわ」

「その子、彼氏居るんだ」


「田舎から一緒に上京してきたらしいの。彼氏は売れない俳優だって」

「なんとも言えないな。それは」


 売れない彼氏の為に彼女が頑張るか。あんまり好きじゃないな。まぁ、女性に飯を奢ってもらってる俺が思っちゃ駄目だけどな。


「あとね。最近店に来るお客さんが減ってるの」

「なんで?」


「店の近くでダークサイドの人達が何人も殺されてるらしいの」

「……まじか」


 ダークサイドと言えば、半グレやヤクザとかか。きっと、組同士の抗争とかだろう。それにしても物騒だな。


「やるなら他所でやってほしい」

「まぁそうだな」


 他所でもやってほしくはないが。

「本当に。あー、ゆっり。キスしていい?」


「どんな流れでそうなるんだ。馬鹿」

 忘れていた。優奈は気心しれた人間の前で酔うとキス魔になるんだった。なんで、忘れていたんだ、俺。


「馬鹿って酷い。こう見えて大学首席で卒業してるのよ」

 無駄に高学歴。

「はいはい。分かったからキスはするな」


「えー聞こえない」

「それは聞こえてるんだよ」


 優奈が立ち上がって、俺に迫って来る。どうする。どうする、俺。


 もうこのままキスされた方が楽か。それとも何か違う手をこの数秒間で閃くかだ。

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