第2話 探偵が脅迫
カタカタとキーボードを叩くような音が耳に入って来る。
目をゆっくり開ける。
天井。まばらに染みがある。なんで室内に居るんだ。たしか、俺は優奈との電話を切ってから、長身の男に話しかけられたんだ。
俺は上半身を起こす。どうやら、ソファの上で寝ていたみたいだ。
周りを見渡す。
目の前にはテーブルを挟んで高級感漂うソファがある。
壁際には分厚い本が敷き詰められた本棚が何台もある。
逆側の方を見ると、小さなキッチンがある。
カタカタとキーボードを叩く音がした方に視線を送る。
デスクの上でノートパソコンが開かれている。
ノートパソコンが邪魔で顔がはっきり見えないが誰か居る。タイピングの音が聞こえてくるから間違えない。
俺は身体を少しずらして、誰なのか確認する。
そこには椅子に腰掛けて、眉間に皺を寄せながら、タイピングしている男が居た。
この男。さっき会った長身の男だ。
「お、お前は」
「あ、起きましたか」
長身の男はタイピングするのを止めた。
「お、俺に何をした。何の目的だ。誘拐か? 身代金頼む相手ならいねぇぞ。このやろー」
「誘拐はしました。けど、身代金はいりません。金は持っているので」
なんだ、こいつ。普通に腹が立つタイプのやつだな。
「じゃあ、何が目的なんだ」
「私の仕事を代行してほしいんです」
長身の男は俺のもとへ歩み寄って来た。
不敵な笑みを浮かべてやがる。むかつくな。
「……仕事を代行?」
「はい。君、代行屋なんでしょ」
な、なぜそれを知っている。
俺が代行屋をしている事を知っているのは優奈と今まで代行してきた依頼者のみ。
優奈は普段はふざけたやつだけど口は堅い。それじゃ、依頼者の誰かか。口外するなって、あんだけ言ったのに。
「……なんすか。それ」
白を切るしかない。こんなやつの代行したら色々と面倒なはず。
「白を切らないでください。有瀬吉平君」
「なんで? 俺の名前を知ってるんだ」
俺、有名人じゃないぞ。
「名前だけじゃありませんよ。貴方があの伝説の大怪盗ラウールの愛弟子だと言う事も知っているんですから」
ど、どうやって調べた。ありえない。誰も知らないはず。いや、他の弟子が口外したのか。そ、そんな事はまずない。自分の首を絞めるのと同じだ。
「はい? 大怪盗ラウール?」
どうする。どうすればこの状況から逃げ出せる。
「表情が微妙に変化しましたね。やはり、大怪盗ラウールの弟子のようですね」
「人違いじゃありませんか?」
こいつ、かなりの切れ者だ。
「人違いな訳がありませんよ。あ、自己紹介忘れてましたね。私、守谷鍵(もりやけん)です」
「……守谷鍵。名探偵で推理小説家の守谷清一(もりやせいいち)の息子の守谷鍵か」
師匠を追っていた探偵の守谷清一。その息子がこいつか。
それに守谷鍵と言えば、自身も小説家で総累計部数3000万部の売れっ子じゃねぇか。で、探偵を副業にしてるはず。
「お、露骨に嫌な顔をしましたね。これで決定的だ。貴方は大怪盗ラウールの愛弟子の有瀬吉平君で間違いない」
守谷は嬉しそうな表情を浮かべた。
人の表情を勝手に読むな。
「人違いです。絶対に人違いです」
「それじゃ、大怪盗ラウールの本名を公表してもいいんですか?」
「……え?」
「私は知ってるんですよ。大怪盗ラウールの本名も、営んでいる児童養護施設も全部」
「……脅しか」
ホラを吹いているわけじゃないぞ。こいつ。本当に知っている。
「はい。脅迫です」
「な、何が目的だ」
俺はソファから降りて、距離を取ろうとした。しかし、守谷はそれに反応して、詰め寄ってくる。
「だから言ってるじゃないですか。私の仕事を代行してもらいたいんです」
「ほ、本当にそれだけか?」
「はい。それだけです」
満面の笑みを浮かべた。
「断ったらどうする?」
「さっき言ったじゃないですか。大怪盗ラウールの本名と営んでいる児童養護施設を公表するだけですよ。噓じゃないかその耳で確かめてください」
守谷は耳元で師匠のフルネームを囁いた。
……合っている。師匠の名前が合っている。これはかなりやばいぞ。師匠も他の弟子も児童養護施設の子供達全員の人生が終わる。
「……お前」
「合ってたでしょ。どうです? 私の仕事を代行してもらえますか?」
はい、と言うしかないじゃないか。
「お前の仕事を代行したら師匠の名前も児童養護施設の事も公表しないと約束するな」
「はい。します」
守谷は真剣な表情で言った。噓を吐いてないように思える。信用は全くしていないが。
「……わかった。アンタの仕事を代行をするよ」
断れば本当に公表するだろう。じゃないと、誘拐までして、お願い、いや、脅迫をしないだろう。
「ありがとうございます。交渉成立ですね」
交渉じゃないだろ。ただの脅しだ。
「それでどんな仕事を代行すればいいんだ?」
小説家で探偵だ。非合法な事はさせないだろう。そうであってほしい。
「……執筆業以外を代行してもらいたいです」
「小説を書く以外の事をか?」
「はい。そうです。握手会、ドラマの撮影、探偵業などなど」
「……最後なんて言った?」
俺の聞き間違いだったらいいのだが。
「探偵業です」
守谷はわざとらしいぐらい口をはっきり動かして、言った。
「探偵って。怪盗の弟子に探偵の業務を代行しろって言うのか?」
狂っている。こいつは狂っている。探偵の敵対業種に探偵をしろと言っている。ば、馬鹿なのか。
「はい。そうですよ。あなたの事は調べました。私には劣りますが、日本中に居る探偵よりもIQが高い。慣れれば出来ますよ」
褒めているのか、貶しているのか分からない。まぁ、一つだけ分かる事がある。こいつは自信家のナルシストだってことだ。
「……慣れとかの問題じゃねぇだろ」
探偵って、そんな簡単なものじゃないだろ。
「慣れとかの問題ですよ。それに毎月固定給30万は保証しますから」
「……30万」
毎月って事は結構な期間させられるのか。でも、30万はでかいな。
「あと事件解決数に応じて出来高もつけますから」
プロ野球選手か。
「……するしかないんだろ」
溜息を吐いた。こんな強引で意味不明な事をさせられるなんてこれから最悪だ。まぁ、金が安定して入って来るのはありがたいけど。
「はい。よろしくお願いします」
「でも、ちょっと待て。明日は用事があるからあさってからで頼む」
こんなにすんなりと適応している自分が怖く感じる。
「全然大丈夫ですよ。でも、逃げないでくださいよ」
「逃げるか。逃げたら、他の奴らに迷惑が掛かるからな」
「お優しいんですね」
「あーむかつくな、あんた」
こいつ人がイラッとするポイントを的確についてくる。会って10分も経っていないのに人生史上一番むかついている。こ、こいつのあだ名は「苛立ち製造機。日本代表」だ。
「よく言われます」
自覚しているのか。それはそれでやっかいだ。
「友達いないだろ」
「なんで、それを」
守谷は驚いているような表情をした。
図星かよ。
「話をしていたらわかる。で、ここはどこだ」
「守谷探偵事務所です」
「そうか。じゃあ、家に帰らせてくれ」
「ちょっと待ってください。車出すんで」
守谷はノートパソコンが置いているデスクの方へ向かった。
これから、俺はこいつの仕事を代行するのか。色々と面倒な事に巻き込まれそうだな。こんちくしょう。
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