第二章 吸血鬼と少女の出会い
第3話 吸血鬼の悲願
――――――時は一カ月ほどさかのぼる。
「おい、あの子かわいくねーか?」
「やだ、すごくきれい」
「まるで天使だ……」
高校の入学式。それは人間にとって子供から大人の階段を登る一大行事、だと言っても過言ではない。肉体的にも精神的にも、これまでの自分とは違う世界へと踏み込む。
みな、新しい生活に胸を高鳴らせ……それと同じくらいに緊張している。
そんな中で、ひときわ人々の目を引く存在があった。
長い白髪を風になびかせ、日焼けなどしたことがないほどに白い肌を持つ少女。その赤い瞳はまるで血の色のようだが、そんな危うさが彼女の魅力を引き立てている。
長い手足にスレンダーな体型は、まるでどこかのモデルだと言われても信じてしまうだろうほどに美しい。
吸血鬼である彼女は、人間社会に溶け込み生活している。彼女が吸血鬼だと、その正体を知る者は当然いない。
彼女が人間社会に溶け込んでいる理由。それは……
(あー……おいしそうな人間どこかにいないかな)
ひとえに、餌を探すためである。
高校生ともなれば、みずみずしく張りのある肌艶を持っている。それに健康的な肉体、血肉……そんな人間が集まっているのが、学校だ。
だから由利はこうして、度々人間の生活に飛び込んでは餌を見定めている。
吸血鬼にも様々あり、由利のように人間社会に溶け込む者もいれば、闇夜に隠れひっそりと暮らす者もいる。
しかしいずれにも共通するのは、彼女らの餌は人間の生き血だということ。
(うーん、このクラスはハズレかなぁ)
入学式が終わり、教室に移動した由利はクラスメイトの顔を見ていくが……どれもこれもいまいちビビンとこない。
もちろん、町中を歩いている大人に比べればその価値は比べるまでもない。汚れてしまった大人の味に比べれば、純真さの残る子供のほうが美味しい。
かといって、幼児や赤ん坊といった生き物は無垢すぎる。無垢な命はまだ味もままならない。
だからそういったものは、すぐに手を出さず数年熟すのを待つのだ。いわばキャッチアンドリリースというやつだ多分。
無垢な子供から大人へと成長し、しかし成熟し切っていない高校生……これが、人間の中でも一番血が美味しい時期だ。
「さ、咲波さん。よかったら連絡先を……」
「お、俺とも!」
「私も!」
教室では、吸血鬼事情など知らないクラスメイトたちにあっという間に囲まれた。それも、由利にはもはや慣れた光景。
吸血鬼には美形が多いとされている。
その理由は諸説あるが、吸血鬼の中で有力視されているのは『人間をおびき寄せるため』だ。
蛾は光に集まると言う。つまり、吸血鬼という光に群がる
さらに、吸血鬼は異性の血を好むとされている。この理由もわかってはいないが、美形であればこそ異性の興味を引きやすいのも確かだ。
中でも由利は人目を引くほどの美貌を持ち、だから余計に注目も集まる。
言ってしまえば、これまで食事に困ったことなどない。
(ま、適当に見定めるかなー)
そのため、自分に夢中の男子を誘惑すれば簡単に血を手に入れられる。
中には血のストックをしておく吸血鬼もいるようだが、やはり血は新鮮みあってこそだ。ストックすれば余裕はできるが、その分鮮度が下がる。
クラスメイトに適当に相槌を打ちつつ、愛想笑いを浮かべ……しかしいまいちパッとしない餌どもに由利は内心舌打ちをする。
思い返せば、登校時に見かけた少女……彼女は最高だった。
見かけただけで、この咲波 由利が地に膝を折り身体を震わせたのだ。それほどの衝撃……まさに運命の相手。
しかし不覚にもそのせいで動けず、標的を見失ってしまった。同じ高校の制服を着ていたから、この学校内にはいるはずだが……
……等々、考えを巡らせていた。しかし、そのときは突然訪れた。
「……っ!?」
ガタンッ、と由利は勢いよく立ち上がった。
「ど、どうしたの咲波さん!?」
混乱するクラスメイトの声など、耳には入らない。
なんだこの……芳醇なまでに甘く、そして惹かれるにおいは。
先ほどまで感じることはなかった。そのにおいは急に現れた……つまり、今教室に入ってきた人物のものだ。
そしてこれは……先ほどの登校時に、感じたものと同じ……!
「……!」
由利は素早い動きで、教室の入り口を確認して、その人物を……彼女を、見た。
肩まで伸ばしている黒髪はきれいだが、目元が隠れそうなほどに前髪もまた長い。女子の中でも背が高い由利に比べ、彼女は平均だ。
そしてその外見は一言で言ってしまえば地味だ。
パッと見ただけでも、由利が惹かれる要素はない。だが……
(……胸、大きいわね)
その一部は、立派に女性だと主張している。
モデル体型とは言われるが、胸がないことを気にしていた由利は八つ当たり気味に苛立つ。しかし、今は胸の話ではない。惹かれる要素はそこではない。
……血、彼女の血だ。
吸血鬼には、当然好みの血というものがある。これは人間も同じだろう。好きな食べ物があれば、嫌いな食べ物もある……当然のこと。
吸血鬼はその好き嫌いを、においで嗅ぎ分けられる。そのため、自分好みの血を見つける手段を持っている。
とはいっても、最高に自分好みの血を見つけられる確率はそう高くはない。今や人口減少とか言われているが、それでもバカみたいに人間の数は多い。
(だから、好みの血を見つけるのは簡単じゃない。数が多いからって、好みの血がそこにあるとは限らないから。
……だってのに、まさか……)
由利は、にたりと笑った。
数が多いだけで好みの血まで増えるわけではない。だから数が多くてもただ邪魔なだけだ。
それが人間というもの……吸血鬼にとって、人間はただの餌だ。そして、凄まじい数の中から自分好みの血を見つけるのは、吸血鬼の悲願とも言える。
それがまさか……こんなところで、出会えるなんて。いや、これは運命だ。
先ほど登校時に見かけた少女……彼女に間違いない。そしてその彼女と、学年が……いやクラスが同じだとは。
これはもう、運命だろう。最高の血……いや、運命の血だ。
神様が、彼女の血を吸えと言っているのだ。
ちなみに吸血鬼である由利は、神様など信じてはいない。
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