31『空白期間のフレさん──1242年』


 1242年。

 昨年に教皇グレゴリウスが突然の死──威圧進軍のせいかもしれないが──により教皇不在の状況が続いていた。

 しかしながらこの間は教皇からの横槍、つまりは支援が期待できないのでミラノを中心としたロンバルディア同盟各都市も沈黙を保っている。

 フレデリカとしては休戦状態の現在に、これまで降伏させた都市も含めて統治を完全なものにしたい状況である。

 無闇に軍を起こしてミラノを苦手な攻城戦で攻めたとして、失敗すれば今度こそ反乱が各地で起こる可能性が高い。


「と、云うわけで近年は滅茶苦茶ドタバタしてたから、前回と同じく現在の陣営やら各地の状況を纏めたいと思いまーす!」


 [会議(ディエタ)]で諸侯や領主を多く集めて、改めて報告と現状確認を行うことにした。

 現代のように情報がすぐに伝わると云うこともないので、重要な人事などはこうして直接会って話し合わなくてはならない。

 フレデリカはまず軍事関連から話を切り出した。


「ええと、これは周知のことでしょうが我の側近でありチュートン騎士団の団長だったヘルマンがお亡くなりになりました……」


 特にドイツ国内では騎士の中の騎士、ヒーローのような扱いだったのでドイツ諸侯が顔を曇らせる。

 騎士になるならばヘルマンを目指せ、と云うのが当時のドイツ貴族で云われたことである。

 

「そして、彼の後を継いでチュートン騎士団の新団長はゲラルドさんになります。はい、ゲラルド!」

「死にたい」

「早速ダメっぽーい!?」


 紹介されたゲラルドと云う男は会議場にうつ伏せで寝転がったまま起きようともせずに応える。

 ぐぐぐ、と力を入れて顔をあげると、悲壮な顔つきをしていた。涙の跡すらある。


「い、一体どうしたのゲラルド」

「ううう、ついこの前、ポーランドとハンガリーに対モンゴル軍で派遣させたチュートン騎士団が壊滅しまして……」

「あー……」

「[死体の山ワールシュタット]の戦いなんて呼ばれちゃって……ううう、ヘルマン団長から受け継いだのに情けなくて……」

「ど、ドンマイ。っていうかモンゴルは相手が悪いよ、うん」


 若干励ましつつ、そっとしておく事にした。

 モンゴル軍からすれば、東の果てで起きた単なるいつもの侵略戦争気分だったのだが。

 [ワールシュタットの戦い]と[モヒの戦い]でポーランドとハンガリーはズタボロに破れて壊滅状態にあったのである。

 フレデリカが教皇と戦っている間にヨーロッパの危機だったのだが、モンゴルのお家問題が発生して攻め込んできていたバトゥ率いるモンゴル軍は東進を止めたのでこれ以上は来ないようであったが。

 話題を強引に変えてフレデリカは話を続けた。

 

「さて! チュートン騎士団は彼が継ぐとして、ヘルマンは外交というか交渉役の代表格だったね。ベラルドもそうなんだけど……」

「このベラルド、さすがにいい年でしてなあ」


 ここ暫くはパレルモの大司教である元の仕事に戻り、フレデリカの使者として走り回ることは少なくなったベラルドが申し訳なさそうに云う。

 もう彼も70近い年齢である。いくら部下を働かせまくる──自分はその倍働くが──フレデリカとは言え、長年仕えてきたベラルドをこの老体に鞭打つようにさせるわけにはいかない。

 

「というわけで新たな交渉役になるのがベラルドの推薦で書記官だったピエールと、ナポリ大学のロフレドが推薦した法学に詳しいタッデオだ」

「よろしくっす」

「法に拠れば、私がタッデオだ。よろしく頼む」


 前々から書記官として働いていた、教皇などに送る文章を美辞麗句で飾り立てる美文家のピエールと、タッデオと云う男が外交に携わる。

 この二人はどちらも学者であり、修道僧でもある。フレデリカの交渉相手となると教皇側が多いので、聖職者の常識をしっかりと弁えている二人が選ばれたのである。

 ベラルドとヘルマンの代わりに、ピエールとタッデオなわけだが……


(素質はともあれ、くぐった苦境の数が違うからな……あの二人と同じぐらい高い能力と云うのは難しいだろう)


 隊長がそう思う。贔屓目で見ているわけではなく、二十年以上も国を纏め上げて教皇とやり合い続け、破滅を起こさなかったあの二人が半端ではない能力と経験を持っていたのだ。

 しかし二人とも、フレデリカへの忠誠は確かだ。それを信じよう。フレデリカもそうであるらしかった。


「えー話は飛ぶけど、続けて訃報関連。……我の三番目の妻だったイザベルがお亡くなりになりました」


 やはり、訃報は盛り上がらない。一同は神妙な顔で聞き入る。

 フレデリカも大きくため息をついて、


「いい子だったんだけどね。ただ、子供が赤子のうちに死んでしまうことが多くて、泣きそうになりながら新しい子供を願って……本当に、優しい妻だったんだ。でも、出産を何度も繰り返せば死んでしまうリスクが高まるのは……当たり前じゃないか」

 

 止められなかったフレデリカも嘆くように云う。

 凄まじく大雑把に考えてしまえば、この時代妊婦が子供を生む際に、3分の1で母体が死んでしまい、3分の1で流産か生まれたは良いものの子供が夭逝して心に傷を負い、まともに子供がしっかり育つのは残り3分の1ぐらいだ。

 イザベルは5回もの出産に挑み、男児のヘンリクと、去年に産んだ女児のマーガレットを残して産後の肥立ちが悪く死んでしまったのである。

 

「イングランドと我を繋げてくれたイザベル。この大変な時に、彼女は癒してくれていた。だから彼女を悼もうと思う。でもさ」


 フレデリカはげっそりとした顔をして云う。


「……我の寝室に最近レズが住み込んで妻を主張しています。なんてこったい……」

 

 隊長が補足した。


「レズ愛人の名はベアトリーチェ・ランチア。トリノの貴族の娘だ。その付きの女官共々、ダブルレズとして前々からフレさんに手を出していてな。イザベルと再婚する前からアレだった。男一人女二人娘が居た。更にその女官にもだ。女官の娘はエッツェリーノの嫁だな」

「アグレッシブすぎるレズじゃん!? でもさ! そのレズの実家がトリノの影響力ある貴族だから北西イタリアの管理がスムーズなんだよね! くそう下手に断れない」

「ちなみに男児は大事だから発表する。マンフレディ、入れ」


 隊長の言葉に応じて、マンフレディと云う名の10歳になる少年が会議場に姿を現した。

 同時に多くの者が手を顔にかざす。


「ぬあっ!?」

「う、美しい……!」

「エンツォ様と同じレベルだと……!」


 謎の遺伝子が絡んだのか、このマンフレディもまた絶世の美しさを持つ少年であった。

 何せ通称が[麗しの]マンフレディである。

 その美しさは死後も詩人に語り継がれるレベルであった。当世で見るものでは老若男女を絶句させるエンツォと同じく、と思うのかもしれないが後世での評価であればエンツォを上回るだろう。

 何せ、彼の死後に書き記した超有名作家である、ダンテが[神曲]でマンフレディを美形キャラとして登場させたので知名度が違うのであった。なおフレさんも名前だけ出てくるが、即座に地獄送りされてるチンピラAみたいな扱いだ。

 フレデリカは何故か息子の一部が極端に美形になるのを不思議に思いつつ、


「一応、連れ歩ける年齢だからこれから実地教育塾に入ってもらうので。はい、マンフレディ挨拶は?」

「皆さん、よろしくおねがいします! 親父殿のご期待に応えられるように頑張ります! 親父殿ばんざい! 親父殿最高!」

「ベアトリーチェからアレな影響受けてるぅ~……」


 きらきらした様子で自分を賛美する息子に、フレデリカは微妙な顔になる。

 とにかく父親大好きな感情を母親から受け継いだようにマンフレディは偉大なるフレデリカ、という印象で接してくるのであった。

 若干やりづらさを感じつつ、フレデリカは説明を再開した。


「それじゃ次はドイツとイタリアの簡単な人員配置を説明するね。隊長、ボード!」

「ああ」


 がらがらと地図付きのボードを持ってこさせて、支配域を簡単に解説する。


「ドイツはこれまで通り、我の嫡子コンラートがドイツ王として盛り立てて行くように。状況に応じてイタリアなり、ポーランドの防衛なりに兵を送る必要はあるけど、ひとまず心配はいらないだろう」


 隣に指示棒を指して、


「フランスは現在ルイ9世が王をしている。これは我が子供の時に協力体制を敷いた、フィリップ王の孫だね。敬虔なキリスト教徒で、いつも身につけている指輪に[フランス][マルグリット][神]と大事なもの並べて書いてるぐらいで。いい子ちゃんだなあ」


 あのやたら曇りのない笑みを思い出したのか、フレデリカは苦虫を噛んだような顔をする。

 計算でなく天然で清らかな相手は、息子以外は苦手である。

 

「敬虔だから教皇側っちゃあそうなんだけど、素直で義理堅いから我と直接戦争は仕掛けないだろう。それに、」


 と、次に指したのはブリテン島である。


「イングランドは今、ジョン王の息子であるヘンリーが王位についている。この国は議会制で国内が面倒な状況になりすぎる上にウェールズとの関係も徐々に最悪に近づいている。あとぽつんと残った大陸領のガスコーニュ地方を取り戻せないかと不穏……だけどドイツには関係ないね」


 王族と貴族にウェールズ大公が合わさった内乱が勃発しかねない状況にあるというか、後々勃発するので近くのフランスはともあれドイツには手出ししてこないだろう。

 続けてドイツの東へ指示棒を向ける。


「残念ながらモンゴルにボッコボコにされたポーランドとハンガリーだね。ポーランドは国王のヘンリクが討ち死に。ハンガリー王のベーラは逃亡した上にハンガリー国璽まで奪われちゃった。でもモンゴルは撤退したので良かったね!」

「良くないですよ!?」


 かなり戦地ギリギリだったオーストリア公が嘆いた。

 しかし負けたものは仕方ない。それに、これ以上西にやってこない可能性も高かった。モンゴル軍が使う大量の馬を養える豊富な草がドイツには無いのである。ヨーロッパ圏の、騎兵1に歩兵5から10ぐらいの割合で編成された軍ならまだしも、モンゴルは騎兵主体だからだ。

 隊長が補足して説明する。


「モンゴルはその後、キエフやノブゴロドなんかのロシア方面の支配を固めるようだな。しかし中国朝鮮からポーランド一歩手前まで支配するとは超大国すぎる」

「南も中東のイスラム国家やホラズムを脅かしているぐらいだしねー。それはともかく」


 ドイツから南、イタリア北部を示して云う。


「今だ安定しないイタリア北部。北西部は、サヴォイア伯爵とランチア侯爵が抑えこみます。次に軍を出せるまではお願いね。

 北東部はエッツェリーノが長官を務めるように。恐怖もいいけど寛容路線が主体だからね。やるならバレないようにやりなさい。

 北部中央あたりは、サヴォイア伯からエンツォをこっちにやっても大丈夫だってことなのでエンツォが治めること。サヴォイア伯とミラノを挟み撃ちにする感じだね。

 中央から下になるとフィレンツェを中心としたあたりはフェデリーコに任せよう。必要な人事があればどんどん申し出るように。この辺りは最大の難事なので力を入れるよ」


 続けて更に南。シチリア王国へ移動する。


「シチリアはねー結構安定してるから割と気軽でいいんだけど。地元だし。ただ南イタリア地方は教皇領と地続きだから要注意だね。ここにもまだ年若いのが少し不安だけど、我の息子のリカルドを置きます。べラルドの姪の息子な庶子だね。

 シチリア島は特に問題は無いんじゃないかな。パレスチナで頑張ってくれていた貴族のガルティエロくんを中心に複数の貴族官僚に任せて、連絡を密に取る感じだ。そのうちシチリア王は息子の誰かに継がせよう」


 そして、と地図の東に大きく向けて、中東を指した。


「中東情勢だけど、アル・カーミルが死んでしまってその息子アラディールが新たなスルタンになったね。アラディールと補佐のファクルディーンは我と友好的なんだけど、それと敵対しているのがエルサレムの北あたりに居を構えているサーリフだ。

 個人的なやりとりではサーリフも我自身には悪い感情ではないんだけど、好戦的だし信心深いからどうなることやら。お家争いは恒例なんだけど超きな臭いわけですが」


 そこで指示棒で地図を叩いてフレデリカは教皇が出てこないうちに非公式だが部下に宣言する。


「放っておくよ! 我はもう中東に行きません! 行く暇無いし! エルサレム解放の実績はゲットしたのでもう一回奪われようがスルーします!」

「えええ~……エルサレム王なのに?」

「そりゃミラノとかが全面降伏したり教皇が完全免罪を保証してくれたりして国内の問題全て片付いたら聖地を管理しに行くのもやぶさかじゃないけど、この状況じゃあねえ」


 フレデリカが大きく肩を竦めて、隊長に踏み台を用意してもらいボードに纏めを記す。


「というわけでこれまでの纏め!」



 *****



『フレデリカの家族状況』


・フレデリカ:神聖ローマ皇帝、シチリア王、エルサレム王。


・三人目の嫁イザベルが死去。

・愛人のベアトリーチェが半ば正妻状態。


 息子達年齢順

・長男廃嫡ハインリヒ:反乱のち自殺。

・次男庶子エンツォ:皇帝の右腕的活躍。サルディーニャ王、北部イタリアの代表長官。

・三男庶子フェデリーコ:フィレンツェの長官。

・四男嫡子コンラート:ドイツ王。

・五男庶子リカルド:中東部イタリアのスポレート公爵。

・六男庶子マンフレディ:見習い開始。

・七男嫡子ヘンリク:まだ幼児。


・娘はあちこち嫁に行かせている。




『国際情勢』


・イングランド王国

 獅子心王リチャード→失地王ジョン→パッとしないヘンリー3世に王位が変遷。

 マグナ・カルタ問題で国内は大荒れ。ウェールズとも仲良くないし、大陸領も殆ど失っている。

 王女イザベルがフレデリカの嫁にきてたことと、パッとしないヘンリーがフレデリカのファンなのでこっちとは仲は悪くない。


・フランス王国

 尊厳王フィリップ→獅子王ルイ8世→聖王ルイ9世と王位を順調に継承。

 国内の異端問題を解決してイギリスの大陸領もゲットしたのでフランスの国力はかつて無いぐらい高まってきている。

 ただルイ9世がフレデリカとの争いを望んでいないので今のところは戦争にはならない感じ。弟は知らん。


・東欧諸国

 モンゴルにボコられたポーランドとハンガリー。

 頑張って復興して欲しいですね。


・モンゴル帝国

 大陸の覇者。とにかく危険。イスラム教徒だったりキリスト教徒だったりするけど、話や権威は殆ど通じない。チベット仏教は相性がいいとか。

 ロシア方面を制圧したバトゥ勢力と、中東方面の更に東から迫って来ているフレグ勢力がヤバイ。

 弱点は水属性とやはりお家問題。国土広すぎて分裂寸前。あちこちに小さな交易用の拠点を作りながら支配している。


・中東イスラム国家アイユーブ朝

 アル・カーミルの死去によりイスラム名物お家問題発生中。さらば安定の十余年。

 パッとしない後継者のアラディールに対するは、人望が低いので戦場奴隷マムルークを主戦力に集めているサーリフ。

 もう構ってる暇無いよね! 完全に後回しにすることに。


・ローマ教会

 現在教皇不在中。

 ほぼ能力が麻痺しているが、フレデリカにビビって新しく選ぼうとしない。

 でも義務なのでそのうち選ばれるだろう。




『世代交代』


・チュートン騎士団

 団長を死去したヘルマンからゲラルドに。外交能力は低いので中東の安定化などに尽力してもらう。

 

・交渉団

 ヘルマンとベラルドから、ピエールとタッデオに。べラルドもお爺ちゃんなので。


・その他諸々。

 メルフィ憲章以来教育していた幹部候補生などはそれぞれ自分の親の後を継ぐ感じで順次仕事を受け継いでいく。




 *****




 このような会議を時折開きつつ、フレデリカは軍事活動を行わない統治をして国内を安定させる事に尽力するのであった。

 彼女のやる基本的な方針は変わらない。イタリアの各都市を巡り、視察を行う。

 そのときにも土地の長官、貴族などを呼んで小会議を開き裁判や税について話し合う。

 更にはその会議に、貴族ではない住民の代表も呼んで一般の者の立場からの意見も聞き、必要ならば法の改正なども行うのであった。

 フレデリカは皇帝であると同時に、最高裁判長も兼ねている。彼女が移動するのは、各地で開かれた裁判で不服とする者の上訴を受けるためでもある。

 実際に皇帝の元へ訴状を持って来るものは多く、その度にフレデリカは専門家などと話し合い裁判の判決を言い渡す。

 事実上彼女が最終決定なのでその判決には異を唱えることはできないのだが、なるべく情状酌量の余地もあるようにして角の立たない様に苦労したようだ。


「ううう、ソロモンもこんなに面倒な裁判ばっかりしたんだろーか」

「有名なソロモン裁きだな。一人の子を自分の子供だと引っ張り合う女二人に───」

「この私がソロモンブレイドで真っ二つにしてやるわー! ずばー!」

「いや、そんな話じゃなかったと思うが」


 と、太古の王ソロモンを思いながらも書類を処理していく。

 フレデリカが都市間を動けば国の中枢機能がそのまま動くような状況である。現代で云えば国会議事堂と最高裁判所が地方にあちこち移動するようなものだろうか。とにかく大所帯で行商人も後ろから付いていくぐらいだ。

 寝る時間も惜しんで、移動時間に隊長の馬の前に載せてもらって寝ることも増えていた。


 だが趣味の鷹狩りはしょっちゅうやっていた。


「おらー! 鷹の目隠しを解くのが早い! ストレス溜まるでしょ! リリースポイントも低い! 走りながらもっと高く!」


 鷹狩りには厳しいフレデリカである。慣れている者はともかく、参加経験が少ない者は泡を食う。


「フレさんが趣味を楽しむのは良いことだ」

「隊長さんが保護者目線すぎる……」


 マンフレディが鷹狩りの見学をしながらつぶやいた。


「何せフレさん、鷹狩りが好きすぎて専門書まで自筆で書いてるからな。この忙しいのに合間を縫って」

「さすが親父殿です!」

「さすがなのか……? だが割と良いことも冒頭に書いてある」


 隊長は初稿を読んだ内容を諳んじて、彼女の息子に聞かせた。


「『鷹狩りについて述べるこの書を書くにあたり、我が心したのは次の一句につきる。

 [全てはあるがままに、見たままに書くこと]

 なぜなら、この方針で一貫することでのみ、書物から得た知識と、経験によって初めて得た知識が統合され、今に至るまで誰一人試みなかった科学への道が開けると信じているからである』」


 そう唱えて隊長は微笑み、マンフレディの頭を軽く撫でた。


「フレさんらしいな。鷹狩りも単なるスポーツではなく、育成から実地まで総合的な科学と考えているんだ」

「知識……科学……ですか」

「俺も立場がなければ、ナポリ大学で歴史学でもやってるかもしれなかったが、あの人は特に学問好きなんだ」

「そうかあ……僕も、学問をしっかり学ばないと、いや、学びたいです!」

「何事も自発的なことが大事だ。頑張れよ」


 そう云って、新たなフレデリカの子供に言い聞かせる隊長であった。


 余談だが、彼女の家族関係は反乱を起こすほどに押し潰されてしまったハインリヒを除けば、皆兄弟の仲が良く、愛人も多かったがフレデリカはその誰が何歳になっても、養い続けて近くの街に寄れば会いに行き姉妹のように話し合っていた。

 誰も浮気を嘆いたり、子供の認知をされないと言うこともなく、奇跡的なまでに家族仲は良好であったようだ。

 




 *****




 ある日のことである。

 巡回で都市の近くまで来たが、フレデリカが忙しいので隊長が替わりにフィレンツェの様子を見てくることにした。

 いまいちフレデリカにとって不吉な占いも出してしまったので後ろめたい気分な隊長だ。

 フィレンツェ人はとにかく議論活発な気風で、かなり面倒くさい都市ではある。


(とはいえ自発的に下り、長官を置くことに賛同したのだから酷いことにはならないと思うが……)


 そう考えながら隊長が、フレデリカの息子フェデリーコが居る市庁舎に入る。


「あー隊長ーどもー」


 相変わらずのほほんとした様子でフェデリーコが出迎えた。

 

「連絡員として来たが、どうだフィレンツェは。まとまってるか?」

「うんー教皇派の人も今は教皇居ないし、父上の統治にも理はあるって人も居るから大丈夫ー」

「そうか、それは良かった」


 受け取った報告書に目を通すが、税が滞っていることも無く、行われた裁判も至って普通の内容で皇帝を排斥しようと云う動きは無い。

 長官であるフェデリーコだけではなく、彼の側近としてつけているフレデリカ手勢の官僚からの報告とも比べても問題はなかった。

 新しく来た長官など、舐められるかするはずだがうまい具合にやっているようだ。

 調停のバランスが良いのだろうか。天然で都市を纏める才能があるのかもしれない。


(フレさんなど計算づくで媚を売ったり金をばら撒いたりして人気取りするからなあ)


 或いはそれが反面教師になったのかもしれない。

 フェデリーコもフレデリカに連れられて実地で教育を受けた組であった。


「よし、大丈夫そうだな。ここを上手い具合に纏めたらトスカーナ地方も任される筈だから、頑張れよ」

「うんー」

「……ところでここは花の街だよな」

「まー別に花は名産地じゃないけどねー育ててる人は多いかなー?」

 

 隊長は言い難そうに頬を掻きながら告げる。


「フィレンツェ産ってのが特別っぽいだろう。鉢植えで白い花を何処かで買えるか?」

「部下に手配させるよー誰かに贈るのー?」

「ああ……ビアンコフィーレにな」

 

 隊長が告げる、妹分の名にフェデリーコは側近と顔を合わせて指を向けた。


「ヒュー」

「ええい。仕方あるまい。シチリアからフレさんのところに定期連絡が届く度に、あの子から俺宛に手紙が混じってるんだぞ。シチリアで何をしてどうだったとか、俺はどうしてるかとか。正直俺は毎日フレさんの護衛と秘書やってるから、手紙で書くような内容が無い」

「返信しなかったのー?」

「いや、一度した。フレさんと何処に行ったとか、フレさんがこんなことをしていたとか。フレさんがレズから逃げてベッドに潜り込んできたとか。何故か次の手紙でビアンコフィーレに凄い怒られた。父親のことを知りたいかと思ってのことだったんだが……」

「乙女心を読めてないすぎるー」

「何なら俺の調べた、ギリシャの神ゼウスとインドの神インドラの共通点についての考察論文でも贈ろうかと思ったが……雷神でエロ全開なところとか似てて気になっていて──」

「それはやめときやー」

「……まあ、代わりに花でも贈ろうと思ってな。あの子の名前通り白い花を……はあ」

 

 大きくため息をついて沈んだ表情の隊長にフェデリーコは問いかける。


「どしたのー?」

「いや、少女が年上に憧れる一時的なアレで、遠くに居ればそのうち初恋も冷めるだろうと思っていたんだが……ビアンコフィーレ全然冷めてくれないんだが、どうしようかと」

「いーじゃん。ビアンコフィーレ可愛いよー?」

「それは認めるが、フレさんの娘だぞ。立場とかじゃなくてなんかこう、妹の娘みたいな……フェデリーコだって、エンツォの娘から結婚する気満々で迫られたら困るだろう」

「うーん……エンツォ兄の娘なら可愛いんだろうけど……確かに困るねー」

「そんな感じだ」


 沈んだような隊長にフェデリーコはのんびり云う。


「まーでも、隊長がいい年して結婚してなかったのも悪いというかー」

「むう」

「父上から聞いた話だと、気の強いシスターを完落ちさせて還俗させて捨てたり、高飛車な貴族の娘を完落ちさせて土地差し出させて捨てたり、無愛想なメイドさんを完落ちさせて主人裏切らせて捨てたり、未亡人を完落ちさせて貢がせて捨てたりって女癖は悪いらしいのにね隊長ー」

「フレさんから聞いたといったな? よし、花は受け取った。ちょっとお仕置きに行くのでこれで失礼する」


 隊長は鉢植えを持って踵を返し部屋を出て行く。 

 最後に振り向いて否定することも忘れない。


「あとそれ嘘だからな。フレさんの戯言を真に受けるなよ。そして広めるな。誰か喋ってたら否定しろ。ビアンコフィーレにも云うな。わかったな」

「はーい」


 にこにこと笑いながら手を振るフェデリーコであった。

 

 ──その後、騎馬のまま皇帝の部屋に突っ込む近衛騎士隊長が居たとか居ないとか。 





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