26『ロンバルディアと戦争フレさん──1236年』

「ミラノ激ウザ問題ー!」


 本日の議題をフレデリカが発言して、一様に皆は頷いた。

 これまでの人生で何度も邪魔してくるミラノにいい加減キレ気味なフレデリカである。

 今回のハインリヒ廃嫡の件にも一部絡んでいることは明白であるし、教皇からの支援も奴らは受けている。

 

「というわけで隊長! 説明!」

「仕方ないな」


 いつもどおり眼鏡を掛けた隊長がボードを用意して、北部イタリアを指し示す。


「ミラノというか、ロンバルディア同盟はイタリア半島の付け根にある自治都市が対皇帝で組んでいる。元はフレさんの祖父、フリードリヒに対抗する為だったのだから年季の入った反体制勢力だな」

「かの[赤髭公]でも倒せなかったのですか?」


 挙手と質問が上がった。

 フレデリカの祖父フリードリヒは名高い神聖ローマ皇帝であり、十万の兵士を動員できた君主だ。同時代のリチャードに負けず劣らずの英傑であった。


「一度はミラノを粉々に消し飛ばしたことはあったがな、あいつらは何度でも蘇る。おまけにドイツ王だったフリードリヒは戦力をアルプス越えで持ってこないといけない。冬には途絶される。そのような時に補給線を絶たれたりして苦戦を強いられて、やがて講和に至った」

「講和したのならば何故こんなことに」

「講和相手が居なくなった瞬間に講和で決められていた賠償金支払いを止めた」

「ろくでもねえ……」


 呻く声に頷いて隊長は続ける。


「もともとこの辺りはローマ帝国が終わった時代ではほぼ何もない蛮族の土地でな。そこに街を作ったのは自分達なのだからと独立思考が高い。商業が盛んで特にミラノはヨーロッパで二番目に人口のある都市だ」

「一番はパリだな。俺も行ってきたけど人多すぎてちょっと汚えわあそこ」


 アンリが笑いながら補足する。


「じゃあ隊長。ロンバルディア同盟と北部イタリアの主だった敵味方を教えて」

「そうだな……日和見も結構あるが、まず味方はクレモナだな。あと西端近いサヴォイア伯国。ここはエンツォが婚約を結んでいるからな」


 フレデリカが17歳の旅路でも立ち寄った都市の場所と、フランスに近い西側に丸を付ける。


「敵はそれ以外大体全部と考えたほうがいい」

「多いな!?」

「ジェノバもかよ!?」

「ジェノバもだ、アンリ。政権交代したみたいだぞ。あとお前のえげつない海路開拓が恨みを買っていてな」

「なんだよーちょっと同郷の奴らをシチリアに強制スカウトしまくっただけだっつーのに」


 以前までは親皇帝派だったジェノバだが、現在は敵対しているのである。

 というのもジェノバではマフィア同士が表に出てシノギを削り合い街の政権を奪い合っている状況で、時期によって上に皇帝派が立つか反皇帝派が立つか変わるのである。それもいつタマを取られるかわからない北九州しゅらのくにめいた危険地域だ。

 

「中立はヴェネツィアだ。ここは理性的と云うかなんというか。フリードリヒの時に間に立って講和を結んだのもここなぐらいだ」

「そもそもヴェネツィアは神聖ローマ帝国としても、独立国と認めてるからね。我が支配することも無いからロンバルディア同盟とか鼻で笑うでしょ」

「このベラルド、ある事件の報告書を見るに……ヴェネツィアにも教皇から派遣された異端裁判官が訪れたようです」

「どうなったの?」

「裁判を開くのはいいけれど、必ずヴェネツィア政府の役人を裁判の場に加えなければ裁判は成立しないことにする、と約束させまして。それでいざ裁判の日になったらその役人がドタキャンして裁判が流れるという方法で異端裁判を実質無効化してるとのこと」

「あそこは結束が強いからな。その分敵に回すと厄介だが」


 隊長は一息ついて述べる。


「ロンバルディア同盟の目的は都市の自治だな。フレさんが掲げる税制、司法を受け入れるのを拒否している。まあそれだけならともかく……」

「いや大問題だからね!?」

「冗談だ。更にはフレさんはドイツ王とシチリア王兼任だから、アルプスを行き来しないといけないというのに放っておくと奴らはアルプスを封鎖したり軍でちょっかいを掛けてくる。非常に邪魔なんだな」


 フレデリカの領地はドイツ全体から地続きでイタリア半島を所有している。イタリア中部は正確には教皇の領地だが、その真中をぶった切るように反体制勢力が存在していると云うのだから本気で厄介なのであった。

 前に憲章でも述べたが、フレデリカの税率は低いし、裁判もなるべく公平に行うようにしている。内乱も飢餓も無くなり、国内は安定しているのである。

 それでもミラノ達は支配されるのは嫌なのであった。

 挙手するのはピエールであった。


「全部攻め滅ぼすのは駄目っすかね?」

「そうだな……主要都市が16。全部城壁に都市ごと囲まれているところだ。これを全滅させるには何年掛かるかわからん。つまり、現実的ではない」

「一発で城壁を破壊するアイテムとかあればねー」


 フレデリカが肩をすくめながら云う。

 この時代では攻城戦では投石機ぐらいがせいぜい使えるものだ。それで都市を囲む程巨大な壁を破壊するのは中々に難しい上に、運用が割と面倒な兵器なのである。

 籠城戦をされたらなにせ都市一つなので、兵糧攻めでもかなり長い時間が掛かるだろう。日本で云うなら小田原城が難攻不落だったのと似たようなものである。

 この、攻城戦は非常に守る側が有利であるというのも、ミラノなどの都市国家が皇帝に逆らう自信にもなっていた。


「我が17歳の頃はミラノ以外のロンバルディア都市は結構受け入れてくれたのに、今はクレモナだけかあ」

「あの時は教皇の権威を載せたベラルドの存在があったからな。北部イタリアの連中は、異端で逃げてきたフランス人を受け入れてる割には結構信心深いんだ。確か……今の流行りは……」

「アッシジの聖フランシスですなあ。グレゴリウス教皇が聖人認定しまして、それ以前から布教を熱心に受け入れていたので大盛り上がり」


 ベラルドが補足する。

 数年前に死没したアッシジ生まれの托鉢修道僧フランシスだが、その派閥とでも云うべきフランシスコ派の修道僧は既に大きな影響力をイタリアに持つ集団になっている。

 何故この派閥が、商業都市の多い北部イタリアで受け入れられたか。

 

「凄まじく乱暴に云えば、『お前らの代わりに祈ってやるから、祈る分の金を寄越せばお前らは救われる』という、大乗仏教めいた布教が商人には受けたんだな」

「隊長……仏教で例えても誰も通じないと思うけど」

「あと細かくは布教方針も違うのですが……」

「……フランシスコ派の内容については、別に俺達に関係するわけじゃないからな。俺の大雑把な見解を人に話すと反論されるだろうが、大まかにそうだと思っていてくれ」

 

 怠そうに隊長は手を振って、細かい説明を避けた。

 フランシスコ派の当時の活動については詳しくは述べない。隊長の発言は、一側面からの意見である。

 次に挙手したのはエンツォだ。


「攻められないのならば、話し合いで解決できないのですか?」

「うん。それで解決できれば何よりだ。冷静な場で話し合いをしてね、我は税務官と司法官を置いて従ってくれれば、別に都市の権益を侵害するつもりはないとわかってくれれば、それでいい」


 フレデリカは芝居がかったように手を広げて云う。


「なんて素晴らしいんだろう! 世界は話し合いでこそ平和を作れるんだ! 我とアル・カーミルだって話し合って、中東と云う激戦区を安定させた! なら国内の問題こそ対話をすればすぐに解決するはずだ! 人は話しあえばわかるはず!」


 そこまで言って、ぴたりと動きを止めて、笑いを含めながら全員に云う。


「そう──人は話しあえばわかる。なら、話しあおうともしない奴は人じゃない、よね?」


 そうしてフレデリカは、対ロンバルディア同盟の軍を編成しつつ、グレゴリウス教皇に、


「平和を第一とする教皇なら、我はロンバルディア同盟との対話を求めているので協力するべきだよねー?」


 と、呼びかけた。

 彼はにたにたと笑いながら、


「おお、それは当然。皇帝と都市との和平を呼びかけようぞ」


 そして、彼は呼びかけた。

 呼びかけるだけだった。

 勿論、裏ではこれに従う必要はなし、特に制裁も与えないので話し合いの場に来るなと言い含めてある。

 フレデリカがロンバルディア同盟への交渉会議を開催したのは二度である。

 それに参加したのはクレモナだけであり、他の都市は全て不参加であった。


「おかしいねぇ~誰も来ないねぇ~」


 教皇が笑いながら、閑散とした会議場所にぽつりと居るフレデリカを煽る。

 クレモナは控えめながら、フレデリカ陣営の空気が伝わっているのだろう。告げる。


「あー……うちはずっとフレデリカさんの味方ですんで」

「うん。そうだね!」


 フレデリカの笑顔が怖かった。

 実際のところ、十字軍前にホノリウス教皇が破門をちらつかせたらロンバルディア同盟が黙ったように、信心深い彼らに呼びかける方法が無いではないのが教皇なのである。

 しかし、教皇からすれば気に食わぬ皇帝は一生国内の内乱で争ってろと思うので強くは言わない。

 

 対話の手は一度ならずと伸ばした。

 一度は十字軍前に、ロンバルディア同盟が再結成した時にドイツ諸侯と同時に北部イタリア都市にも呼びかけたが彼らは手を振り払い、更にドイツから来る諸侯の邪魔をした。

 二度、三度と教皇を間に置いて呼びかけたが、全て反故にされた。

 お前の話など聞かないと三度も唾を吐いたわけだ。

 仮にも、己が住む土地の皇帝に。

 それでいて、彼女らがアルプス越えなどをする際は邪魔をし、多くの軍を引き連れて近くを通れば貝のように城門を閉ざしている。

 何度も云うがフレデリカは悪い君主ではない。当時のドイツ人の殆どは破門をされながら偉業を為す彼女を誇りに思っていたぐらいだ。

 だが、


「話し合わないなら、人じゃないよね♪」


 1236年。

 フレデリカは軍を率いて、ドイツから南進した。

 まずは手勢の3000を率いている。

 十字軍にも連れて行った人数でわかるが、彼女が完全に統一して支配でき、精鋭と呼べる軍勢がこの3000人なのである。

 まずは同盟側の都市ヴェローナへ向かい、いつもの様に威圧させたらあっさりとヴェローナは城門を開けて迎え入れた。 

 歓迎と云うわけではない。

 

「どうするんですか市長!」

「馬鹿! フレデリカの軍をひとまず受け入れて、居なくなったらまた同盟に入ればいいんだよ!」

「さっすが頭いいー」

 

 と云うような状況で、ひとまず彼女の軍を受け入れたのだ。

 勿論空気からしてフレデリカにはまるわかりであったが。

 フレデリカ軍得意の威圧進軍だが、それ故に舐められている部分があったと云える。

 彼女はそのまま、南進して都市マントヴァに入場するが似たような状況であった。たとえ、形だけの恭順を誓ってもこれらの都市はフレデリカが離れればすぐにまたロンバルディア同盟へ戻るであろう。

 

「舐めんなよ、貴様ら」


 フレデリカ軍はそこから西へ行き、友好都市のクレモナに入った。

 その報告はロンバルディア同盟の参加国へ届き、おそらくはそこを拠点にするのだろうと誰もが思ったのである。

 だが、彼女は違った。

 即座に騎兵1000のみ。従軍歩兵を待機させて駈け出した。

 その先は西へ150km。僅か一日で辿り着いたのはロンバルディア同盟の都市ヴィチェンツァだ。

 

「なんだ? なんだ……!? 向こうから何か来るぞ!」

「城門を閉め──」


 門番に三叉の槍が刺さった。

 いや、それは槍と云うよりも農具のフォークに近い。

 投げた、病的な笑みを浮かべている男は一歩先を馬で疾走する隊長に告げる。


「すみません、一番槍は貰ってしまいました」

「別に構わん」 


 フレデリカの騎兵隊が、門が閉まるよりも早くにヴィチェンツァの街へ突入する──!

 門番に突き刺さったフォークを引き抜いて、男──エッツェリーノは哄笑を上げながら目につく相手を刺し殺し始めた。


「さあ! はじめましょう! 収穫のお時間です!」


 エッツェリーノ・ダ・ロマーノ───ローマ教会へ深い憎しみを抱いている、フレデリカの新たな部下である。 

 そして、容赦も慈悲もローマ教会側には与えるべきではないと思想を固めている冷酷・残虐・強力と三点揃ったあからさまにヤバイ男がフレデリカ側の武将であった。

 だが、それでこそ戦いでは役に立つ。

 先遣隊に次いで突入したフレデリカも、大声で宣言する。


「抵抗する奴は殺せ! 逃げる奴は馬で轢け! 建物には火をつけろ! この都市を地獄に変えてやれ!!」


 引き連れられた、市長が縄で縛られてやってくる。


「止めさせろ! 降伏する! ここまでする必要があるのか!」


 市街はモヒカンになったフレデリカの部下で、陵辱し蹂躙し壊滅させている。

 エッツェリーノがフォークで泣き叫ぶ民衆を次から次へと惨殺していっていた。

 

「いけませんね。悪は枝葉を切ったぐらいでは。こうして、フォークで根から掘り出さないと!」

 

 凄まじく危険な男だが、フレデリカの手勢も命じられた通り、いい加減怒りが溜まっていたのだろう、悪魔の化身としてヴィチェンツァを潰していく。

 フレデリカはくだらないことを叫ぶ市長の頭を踏みつけた。


「ここまでさせるまでに我は何度でも手を差し伸べたよな。その尽くを無視して、戦いになればどうにかなるだろう。いざとなれば降伏すれば人道的に扱ってもらえるだろうと思ったのか? お前、馬鹿か?」


 フレデリカは唾を吐きかける。

 

「んなわけねえええだろおおおが!! 我をビビらせと話し合いだけの小娘と侮ったか!? お生憎だな! 破門されようがついてくる我の部下は、お前らぶっ殺すぐらいなんの躊躇いもねええんだよタコが! イエスの顔も三度までって名台詞を知らねえのか!」

「いや、知らんと思うが」


 隊長のツッコミは無視してフレデリカは続ける。


「自分から和平の道を蹴っておいて被害者ぶってんじゃねえ! お前らは生贄だ。死に方次第で他があっさり降伏してくれるかもしれないからな! なるたけ残虐にぶっ殺す! ざまあみろ!」

 

 強い言葉を使いながら、フレデリカは悪魔的哄笑を上げた。


「くふぁ! くふははははは!! 見ろ! お前らが大事にした財産も燃えていく! この戦場は地獄だ! 我はキリスト教の守護者! 法の最高裁決者! しかし、魔王にだってなれるんだよ!!」


 炎焼ける街の中。

 笑いながら、両手で悪魔的動作をするフレデリカの姿に逃げる人々は確かに、悪魔を感じるのであった。


 ──こうして、強襲を受けたヴィチェンツァはフレデリカに壊滅させられ、その領主として激ヤバさに定評のあるエッツェリーノが任命された。

 残党に反逆を受けても必要以上に鎮圧して問題は発生しないだろう。

 そして、凄まじい攻撃を受けたヴィチェンツァの噂は、フレデリカがばら撒いた自称ヴィチェンツァから逃げた人を各都市に派遣することで、特に北東部イタリアを震撼させる。

 北東部イタリアはローマに近いボローニャを除き、次々に降伏してフレデリカの財務官と法務官を受け入れ支配された。

 その数は大きな都市で8。ざっと、ロンバルディア同盟の半数はフレデリカに僅か一戦で瓦解した。寝返ろうとしていたヴェローナも即座に土下座して恭順の意を示した。

 

「よーし、者共! 引き上げじゃあ!」


 フレデリカは全軍に呼びかける。 

 ここで彼女は一旦軍をドイツに戻すことにしたのだ。


「ここでもう一度、交渉の場を開くチャンスを与える。我々の武器は二つ! 寛容と威圧だ。従うならよし、そうでないのならば北西イタリアを次は攻める」


 そうして、頑ななミラノや教皇の態度が変化することを期待しつつドイツへ向かうのであった。

 時間を置いて降伏を促す思惑もあったが、息子のコンラートを正式にドイツ王へ任命する儀式を行う必要もあったからだ。

 冬が迫る中、アルプスを馬で越えていく。

 先頭を進みながら、フレデリカは乾いた声で空を見上げながら笑った。


「渡り鳥がイタリアへ向かっている。我らは北に行くのにね。ああ……早くプーリアに戻りたいなあ……」


 そこまで言って、彼女は大あくびをした。


「眠い。隊長」

「少し疲れたのだろう。存分に眠れ」


 隣を進んでいた隊長が、フレデリカを掴むと自分の前に座らせて、従者から毛布を受け取り抱くようにして支えた。

 うとうととしたフレデリカは、すぐに隊長の腕の中で眠りについた……。

 その頭を撫でながら彼は思う。


(本格的な戦争が始まってしまったな……)


 



 *****

 



 コンラートの任命会議を、ドイツから東に行きウィーンの地で行ったのは理由があった。

 オーストリア公に不審な動きがあったのを事前に察知したのである。

 と、云うのもハインリヒの嫁であったビッチが、早速再婚までした上に、


「ハインリヒの子供はこちらなのだから、次の王は私の子供がなるべきだわ!」


 などと主張し始めたのである。

 それがオーストリア公の娘なのだから、立派な案件発生である。

 フレデリカは即座に対応した。その元嫁の胸ぐらを乱暴に掴んで耳元で、


「……すぞ」


 と呟くと血相を変えたオーストリア公が平謝りで、コンラートへの恭順を誓うと云うことがあった。

 この時のオーストリア公、通称[喧嘩公]などと呼ばれる暴れ者の無能と云うどうしようもない君主なのだが、悪政と重税、無益な東征などで領民を困らせていたのでフレデリカに片っ端から領地を没収されて以来彼女が苦手であったのだ。

 フレデリカは心底、その嫁が気に食わない。できれば処刑にしてやりたいぐらいで、実際ハインリヒの罪状は大逆罪であって家族にも累が及ぶ罪であるのだが──まだ幼児なハインリヒの子供達に罪を背負わせたくないから見逃したのである。

 そして、幼児を母親と離れ離れにさせるのもどうかと思って放っておいたのだがこの様子では愛情など期待できない。

 

「……この子達には、あまり表舞台に立たない方がいいかもね」

「そうだな。シチリアで信頼できる者に育てさせよう。自分でやりたいと思えば、ナポリ大学にでも入って官僚になるだろう」


 フレデリカは争いの種になるハインリヒの子を引き取って、シチリアへ送るのであった。

 また、あの潰れてしまったハインリヒのことを思えば、自分の元で育てるのも違う気がしたのだ。

 

 コンラートのドイツ王就任には諸侯の賛成を得られたが、なにせまだ9歳の子供だ。後見人が必要である。

 自分が面倒を見れれば何よりだが、ロンバルディア同盟と教皇への対応でドイツを離れなくてはならない。

 そこでフレデリカは、かつて自分を神聖ローマ皇帝に戴冠させてくれた大司教ジーグフリードにコンラートを頼んだ。


「まぁぁぁかせろぉぉ」

「相変わらず迫力がイノケンティウスみたいだ……」


 老境だが全身から覇気が漲るこの男は、教皇を無視して戴冠させたぐらいなのでローマ教会のことは嫌っているというフレデリカの陣営に相応しい大司教だったのである。学問や政治センスも一流で、何も問題は無い。

 フレデリカのドイツ、シチリアの重要職にはこのように、教皇から一歩引いたような目線の狂信的ではない聖職者のみが役職に付いている。

 選んだというわけではなく、教皇やエルサレム総主教のような人物は自分からキレて他所へ行くので自然と居なくなるのである。


 コンラートの戴冠式を終えた隊長が一息付いていると、袖を軽く引っ張られた。


「む?」


 そちらに目をやると、小柄な少女が隊長の袖を引いて見上げている。

 白に近い灰色のブロンドをした髪の毛には見覚えがあった。あどけない顔をした彼女に、隊長はしゃがんで話しかける。


「誰かと思えば、ビアンコフィーレ。来ていたのか」

「うん。コンラートが王様になるって、シチリアから他の人と一緒に来たの」


 少女は頷いて、ぱっと笑みを作った。

 彼女は[白い花ビアンコフィーレ]と云う名の、10歳の少女である。

 コンラートの亡き母親、ヨランダ付きの女官アナイスの娘で、フレデリカの子供でもある。コンラートを産んですぐにヨランダは亡くなったので、アナイスが一緒に育てる事になりコンラートとは殆ど姉弟のようにシチリアでは暮らしていた。

 名前の通り、白い花のような色の髪の毛をしていて、前に隊長もシチリアで見たときはまだ小さかったが、今はすっかりドレスを着て正式な場に出れるようになっている。

 隊長は親戚の子供の成長を見たようで、珍しく優しげな顔で聞く。


「寒くは無いか。アルプスの北は初めてだろう」

「平気よ。心配してくれるの?」

「風邪など引かないようにな」

「大丈夫だって! それより、隊長さんにはこれをあげるのよ」


 ビアンコフィーレは手作りの、押し花のしおりを隊長に渡してきた。

 シチリアの花で作った、白くて小さい飾りである。


「わたしの手作り。隊長さんにあげようと思って作ったんだから、失くしたりしちゃだめよ」

「俺に? ははは、ありがとうよ。しかし俺みたいな無骨な奴に、こんな可愛らしい白い花の飾りは似合うかな」


 苦笑してしげしげと眺めるが、ビアンコフィーレはやや頬を赤らめて云う。


「似合うに決まってるわ。隊長には白い花が似合う。はい復唱!」

「なんでだ」

「もう!」


 察しの悪い隊長に、怒ったようにするビアンコフィーレである。

 その様子を即座に冷やかす者が居た。

 フレデリカである。


「ああ~!! 見て見てみなさ~ん!! 隊長が10歳の我の娘にコナ掛けていちゃついてる~!! ひゅーひゅー!」

「なんだってー!?」

「若干怪しいと思っていたがやはりロリコン……!!」

「お前ら……ガキじゃないんだから……」


 頭痛をこらえて隊長が囃し立てる皆に云う。

 しかし、ふとビアンコフィーレを見るともじもじとして目線を逸らし、まんざらでも無い様子なので隊長も思わず呻いた。

 

「いや待てビアンコフィーレ。趣味が悪いし10年早いぞ」

「……だって」


 不満そうに口を尖らせるビアンコフィーレの周りに、くねくねと動きながらフレデリカが厭らしい声をあげる。


「うわあー隊長が我の娘フってるぅ~ショックだわー」

「フレさんは黙れ」

「むぎゅ」


 隊長はフレデリカの額を小突いてから、再びしゃがんでビアンコフィーレと目線を合わせる。

 困った顔をしながら、告げた。


「ビアンコフィーレ。お前はまだ若い。これからシチリアの地で沢山学んで、友達も多く作るんだ。貴族の社交にも顔を出せるだろう。そうすれば俺のようなおじさんより、もっといい相手が見つかる」

「でも、わたしは隊長がいいもの……」

「……はあ、わかった。お前がもっと大きくなって、その時にまだ俺のことを想っていてくれたら、な」

「本当!?」


 ぱあっと顔を明るくして、ビアンコフィーレは隊長の首に抱きつくのであったが、彼は中々面白い顔をしていてフレデリカが指をさして笑っていた。

 ビアンコフィーレがアナイスに連れられて宿舎へ戻っていった後で肩を竦める。


「少女の初恋など、そのうち忘れてくれるだろう」

「どうかなあー? 隊長は人生の墓場へ予約を入れただけかも」

「それならさしずめフレさんは何度も墓場からリビングデッドしてることになるな」

「我の場合嫁が死んでるから不謹慎なんだけどね。しかしそうなると隊長が義息子かー……くふふふふ」


 何が面白いのか、フレデリカは楽しそうに笑うのであった。


「断然ありだね!」


 


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