10『ドイツ入りするフレさん──同年』


 ミラノ軍の襲撃から二日後。

 一行は都市クレモナに辿り着き住民を上げての盛大な歓迎を受けた。

 南イタリアからやってきた美少女皇帝である。そりゃあ誰も彼も熱狂する。こういう時空気が読めないのは大抵ミラノだ。

 圧政にて都市を全て支配下に置こうとする皇帝に対してはロンバルディア同盟の名において自治都市郡が抵抗活動するのだが、現段階ではフレデリカにその権力も兵力も存在しない。

 しかしやがてはそれを持つようになる。その時に印象を良くして条件を付けて貰えるように彼女らを受け入れるのが[皇帝派]の都市である。

 また現段階では破門を受けたオットーを支持するのもまずいために、[教皇派]と呼ばれる反皇帝派の殆どもフレデリカを受け入れざるを得ない。どうしても受け入れないのは反体制派なミラノとその勢力下にある都市ぐらいである。


「ドリアでも食って寝てろよあの連中……」

「荒れるな荒れるな」


 フレデリカが各都市を回りながらミラノの頑なさを耳にしてそう思うのであった。

 また、フレデリカも自分が皇帝になった時に統治を楽にするために愛想を振りまき権益を約束することを忘れない。 

 彼女の基本方針は反乱を鎮圧するのではなく、起こさせないようにすることなのだ。

 それには公正な裁判と、安い税を与えれば良いと云うことは──恐らく誰でもわかるが中々実行はできないことであった。


 しかしながらクレモナは、ミラノに敵対とまではいかないが、凄まじく仲が悪い。故にミラノやその傘下にある都市にフレデリカを攫わせるわけにはいかないと、確実安全な都市のルートを快く教え、また先遣隊を派遣してくれたのである。

 元々権勢を見て立場を変えるのが得意なクレモナである。

 かつてフレデリカの祖父、フリードリヒに味方して彼と共にミラノを攻めたかと思えば、フリードリヒが支配の圧力を増そうとしたら今度は逆に彼と敵対したりした過去もある。

 特に恩を売っておこうというこの都市の姿勢をフレデリカも評価せねば協力は取り付けられない。


「我はクレモナから北部イタリアの安全を買って、クレモナの税や流通、資産には手を付けない……まあ、今のところはこんな感じでいいか」

「一応、クレモナは教会とも深い関わりがあり教皇の後押しを受けている間は敵対しないでしょうが、ある程度は譲ったほうが得策だとこのベラルドも思います」


 そうしてフレデリカは人気を振りまいたままクレモナを出発。

 ポー川を下るルートで都市マントヴァへ行き、北上してヴェローナ、そしてアルプスの麓のトレントまで安全に辿り着くのであった。

 しかし、そこから先はアルプスを越えればドイツの領域だ。クレモナの支援もそこまでである。


「俺が様子を見てくる」


 隊長は一行をトレントに留まらせるようにしてそう云った。

 鎧を脱いで平服姿になり、一般の旅人を装っている。彼の従者もまたそれに倣っていた。一人よりも二人の方が旅では怪しまれない。

 

「今しがた、ドイツの兵がブレンネル峠に入っていると情報を受けてな。真偽を確かめてこよう」

「一人で大丈夫なの?」

「無論だ。ただ情報は未確定だ。問題が無ければ峠を行こう。だが、トレントに待機している間に、峠を通れなかった場合の別ルートを考えていてくれ」


 そう云って、短期で隊長はアルプス山脈の峠へ馬を走らせるのであった。

 残ったフレデリカと仲間は地図を眺めながら相談しあう。


「でもここまで来たら北東部からアルプスを抜けないとねえ」

「ブレンネル峠はローマ帝国時代から続く街道ですが……山道程度は他にあるでしょうけれども」

「うん、じゃあその線で行こう。山に詳しい人を探してねっ」

 

 隊長を待ちながらも情報は蒐集し、かつトレントにて宣伝活動を行った。

 町中を馬に乗ってゆっくりと歩き回り住民に顔を見せる。自治都市の反発は顔も知らぬ皇帝に、という理由も無くは無い。実際に見て可憐……ではないが、明るく見栄えの良い美少女が不人気になることは少ないだろう。リーダーとしてはどうかと思うかもしれないが、そもそも彼らとしては自治をする気なので愚かでさえ無ければ見た目が良いほうが好ましい。

 それにトレントでは銀山が経営されて豊かだ。圧政を敷くつもりはないが、税の計算もフレデリカがよだれを垂らしながら夜中に行っていた。

 またこの街はローマ帝国時代の建物や道路が多く残っていて、ローマ帝国マニアなフレデリカも好みであったに違いない。 


 さて……。

 ブレンネル峠へ向かい馬を走らせた隊長と従者だが、近くの村で一旦休憩を取った。

 聴きこみをするためだ。街道の旅籠となっている駅街で隊長は教会へ立ち寄る。

 この時代の情報が集まる場所は酒場などではなく教会だ。旅に出ている者もまず街に立ち寄れば教会に入る。

 ベラルドから預かってきた書状を見せながら司教へ尋ねる。


「この先の峠にドイツ軍が居ると云う情報があったのだが、知らないか」


 すると彼は首を傾げて、


「一昨日にドイツからやってきた修道士の話では見かけなかったといいますが……」

「ふむ……」

 

 と、なれば考えられるのは二つだ。

 ドイツ軍は居ないか、隠れていてイタリアからドイツへ向かう旅人のみを狙っているかである。

 あるいは坊主に化ければ見逃してくれるかもしれないが、破門を受けたオットーの部下だ。可能性は低い。

 そして隊長らは確かめる為にブレンネル峠近くの森まで進み、馬を下りた。

 従者に告げる。


「俺が様子を見てくるが戻らなかったらフレさんのところに、別ルートからいけと連絡しろ」

「はい。……しかし、隊長が戻らない状況ってのがいまいち想像できません。偵察がバレて千人に追われても突破できますよね?」

「その場合はドイツ方面へ突破して逃げるから、後で合流しようと伝えてくれ」

「……ははは」


 冗談めかして言ったのだが、真顔で隊長が云う言葉に従者は引きつった笑いで返した。

 そして腰に短剣だけ差して隊長は木々の隙間を縫うようにブレンネル峠へ向かうのであった。

 



 ***** 

 


 

 峠の街道から逸れて、山の中を切り開きキャンプにしている部隊が居る。

 ドイツ国内での反ホーエンシュタウフェン一門に属する貴族の軍である。

 フレデリカを新皇帝にと推す一門へ反発をする他のドイツの名門へ、オットーが圧力と幾らかの権益を約束して軍を動かし、彼女のドイツ入りを防ぐ為にこの街道へ兵を伏せさせたのであった。

 人数は百人程。既にフレデリカが少数でドイツを目指しているという情報をキャッチしているオットーにしてみれば十分な数であった。

 他の者はともあれフレデリカさえ捕らえられれば何とでもなる。いくら破門を喰らいフランスと対立しているとはいえ、オットーはまだ若く巻き返せるチャンスはある。

 しかしながら、来るか来ないか不明な皇帝一行を待ち構える部隊の士気はそう高くは無かった。

 まだ季節は夏だから良いものの、もしかしたら冬までこのアルプスで待たされるのかと思うと毎日がげんなりした様子で空を見上げることも多い。

 

「ったく、さっさとフレデリカとか云うガキも通ってくれねえかな」


 ぼやいた兵士の一人に、他のものが笑いながら返す。


「何だ? 飽きたのか。この前は凄い良い顔で商隊を襲っていただろう。本物の山賊かと思ったぞ」

「金奪っても使うところがなけりゃただの荷物だって。おい、だからって俺のリュック漁るなよ」

「わかってるっつーの。しかしフレデリカねえ。噂に寄れば十七の娘だって話じゃねえか。ちょっとつまみ食いしてもいいかなあ」

「教皇に殺されるぞ」

「もう俺ら破門食らってるって」


 怠そうに丸太に座って囲んでいる数人に、街道を見張る部隊の一人がやってきて告げた。


「おい、交代だ」

「ちぇっ」


 舌打ちをして見張りの順番を代わる十数名あまりの兵士が剣を持って立ち上がった。

 煙などの気配察知を気にしてやや離れた森の中から、街道を見張れる高台まで移動する。

 森の中をぞろぞろと歩いて行くのもここに来てから毎日繰り返すことであった。ひとまず早く終わらないかと全員が思いながら、忌々しげに毎日伸びる藪を切り払う。

 その途中で、一人が云った。


「……おっと、すまん。催してきた」

「クソか? おい、踏んだら堪らんから離れてしろよ」

「ああ」


 そうして一人が隊列から離れていく。

 それを待つようなこともせずに一行は彼を置いて道を進んでいった。通り道を今更見失うことなど無いだろう。

 ややあって離れた森で、開けた場所を見つける。丁度岩が便所みたいな形になっていたので男はこれだと思いズボンを脱いで跨った。

 その時。


「──動くな」


 男の口を手が塞ぎ、喉に冷たい感触がした。刃物を当てられている。

 耳元に聞こえる低い言葉は続く。


「抵抗するな。クソも漏らすな。叫ぼうとするな。しようとしたらお前は死ぬ。わかったらゆっくり頷け。その少ない脳味噌で理解するまで三秒待つ」


 震えと、冷や汗がぶわりと浮かんだ。

 男は息を飲みながら横目で相手を見ようとするが、見えない。その岩のような手は万力めいた力で彼の顔を固定していた。

 

1ウーノ2ドゥーエ……」


 カウントダウンが始まっていた。男は慌てて首を振ろうとしたが、言葉を思い出してゆっくりと縦に振った。

 確実に三秒経過していたら殺されていた事は理解できた。

 口元から手が外される。大声をあげようにも呼吸が整わなかった。クソも当然引っ込んだことはありがたかった。

 口の代わりに首に手が掛けられる。ざらざらした指の分厚い皮が軽く首にめり込む。それが脊椎をへし折れないと誰が安心できるだろうか。

 背後の男──隊長は率直に告げる。


「俺はフレデリカの部下だ。ここにはドイツ兵が居るようだな。規模と他に押さえている街道を教えろ」

「そ、そそ、それを言ったら、助けてくれるんで?」

「人を救うのは人ではない。神だ」

 

 意味深な返事を受けつつも、拒否することは不可能な状況に置かれた男は知る限りの情報を吐く。

 

「ブレンネル峠に百人、そ、それからこの先のインスブルックに後詰が千人いざというときに控えてるんだ。夜陰に乗じて無理に通ってもすぐに捕まえるように……」

「ほう……百人程度ならば数日掛けて皆殺しにしようかと思ったが、後詰が居ては厄介だ」

「……」


 男が隊長を見る目が──正確には背後にいるので見えないのだが、首を掴んでいるそれは悪魔と同等に思えた。


「あ、あとオットーがこっちの南ドイツへ直接軍を進めてフレデリカを捕縛しようとしているって話が……」

「そうか。ここでグズグズはしてられなくなったわけだ」


 ヤバイ。

 死ぬ気配がふつふつと感じている。

 男は自分を売り込むことにした。


「お、俺が一緒に行けばドイツ兵の隙を付くこともできるし、兵力が薄いところを進めますぜ! オットーの奴は前から気に入らなかったんだ!」

「そうかもしれないな」


 隊長の返事に男は卑屈な笑みを浮かべながら内心安堵する。

 一兵士の彼に、仲間の隙を突くとか軍の配置を完全に理解するなど無理なのではあるがこの状態から抜け出すことが今は大事なのだ。

 口から出任せでもひとまずこの悪魔から逃げなくてはならない。

 短剣を鞘にしまう音が聞こえてほっと息をついた。隊長はなにかを取り出したようだが──。


「ごが!?」


 突然──。

 男の口に何かが突っ込まれた。パンより柔らかく肉より硬い、不思議な触感のそれが口の中を塞ぐ。吐き出せないように両手を押さえられて、念入りに口の奥までねじ込まれた。

 それは──モチである。

 混乱しながら悪魔の声を聞く。


「そうかもしれないが裏切るかもしれないやつを生かしておく方が危険だな」

「があ、ごあああ!」

「それに……フレさんをナニすると云ったか? おい」


 しっかり彼らの駄弁りから近くに潜んで聞いていた隊長である。


「聖餅で死ぬんだ。神も喜んで迎えてくれる──ああ、破門されてるんだったな、お前」


 顔を覗きこんで来る、片目の男のぞっとするような暗い瞳に心臓を握りつぶされたような悪寒が生まれた。

 やはり悪魔だ。破門を受けた自分の霊を喰らいに来たんだ。助けて。

 叫びたかったが口を塞ぐ餅で呼吸はできない。

 隊長が暴れる男の鼻をつまむと、完全に息ができずに死への酸欠による苦しみが襲ってきた。


「──じゃあ地獄でエンマによろしく言っておけ」


(エンマって誰だ……)


 その謎だけ頭にしたまま──男は呼吸困難で死亡した。

 そして隊長はズボンを履かせて適当な場所に男を打ち捨て、その場を離れた。

 やがて──。

 一人帰ってこないその兵士を探しに来た他の者が彼の亡骸を見つけたが、


「うわっ……こいつ、モチを喉に詰まらせて死んでやがる」

「つまみ食いで死ぬとかとんでもねえ不名誉な奴だな。ったく」


 外傷は無く、モチを口に詰めたまま死んでいる兵士の死体は不審に思われずに処理をされたと云う。

 たとえフレデリカの斥候が来ていたとしても、誰がモチを凶器に殺していくと思うだろうか。

 隊長はモチを持たせてくれたグイエルモに感謝しつつ、従者とトレントの街へ戻るのであった。




 *****




 トレントの街でフレデリカと合流した隊長との意見を纏めて進行ルートを話し合った。


「うーん、更に東回りに行こうかと思ったけどあんまりのんびりはできないみたいだね」

「ああ。ドイツの街道が兵士だらけになるからな」


 地図を睨みながら唸る。

 地元の猟師や木こりに聞いたところ、細い林道の噂ぐらいは聞いたことがあるが殆ど使われていない為に正確に山脈を抜けられるかはわからないそうだ。

 ベラルドが地図を指さして提案する。


「このベラルド思いますに、無理やりトレントから北上して突っ切れませんか」


 地図上の位置ではトレントの北東側にブレンネル峠が存在する。

 そこを東に寄らずにそのまま真っすぐ上がれないかと云う内容であった。

 さすがに未知のルートなのでうんともすんとも云えずに悩む。

 ベラルドは続けて、


「なんとかこの都市コンスタンツに入ることができればドイツの追手も振りきれるのですが」


 トレントから北西にある、ボーデン湖と云う大きな湖の都市コンスタンツを指さした。

 ここはドイツのライン川上流に面する諸侯の代表格とも云える都市であり、ここに受け入れられれば一気に味方は増えて南ドイツの多くはフレデリカの勢力下に置かれる。そうすればオットーも軍を北に戻さざるをえないだろう。

 フレデリカは考える。


「ふーん……確かに事は一刻を争うね。というか逆にオットーが先にコンスタンツで待ち伏せしてきたらメッチャ困るじゃん」

「ええ。ですから何としてでも先に入らなければなりません。入ってしまえば城門を閉ざし、一万の軍勢でも耐えられます」

「……よし、決めた。毛布と食料を準備! アルプスを強行突破するよ!」

「マジか」

「まだ8月なんだからいけるって! ほうら若いんだから我達!」


 そう指示が出されて、一行はトレントでアルプス越えの用意を整えて、山に詳しい者を雇い向かうのであった。

 進みながら土地土地の者に聞き、荒れ果てた獣道のような山道を馬で進んでいく。

 ベラルドは呟く。


「いやはや、敵地を十人足らずで踏破して今度はアルプスの山道を強行突破。提案しておいてなんですが、無茶なことをしておりますなあ」

「くふふん。このフレデリカちゃんに間違いなどあるはずがない!」


 そして山道を進みながら云う。


「ほら、あの鹿だってこの道を通れるんだ! 馬が通れない道理はないよ!」

「そんな発想を極東の誰かもしてそうだな」


 奈良県民のような鹿が歩いているのを見てフレデリカは提案した。まあ、アルプスと奈良は何も関係は無いのだが。

 馬で通れる道を選びながら着実に北を目指して行く。

 やがて風の少ない場所に来るとテントを張った。

 持ってきた乾燥した薪は山の上の方で使う。まだ樹木のあるうちはその辺から取ってくるのだ。


「はふ、はふ、ずーっ」


 沸かした湯にバターとパンを溶かして啜る。この世のものとは思えないどうでもいい味がした。

 そうして皆はリンゴを一つか二つ、フレデリカは更に隊長が近くで採取してきたハチミツをまた湯で溶いて飲んだ。一番体が小さい彼女がカロリーを取っておかねばならない。


「あまい……疲れた時はハチミツだねえ」

「フレさん。少し塩を入れるともっと旨くなるぞ」

「ほんと? ……あ、ほんとだ。ありがと隊長」


 そこで一晩を過ごす。さすがに追手は来ないだろうが、隊長は剣から手を離さない。夜にフレデリカが蹴飛ばした毛布を二回直してやる。

 次の朝も凍えるうちは出発しない。日がしっかり上ってから山越えを再開する。

 朝飯にはチーズをモチの上に乗せて焼いて食べた。それとワインを少し飲んで活力を体に与える。


「よっし! 目指せコンスタンツ!」


 フレデリカは元気だった。十七と云う年齢でやる気に満ちている彼女はアルプスさえも物ともしない。季節はまだ8月というのも幸いした。冬になればなるほどアルプス越えは危険になる。

 さすがに道無き道に近い場所を通るとは思っていなかったドイツ軍からの追手は掛からずに、無事に進めた。

 街道まで出ると一行は馬を飛ばさせる。


「急げ急げ! ドイツに入ったからにはスピード勝負だよ!」

「こ、このベラルド体力が限界で……コンスタンツでは休めるかなあ! 雄大な湖のリゾート地!」

「無理だろ。このフレさんの勢いを見ろよ」


 そして殆ど休まずに走り続けて都市コンスタンツの城門まで辿り着いたのだった。

 そこでベラルドが肩で息をしながら進み出て、高らかに声を張り上げた。城門の内側、上には既に多くの貴族や司教が集まっている事はしれている。


「このベラルドは教皇からお言葉を借りた大司教である! 神聖ローマ皇帝となるフレデリカ陛下をお連れした! ドイツ諸侯であるコンスタンツの皆に協力を要請する! これは教皇のお言葉である!」


 ベラルドの命令に、教皇パワーが付与されたそれは無条件でフレデリカを招き入れるには十分であったようだ。

 城門が開き多くの者から迎え入れる、イタリアから訪れた新たにして正当な血統のドイツ王である。

 コンスタンツ内の兵士は整列し、それらの前に並んだ貴族や名家も跪いて彼女を迎えた。


「やあやあ諸君ご苦労! ……ん? あっ」


 フレデリカがふと背後を見やると街道の彼方に旗が見えた。

 オットーの軍旗である。まさにすぐそこまで迫ってきていたのだ。


「うおおおい! 城門閉めー!! オットーが来るよー!」


 コンスタンツの軍も慌てて門を閉ざし始めた。

 なんと記録ではフレデリカがコンスタンツに到着してオットーがその前に現れるのは僅か二時間後。

 懸念通りにオットーは彼女を迎え撃つ為に予めこの街へ進軍していたのである。

 タッチの差でこの地を手に入れた彼女は浮足立つコンスタンツの都市内で堂々と門脇の塔に上ってオットーを見下ろす。

 先にフレデリカを迎え入れて味方になったもののすぐに敵が現れては何が起こるかわからない。

 中にはフレデリカを捕まえてオットーに差し出そうとする者も出るかもしれない。彼女はベラルドをコンスタンツの大司教らの元へ向かわせて鎮静を図り、己は護衛の隊長を連れて堂々と敵の前に姿を現した。

 都市城壁の前に展開される軍勢。千は軽く超えているだろう。声を張り上げる。


「この都市は我の支配下に落ちた!」


 堂々とまず敵に宣言した。こうすることでコンスタンツの者達も「味方につくしかない」と思わせる効果もある。

 そして云う。


「さあこの破門戦士共め! この都市を攻め滅ぼす覚悟で来るか!? 上等だ! だけど教えてやる。フランス王に『オットーが南ドイツに来てる』って書状も出したからな」


 その言葉にどよめきが走った。

 本来──フレデリカを捕らえるためにオットー自ら軍を率いてここまで来たものの、彼らはイギリスと組んでフランスと領土を睨み合っている。

 機を見る事に長けたフランス王フィリップが、今まさに武力のあるオットーが戦場から離れていて戦えば負けるジョン王しか居ないと知れば。

 確実にオットーの本拠地を落としに来るであろうことは目に見えている。

 加えて。

 近代に行われる籠城戦ではなく、この時代では攻城兵器と云えば投石機や破城槌などが主なものである。城壁を破壊できる大砲などは存在しない。

 そしてフレデリカを攫うつもりで身軽に進軍してきたオットー軍はそのような兵器を用意しておらずにもし攻めるならばこれから準備が必要だ。

 時間が経てばこの糞寒いアルプスの麓で野営のままに一冬過ごさねばならないかもしれないのである。

 また、逆に籠城したコンスタンツは籠もるとは名前だけで、湖に注ぐライン川から自由に出入りができると云う、完全に攻める方からすればクソゲーであった。

 オットーが軍を引いたのも無理はないだろう。


「大勝利だよっ! ひゃっはー!!」


 フレデリカは振り向いて、塔のてっぺんから隊長に体を支えてもらい、コンスタンツの皆へアピールを行うのであった。

 自分の軍で勝てないなら他所の軍に攻めさせる。自分に威光が足りないなら教皇の威光を借りる。後は行動を起こすのは自分の足と口で。それが今の彼女の戦い方である。

 大歓声が街中で上がりだす。

 一喝で賊軍を追い返した南から来た少女。

 このコンスタンツを始めとして、その噂はドイツ中に広まり──彼女が次々と周り支配下に置くドイツの都市への受け入れ体勢を作るには十分な功績を上げつつあった……。



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