忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、亡国王子の剣となる

ポロポ

王子護衛騎士編

サーディス

 <前書き>――――――――――――――――――


 本編は第15話までゆっくりと進む展開になっています。

 テンポよく物語を追いたい方は、『王子護衛騎士編』の『ここまでの人物紹介』を先に読んでから続きを進めるのがおすすめです。


 人物や関係性を把握した状態で読めるので、スムーズに物語に入り込めます。


 じっくり読みたい方はそのままどうぞ。お好みのスタイルでお楽しみください!


 <前書き>――――――――――――――――――




──この剣は忠義ではない。復讐のためにある。


 闇に包まれた焼け跡の中で、少女は生き延びていた。

 黒焦げの瓦礫、崩れた石壁、赤黒く乾いた血の跡。すべてが彼女の世界の終わりを示していた。


 けれど、少女──ミレクシア・アルノーは死ななかった。

 彼女は、その夜、"魔"に手を伸ばしたからだ。


 焼けた腕を引きずり、半壊した屋敷の地下室へと這い進む。

 そこにあったのは、かつて父が「絶対に触れるな」と言い残した封印の間。

 重く錆びた鉄扉の先に、それは眠っていた。


 一振りの魔剣。


 紫黒の輝きを放つ異形の刃。

 誰かを守るための剣ではない。

 誰かを斬るためだけに鍛えられ、封じられた“災厄の剣”。


「……私は……死ねない……」


 焼けただれた皮膚。燃え尽きた家族の声。

 呼吸のたびに刺すような痛みが胸を裂いた。


 それでも──。


「……生き延びて……殺す……。あの夜、あそこにいた"奴ら"を……全部……」


 剣に手をかけた瞬間、紫の光が奔った。

 意識が焼き尽くされるような苦痛。

 叫びすら上げられず、彼女の左腕は――異形に染まった。


 人の形を捨てた魔の力。


 それでも構わなかった。

 「人として生きる」ことよりも、「生き延びて復讐を果たす」ことのほうが、彼女にとっては重要だった。


 それから数年。

 彼女はミレクシアという名を捨て、流浪の傭兵サーディスとして戦場を渡るようになる。


 貴族でもなければ、騎士でもない。

 ただ、十年前のあの夜を知る"誰か"を見つけ出すために。


 そして今、王都では大規模な武術大会が開かれる。

 王族すら視察に訪れるこの催しに、サーディスは静かに名を記していた。






 王都に陽が昇る。澄み渡る空に柔らかな風が吹く中、王立闘技場はすでに熱気に包まれていた。

 年に一度の武術大会。その日は王国中の注目が集まる特別な日だった。


 貴族の私兵、傭兵団の剣士、そして名もなき流れ者たちが、己の力を試すべくこの舞台に集う。

 勝者には名誉と、王の前で名を挙げる機会が与えられる。


「今年もまた、剣士たちの血が熱く燃える季節だな」


 王家観覧席。第一王子アレクシス・エドワルド・ヴァルトハイトは、微かに目を細めながら戦場を見つめていた。


 だが、彼の意識は別のところにあった。

 ――十年前、炎に包まれて消えた貴族の名家、アルノー家。

 その末娘ミレクシア。剣を愛し、誰より真っ直ぐだった少女の面影が記憶の底から浮かび上がる。


 「アレクシス」


 声をかけたのは叔父、カエルス・マクシミリアン・ヴァルトハイト。現王の座を虎視眈々と狙う男だ。


「大会は盛況のようだな」

「ええ、実力者ばかりが集まっています」


 形式的なやり取り。互いに仮面のような笑みを交わしながら、腹の内を隠すことに長けた二人は、静かに競技の開始を待った。


 やがて、一人の剣士が観衆の注目を集める。


 黒衣に身を包み、左目を眼帯で覆ったその者――サーディス。

 彼女の剣は、華やかさこそないが、無駄の一切ない研ぎ澄まされたものだった。




 開始の鐘が鳴った瞬間、王都守備隊の剣士――名はディルク――は踏み込んだ。

 体格に優れた彼は、堂々たる盾と長剣を構える王国標準の型。


 対するサーディスは、腰の低い前傾姿勢を取り、重心を落としたまま剣を抜いた。構えはない。構えという"意図"を敵に読ませないためだ。


「……速い!」


 ディルクが叫ぶより早く、サーディスは一歩、いや半歩だけ前へ出た。

 その瞬間、相手の右肩がわずかに動く。誘いに乗ったのだ。


 間合いを見切る。視線でなく、足運びで殺気を読む。

 ディルクの大振りの一太刀が振り下ろされる前に、サーディスは沈み込むように半身を捻ってかわす。

 刃の風圧が髪を撫でた瞬間、逆の手で相手の膝裏へ鋭く蹴りを入れた。


「ッ……!」


 バランスを崩したディルクの前のめりの体勢へ、サーディスの剣が迷いなく突き出される。

 狙いは喉元――ではない。

 直前で剣を逸らし、肩口へ切っ先を滑らせた。鎧の継ぎ目を狙った、確実な制圧。


 血飛沫は少ない。意図して筋肉を避け、深さも調整された「戦闘不能を狙う一撃」だった。


 「……勝負あり!」


 審判の声が響いた。


 観客席が一瞬、静まり返る。

 そして、次の瞬間、どよめきが競技場全体を包んだ。


 「……何者だ、あれは」


 アレクシスが目を奪われるのも無理はない。

 サーディスは次々と対戦相手を沈め、まるで戦場で生き延びてきた者のように振る舞っていた。

 ただ勝つためでなく、生き延びるための剣──。


 やがて決勝。サーディスの刃が閃くと同時に、対戦相手は倒れ伏した。


「鎧袖一触、か……」


 アレクシスの脳裏には、ただ一つの問いが浮かぶ。

 ――この剣士は何者なのか? そして、なぜこの舞台に現れたのか?

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