破滅を回避したいのにヤンデレ王子が迫ってきます!

「ヘンリエッテ、今日も綺麗だよ!」

「あなたも素敵よ、アルバン……!!」


 学園の廊下で、ヘンリエッテとアルバンは今日も甘い恋人同士のような会話を繰り広げる。


「ご覧になって。またヘンリエッテ様とアルバン様が……」

「まあ……ヘンリエッテ様はヨシュア殿下と婚約しているというのに……どういう神経をしていらっしゃるのかしら」


 女子生徒がヒソヒソと話しながら通り過ぎていく。二人以外誰もいなくなると、ヘンリエッテは溜息を吐いた。


「……私達、いつまでこんな芝居をしないといけないのかしら……」

「卒業イベントが終わるまで……だろうな。仕方ない。俺達は、乙女ゲームの世界に転生してしまったんだから」


 アルバンも、げんなりしながら言う。


 そう。二人は、日本人だった記憶を持つ転生者だ。

 ヘンリエッテは、九歳の時高熱を出したのをきっかけに前世の記憶を思い出した。この世界は、ヘンリエッテが前世でやり込んでいた乙女ゲーム『屋根裏の聖女』と同じだった。


 虐げられて生きてきた男爵家の少女が、貴族の通う学園に通い攻略対象と愛を育むゲーム。そのゲームで、公爵令嬢ヘンリエッテはヒロインを虐める悪役令嬢。赤いロングヘアの美女である。騎士団長の息子であるアルバンは攻略対象の一人。攻略対象なだけあり、彼は黒髪の美形男子だ。


「君達、もうすぐ授業が始まるよ。こんな所で何をしているんだい?」


 不意に第三者の声が聞こえた。二人が振り返ると、そこには一人の男子生徒がいた。サラサラの金髪に青い瞳。彼こそが、ゲームのメイン攻略対象でありこの国の第一王子であるヨシュア・ハイマートである。


 そして彼の後ろから、ウェーブがかったピンクブロンドの髪をした少女が姿を見せる。彼女は、ゲームでのヒロイン、アンナ・ケストナーだ。


「ヨシュアさまあ、きっとヘンリエッテ様は浮気してるんですよお。ヨシュア様という婚約者がいながらひどおい……」


 アンナが、眉を顰めて言う。ヘンリエッテは、いや、あんたゲームではそんなキャラじゃなかっただろうと思ったが、それどころではない。ヨシュアが、途轍もなく怖い笑顔でヘンリエッテを見つめているのだ。


「ヘンリエッテ、君は浮気しているの?」


 ヘンリエッテは、ヨシュアのオーラに気圧されそうになりながらも、はっきりと答えた。


「え、ええ。私は、ここにいるアルバンと浮気をしているんです!」


 沈黙が流れる。ヘンリエッテは、ごくりと唾を飲み、ヨシュアの反応を待つ。


「……そうか。浮気は構わないけど、公の場では僕の婚約者として相応しい振る舞いをしてくれると嬉しいな」


 笑顔でそう言うと、ヨシュアはその場を後にした。アンナも、納得できない顔をしながらもヨシュアの後をついていく。


 ヨシュアが去った後、アルバンは溜息を吐いた。


「ヨシュア殿下、怖かった……。笑顔だったけど、あの人絶対怒ってたぞ」

「そうね……。でも、仕方ないわ。殿下とアンナが結ばれないと、戦争が起きてしまうかもしれないもの……」


 ゲームの世界では、ヨシュアルートやアルバンルートなど色々なルートがあるが、何故かヨシュアルートのハッピーエンド以外のルートでは、必ず戦争が起きてしまうのだ。

 そして、ヨシュアルートのハッピーエンドバージョンでは、改心したヘンリエッテとアルバンが結ばれる。

 よって、ヘンリエッテとアルバンは恋人同士の振りをしているのだ。


「お前と本当の恋人同士になる気なんて無いけど、宜しく頼むよ、ヘンリエッテ」

「ええ、こちらこそ宜しく、アルバン」


 そんな言葉を交わした後、二人は教室へと向かった。



 ヘンリエッテ達が教室に入って間もなく、授業が始まった。


「ヨシュア・ハイマート。五十三ページの詩を朗読して下さい」


 白髪交じりの女性教師に指名されたヨシュアは、「はい」と応えて立ち上がった。そして、スラスラと詩を朗読する。

 今は外国語の授業。もちろん、ヨシュアが朗読している詩も外国語。発音が難しいと言われている東洋の言葉を流ちょうに話すヨシュアを、ヘンリエッテは憧れの眼差しで見つめていた。

 そもそも、戦争の件が無ければ、ヘンリエッテはヨシュアと結婚したいくらいヨシュアの事を好いている。


 ヘンリエッテの前世での名前は赤坂澪あかさかみお。どこにでもいそうなオタクのOL。毎日残業をこなし、上司には怒鳴られ、疲弊する毎日だった。

 そんな澪の唯一の癒しが、『屋根裏の聖女』をプレイする事。特にヨシュアは推しだった。虐げられてきた為に自己肯定感が低いヒロインにヨシュアが掛ける言葉がある。


「君は充分頑張っている。もっと自分を大事にしてほしい」


 まるで自分に言われたようなセリフ。澪は、すっかりヨシュアの虜になっていた。


 自分に心の潤いを与えてくれたヨシュア。そんなヨシュアが戦争で苦しむ姿は見たくない。

朗読するヨシュアを隣の席で見つめながら、ヘンリエッテは誓った。絶対ヨシュアとアンナを結婚させてみせると。


         ◆ ◆ ◆


 放課後、ヘンリエッテはアルバンを学園の庭に呼び出した。


「なんだよ、急に呼び出して」


 アルバンが眉根を寄せて聞くと、ヘンリエッテは深刻な顔で言った。


「私達が入学式でお互い転生者だと知って約一年。卒業パーティーまで後二年。それなのに、ヨシュア様に婚約破棄される気配が全く無い! このままじゃ、戦争が起きてしまうわ。対策をするのは早い方がいい。……アルバン、既成事実を作るわよ!」

「既成事実う?……嫌な予感しかしないんだが」

「安心して。既成事実を作ると言っても、実際にアハンウフンな行為をするわけでは無いわ」


 ヘンリエッテの計画はこうだ。ヘンリエッテには、タビタという同じクラスの親友がいる。計画を実行する日の昼休み、タビタにヨシュアを生徒会室まで連れて来てもらう。

 すると、ヨシュアの前には、裸になりソファでむつみ合うヘンリエッテとアルバンの姿が。もちろん、裸に見せかけるだけで実際はシーツで身体を隠しているが。

 しかし、本当にむつみ合っていると思い込んだヨシュアは大激怒。無事ヘンリエッテは婚約破棄されるというわけだ。


「……おい、そんな計画実行して大丈夫なのか? 下手すりゃ、国外追放どころか命まで危ないぞ」

「大丈夫! ヨシュア様は優しいし、この国の宗教では、無闇に命を奪う事は禁じられているわ。処刑される事はないはず。……それに、戦争が起きたら、どちらにせよ私は巻き込まれて死ぬのよ!」

「あ……」


 アルバンは思わず声を漏らした。ゲーム中の戦争が起こるルートでは、必ずヘンリエッテが死亡する。


「だから、この計画を実行するしかないのよ」

「……分かったよ。婚約破棄目指して頑張ろう」


 アルバンがそう言った時、後ろから第三者の声が聞こえた。


「誰が婚約破棄するって?」


 ヘンリエッテとアルバンがバッと振り向くと、そこには、怖い笑顔で二人を見つめるヨシュアがいた。

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