脱衣トランプ

 大学二年生。おそらく人生で一番遊べるんじゃないかと思うその時期に、私は一人暮らしの男友達の家でエロゲーをしている。


「こんな簡単に落ちる女の子絶対いないし。ちょっと男の夢が詰まりすぎてるでしょ」

「そりゃエロゲーなんだから詰めるだろ」

「こんな可愛い声で甘える女の子ってもう二次元だけでしょ」

「いや、いるんじゃねーの? 彼氏には可愛く思われたいだろ」

「……甘えられたことあるわけ?」

「ねーよ。彼女いない歴年齢だよ」


 会話しながら小刻みにマウスの左クリックを続ける。全てのゲームの台詞を聞いていたら、いつまで経っても終わらない。


 喫茶店巡りが目的のカフェサークルで、互いに陰キャで浮いていた私とコイツが仲よくなるのはあっという間だった。いつもコイツとだけ喋っていてアウェーだったので、結局二人してサークルはやめた。会うと挨拶くらいはする友人未満知り合い以上の子は複数できただけ、よしとしよう。


 コイツの名前は山口さとる。地味で寡黙。少し仲よくなると距離感がバグって突然饒舌になるタイプだ。私の名前は宮前涼香りょうか。同じタイプである。互いに距離感がバグりあい、エロゲー持ってるよカミングアウトとちょっと興味あるカミングアウトが重なり、気安い関係だ。


 正直なところ、彼氏という存在にも憧れがあり、普通につくれるとは思えないので手近なところで悟と……と、思わなくはない。しかし、断られた場合に気まずくなってぼっちな大学生活になってしまうかもしれない。

 それゆえに、「男友達ならいるもんね」という誰に対してかも分からない変な優越感を持ちたいという不純な動機もあり、たまにヘッドホンをつけながらのエロゲーをやりにここに来る。


 なんでエロゲーかって?


 だって言えないじゃん。「何も用はないけど会いたくて」なんて、言えるわけがない。「新しいエロゲー、ゲットしたら遊びに行くから」と、それを言い訳にして来るしかない。


 これは恋じゃない。こんな地味な男……断じて恋なんかじゃないはずだ。ちょっと男にしては肌が綺麗だなとか頬を触ってみたいなとか近くで見ると奥二重がかっこいいかもなんて思わなくもないけど、でも恋ではない。会いたいなと思っても恋煩いはしていない。絶対に違う。


「あ〜、おかしい。この展開はおかしい」

「おかしいのがエロゲーだろ。今どこだよ」


 漫画を読んでいた悟がのそのそと私の真横に来る。

 

 ちょっと! 肌色だらけの画面を並んで見るの、嫌なんだけど! ヘッドホンからは女の子の喘ぎ声が漏れている。


「こ、来ないでよ」

「俺のゲームだっつの」


 ここで気を遣えないから、もてないんだよ!


「あー、ここな。確かに無理気味だよな」

「分かったらあっち行って。集中できない」

「はー……。それよりお前、これやらね?」


 突然、悟がトランプをポンとパソコンの真横に置いた。


「なんでトランプ……」


 エロゲーよりは、仲が進展するかもしれないけど。


「脱衣トランプやろーぜ!」

「脱衣ー!?」


 趣味の悪い冗談かと悟の顔をマジマジと見るも本気らしい。


「生の女の裸が見たいって?」

「全力で見たいです!」


 土下座した!?


「キモい」

「勝負にのるなら、俺の秘蔵エロ本を貸してやろう」


 私のこと、どれだけエロい人だと思ってんの。


「そして☓☓☓ピー指南本も貸してやろう。これがその一部だ」


 スマホの画面をババンと見せられる。


「うわ」

「いつかお前にもその時が来るだろう。何もしないマグロだと飽きられてもいいのか! もしくはサービスしすぎて引かれてもいいのか! この漫画は――、全てを教えてくれる」

「ちょ、タイトルは!」

「勝負のあとだな」


 待って、こんなに準備して勝負を持ちかけてくるなんて、もしかして私のことっ……!?


 ◆


 涼香が脱衣トランプをするかしないか真剣に悩み始めた。俺はよし! と心の中でガッツポーズをする。


 男として絶対になしだと思われていたら、ここで悩みはしないだろう。俺はずっと、多少でも希望があるのかどうかを知りたかった。


 サークルで、口下手な涼香が誰かに話しかけてほしそうで、それなのに上手い返しができなくて落ち込んでいるのはすぐ分かった。俺もそうだからだ。お互いにそんな匂いを感じて、受け入れてもらえる相手かどうか探り合い……距離感を間違えて「なんでも話せるよいお友達」になってしまった。


 涼香は実家暮らしで、親にも掃除なんかで部屋に入られることがよくあるとか。エロゲーを貸しても見つかる可能性があるから怖いと、俺の家によく来る。エロい本を電子で買う勇気もないらしく、そっちには飢えているようだ。


 だから俺は、女の子が可哀想なことにはならない純愛系のエロゲーを頻繁に買うはめになっている。そろそろ仲を進展させたい。でも、涼香は俺をエロ供給元としか思っていないかもしれないし、告白したら断られてボッチな大学生活に逆戻りしてしまうかもしれない。


 そうして俺は、考え抜いた結果――この方法をとった。


「どうする涼香、勝負するだけで手に入るぞ。最高だろう!」


 さすがに断られるか。

 でも、多少俺に気があるかもしれないことは分かった。目的は達成だ。これからはもう少しだけ頑張ってみよう。


「あんたはっ、女の裸が見たいだけなんだよね」


 試されている!?

 もしかしてこれは、告白したら受け入れてもらえるみたいな流れか!? いや、まだ分からない。焦って失敗したらあとの祭りだ。


「なんとも思ってない女の裸なんて別に見たくねーよ」

「で、でも、ほんとはカフェサーのゆき先輩の裸のが見たいでしょ」

「いや、全然……」


 一番もてていた先輩だな。


「嘘、めっちゃ綺麗じゃん」

「気が合う女のがいいに決まってんだろ」


 どうする。告白するかしないか……どうなんだ……イケるのか!?


「ふ、ふぅん。そっか。ま、やってあげてもいいかな」

「うぎょわ!?」

「な、なんでそんなに驚くの! こんなに入念に準備して、私ならって思ってたんじゃないの!」


 いやいやいや。

 だってあの指南本に書いてあった。すごく仲のいい恋人同士でも絶対に脱ぎたくない時があると。それは、無駄毛の処理を怠っている時と普段用のよれた下着の時だと!


 つまり!

 涼香は脱いでも問題ない状態で俺の家に来ていたというわけか!?


「涼香様! これから毎日讃えさせていただきます!」

「土下座を安売りしすぎ。あのね、私まだ負けてないんだけど」


 涼香が条件付きではあるものの、俺の前で脱いでもいいと思ってくれるとは……!


「……生きててよかった」

「なに涙ぐんでんの。え、そんなに女の裸が見たかったわけ」

「涼香のな」

「キモッ」


 むくれながらも、彼女がゲームのセーブをしてパソコンを閉じた。


「言っとくけど私、靴下履いてるからね。これも一枚のカウントだからね」

「分かった」


 もしかして、あわよくばの展開があるかもしれない。別の意味でドキドキしてきた。どうする。どうしたらこの脱衣トランプの中で恋人になるミッションをクリアしたのちに、あわよくば展開に持っていけるんだ。


 考えろ、燃える情熱を忘れずかつクールにな!


「なんのゲームにするの。ポーカーあたり?」

「ひとまず服の枚数分、書き出そう」

「悟、上着貸してー」

「増やすな!」

「いいじゃん」

「まずは俺の得意分野からにしよう。その靴下、剥ぎ取らせてもらう!」

「うわ、やる気がすごい。でも、どれも運の要素強いでしょ」

「神経衰弱からだ」

「あ、終わった」


 座卓へと移動し、俺たちの頭の中で脱衣トランプ開始のゴングが鳴った。

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