F-2グループ

ぼんくら王子に仕立て上げられた彼は、全てを終わらせる

「まさか。あなたが操られていたなんて。てっきり、私とヴィエトル様に嫌がらせをしたいのかと思っていたわ」


 彼女はこぼれ落ちそうなくらい、紫色の目を見開いている。ネーベルは笑うことしかできない。


「ごめん。俺は馬鹿だから、分からなかったんだ」


 何も知らなかった。自分が分かっていないことすらをも。それは、どれだけの人を傷つけたのだろう。


 少なくとも、目の前のオルキデアともう一人の幼馴染、ヴィエトルも被害者だ。


 ネーベルは、懺悔する。


「無知は罪ではない。でも、無知のままでいることは重大な罪だ」


 そう。ネーベルの罪は、分からないままでい続けたこと。無知だと言うことすら、理解しなかったこと。


 その無知さゆえに、人を傷つけた。


 それに気づくのがあまりにも遅すぎた。知る機会など、転がっていたはずなのに。


 王族である自分は、簡単に罰されない。自分を罰することができるのは、自分だけ。


 ネーベルは自身の首に剣をあてた。


「ちょっと!」


 ああ。あんなにも傷つけたというのに。オルキデアは焦ってくれるのか。


 婚約者だった彼女が叫んでいる。それでも、ネーベルは止めない。


「俺は大罪を犯した」

「待って!」

「ごめん。幸せに」


 そう言って、ネーベルは自身の首に刃を滑らせた。


 これは悲劇なんかじゃない。喜劇だ。

 笑ってくれ。愚かな男のことを。

 

 ◆


 第1王子として生まれたネーベル・アメチスタの将来は決められていた。


 王になる。それは疑う余地のない未来だった。


 不自由なく過ごしていたネーベルに最大の出会いがあったのは、6歳の時。


 一緒に遊ぶように、と紹介されたのは、公爵令嬢のオルキデア・ユエグワンと公爵令息のヴィエトル・ガルサ。


 オルキデアのことは「オル」と呼び、ヴィエトルのことは「ヴィー」と呼ぶようになった。ネーベルも「ベル様」という愛称で呼ばれると、特別仲良しになれた気がして心が弾んだ。


 ネーベルは2人と遊ぶのが楽しかったし、同じように笑っていた2人の幼馴染も同じ気持ちだったはずだ。


 ある日、オルキデアから言われた。


「私たち、2人でベル様を支えますから」

「本当? ありがとう!」


 これからも2人と一緒にいられる。そう思うと、つい口元が勝手に緩んでしまう。ふわふわとした気持ちのまま1日を過ごしていると、先生が不思議そうにしていた。


「ネーベル殿下。嬉しそうですね」


 先生はすごい。気持ちを読めるかのように当ててくる。


「オルとヴィーの2人が、俺を支えてくれるって言ってくれたんです」


 それを聞いた先生が黙り込んだ。どうしたのだろう。


「だめですよ、殿下。ちゃんと言葉の意味を読み取らないと」

「え?」


 優しい声色の先生に言われて、オルキデアの言葉をもう一度考える。


 2人で支える。つまり、これからも一緒にいてくれる。それ以外、何を言いたいのか分からなかった。ネーベルがきょとんとしていると、先生は笑った。


「貴族の世界では、本心は隠すのです」

「そうなんですね!」

「ええ。本心をそのまま伝えるのは、あまりよろしくないので」


 それでは、オルキデアは何を伝えたかったのだろう。うーん、とネーベルが考えていると、先生が教えてくれた。


「ネーベル殿下と婚約したい、とオルキデア嬢は仰っているのですよ」

「なるほど!」


 そっか。気がつかなかった。オルキデアは、自分と婚約したいと言いたかったのか。それなら、自分が国王である父と王妃である母にお願いしないと。


 ネーベルは両親にお願いした。驚いていた両親だけど、婚約をさせてくれた。


 それなのに、なにかが変わってしまった。


「オル! 婚約者として、よろしく」

「……ええ。よろしくお願いします。ネーベル殿下」


 なぜかその日から、オルキデアと全然目が合わなくなった。


 ◆


 オルキデアとは、婚約者として定期的に会っていたが、その一方でヴィエトルが来る頻度は下がっていき、やがて来なくなった。

 どうしたんだろうな、とネーベルが考えていると、先生に声をかけられた。


「ネーベル殿下。何かお困りですか?」

「先生」


 いつも困ったことがあるとき、話を聞いてくれるのは先生だ。先生なら教えてくれる。ネーベルは自身の気持ちを打ち明けることにした。


「ヴィエトルが最近来ないんです。忙しいんでしょうか?」

「それはネーベル殿下とオルキデア・ユエグワン公爵令嬢に気を遣っていらっしゃるんですよ」


 その意味が分からずに、ネーベルは首を傾げた。


「なんで、ヴィエトルが気を遣うのですか?」

「婚約者である2人の邪魔をしてしまうと思っていらっしゃるのでしょう」

「なるほど!」


 理解はした。それでも、ぽかんと穴の空いたような寂しさをなくすことができない。


「俺は気にしないのに。オルキデアとヴィエトルとずっと一緒にいたい」


 オルキデアと婚約者になったけれど、それがヴィエトルと会えなくなることだなんて思ってもみなかった。嫌だと思い下を向くと、先生の柔らかな声が聞こえた。


「それなら、ネーベル殿下のお考えをお伝えしたら良いのではないでしょうか?」

「はい! ありがとうございます、先生」

 

 ぱっと顔を上げたネーベルは、先生にお礼を言って決意した。

 先生の言う通り、ヴィエトルに伝えにいかないと。


 ◆


 次の日の空いている時間に、ヴィエトルの家まで行った。動きやすい服装をしていたヴィエトルは、急なネーベルの来訪に戸惑っていた。


「最近、なんで来てくれないの?」

「それ、は。ネーベル殿下とオルキデア嬢がご婚約をなさったので」

「気にしないでほしいんだ」


 彼は痛みを堪えるような顔になった気がした。


「ありがとうございます。ですが、剣の訓練が忙しいので」

「剣の訓練をしているの?」


 そうか。痛そうなのは、剣の練習をしているからか。怪我でもしてしまったのだろうか。ネーベルはじっとヴィエトルを見るが、彼に怪我の様子は見えず安心した。


 あまりたくさん誘うと困ってしまうかもしれない。そう考えたネーベルはそれ以上多くを言うことなく引き下がった。

 

「それなら仕方がないけれど、待ってるから!」

「……ありがとうございます」


 礼を言いながらヴィエトルが笑った。しかし、別れ際。笑みを消した彼が、ネーベルにだけ聞こえる声で囁いた。


「父と会わないように、気をつけてください」


 それだけ言ってヴィエトルは行ってしまった。


 後になって思う。ヴィエトルのその言葉を、深く考えなくてはならなかった。もっとも、すでに手遅れだっただろうが。


 このときのネーベルはまた遊びたいな、とのんきに考えていただけだった。


 ◆


 城に戻ったネーベルは、真っ先に先生のところへ向かった。


「ヴィエトルのところで話をしてきました!」

「そうなのですね」

「はい! 先生のおかげです! ありがとうございます」


 ネーベルがそのように報告をすると、先生が目を伏せた。


「先生?」


 どうしたのだろうと思ったネーベルの耳元に、先生が顔を近づけてきた。先生はネーベルにしか聞こえない声で囁く。


「私を信じないで」

「え?」


 何を言われたか分からず、ネーベルは何度も瞬きを繰り返した。その先生の声色はあまりにも真剣だった。


 しかし、それは一瞬のことで。すぐに距離をとった先生は、緩やかに首を振った。

 

「なんでもありません。肩にゴミがついているかと思いましたが、気のせいだったようですね」


 そのとき先生がどんな顔をしていたのか。ネーベルは覚えていない。

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