悪役令嬢? いいえ、ガチの悪魔令嬢ですが何か?
サタナチア・プートの人生は、僅か9歳で大きな転機を迎えた。
その場面は、まあそんな大袈裟な言い方をするほどのものでもない。貴族令嬢にしては少々……いや、結構お転婆な彼女は、庭の大木に登っていて足をすべらした。
「あっ」
重力に引き寄せられ真っ逆さまに落ちたサタナチアが地面に強かに頭をぶつけた瞬間、バツン! という音と共に彼女の世界は暗転した。そして、次に目覚めた時から彼女は大きく変わったのだ。何故ならば。
「おお、なんてことだ! 我こそは悪魔の生まれ変わりだったのだ!」
……と考えるようになったから。
果たしてそれは思春期特有のちょっと
あと、今更だけれども名前もよくなかった。サタナチアとは彼女の家であるプート伯爵家の領内特有で咲く、白い五枚の花弁を持つ美しい花「スターナチア」から取ったのだが、何故そのまんまの名前にしなかったのか。ちょっとひねった為に
もちろん、両親はその事を酷く後悔する。サタナチア本人がウキウキとして「我は悪魔の生まれ変わりなり。この黒髪に金の瞳、そしてサタナチアという名前が他ならぬ証拠だ」とかなんとか言い出したからだ。
「大変だ! うちのかわいいサッちゃんがおかしくなってしまった!」
「あのヤブ医者! どこも悪くないなんて嘘じゃない! もっと良い医者を手配しましょう!」
しかしどんなに高名な医者に診せようが、サタナチアは頭のタンコブを除いては何も異常が見られなかったのである。彼女の発言は医者から見るとすべて「思春期特有のちょっとアレなやつ」で片付けられる代物らしい。
更に付け加えておくと、先程「それが思春期を過ぎても治る事はなかった」と書いたが、表面的には治ったように見えていたのもある。
頭を打った新生サタナチアは、幸か不幸か賢くなったのだ。
彼女が「我は悪魔の生まれ変わりぞ」と言う度に両親が嘆き悲しみ、良い医者や薬がないか方々を駆け回る。またある時は「悪魔祓いを教会の司祭にお願いしよう」などと言い出すこともあった。
そして実際に医者も薬も司祭の祈祷も試したのだが、全く効果が無かったことでサタナチアは益々自信を持ってしまった。
(ふふふ。きっと我は司祭の悪魔祓い程度ではびくともしない高位悪魔の生まれ変わりに違いない!)
……と信じるようになったのだが、一方で両親の錯乱ぶりには困ったものだと思ってもいた。
(効果のない薬や祈祷に湯水のように金を注ぎ込み、伯爵家を傾かせるなどあってはならぬ)
そう考えたのは両親や領地を思いやる心からではない。
(どうせ金を注ぎ込むなら、堕落するものでなければ。酒や女やギャンブルなら大変よろしい!)
実に悪魔的である。
こんな考えを口にしたら、両親は泡を吹いて倒れたかもしれない。だが賢くなった彼女はもちろんそんなことは言わなかった。
「あっ」
ある日サタナチアは目眩を起こしたようにふらつき、大袈裟にバターンと倒れてみせた。
「お嬢様!」
「サッちゃん!!」
ピクリとも動かないサタナチア。家族と使用人は大慌てで彼女をベッドへ運び、医者を手配する。だが医者が到着する前に彼女は目を開けた。
「うう~ん……あら私、今まで何をしていたのかしら?」
一人称が「我」から「私」に、そして口調も令嬢らしいものに戻ったのを知った両親は泣いて喜んだ。
「……サッちゃん!!」
「良かった! 元に戻ってる!」
サタナチアは両親に抱きしめられ、揉みくちゃにされた。
心の中で舌を出しながら。
㋮
というわけで、サタナチアが本性をそのまま出していたのは9歳の僅かひと月足らずの期間である。
それ以降は普通の令嬢らしく……いや、どちらかというと淑女の見本かと思えるほど立派に過ごしていった。
それまで彼女のお転婆ぶりに少々呆れていたマナー講師は、彼女が一転して淑やかで美しい立ち居振る舞いを始めた事に感激し、様々なことを教え込んだ。
海綿が水を吸うが如く、教師の教えを吸収してモノにしていくサタナチアを「貴女は私の自慢の生徒です」と言ったくらいだ。
更にサタナチアは大量の本を読み様々な知識を得ていく。
「将来、このプート伯爵領をもっと栄えさせたいの。たくさんの人が領民になりたいと集まるような」
これは彼女の本心から出た言葉である。ただ、とても大事な一部分を口にしていないだけで。
(クククク。この二人を堕落の道に進ませるのは容易いが、我は高位悪魔なのだからそれに相応しい行動をしなければ。敢えて伯爵領を豊かにし、民を集めてから一気に堕とせば、より多くの人間の魂が我が物となるだろう!)
実に悪魔的である。
そしてその悪魔の面を封印したサタナチアは天使の面を被りこう続けた。
「だからもっともっと勉強したいの。お願いお父様、お母様!」
こんな立派な事を我が子に言われて喜ばない親がいようか。
「……サッちゃん!!」
「ああ、神よ! 感謝します! うちの子最高です!」
両親は感激に咽び無き、更に高等な教師や本に触れる機会を彼女に与えた。これもまたぐんぐんと吸収していったサタナチアは、11歳の頃には領地から王都に出ることを勧められる。もはや地方領主が呼べる家庭教師や取り寄せる本では不十分だと思われるレベルへ到達してしまったのである。
これは彼女にとっては願ってもいない事だった。もっと努力をして領地を豊かにし、王都で他の貴族子女と交流を図れば、今後ますます彼女の人脈と伯爵領の民は増えるだろう。それは、将来彼女が地獄へ堕とす人間の魂が増える事を意味する。
(クククク。その為なら勉強など造作もない)
この自称悪魔、大義の為なら地味な努力を厭わないタイプであった。木から落ちる前と比べるとあまりの変わりようである。落ちた時によっぽど頭の打ちどころが良かったのかもしれない。……いや、悪かったのか?
サタナチアはまだ子供とは思えぬほどの活躍を見せた。積極的に他家との交流をし、そこでは小さな淑女として挨拶をする。空いた時間には勉強を詰め込み、その知識を生かして領地の産業を盛り立てるよう父に進言までした。
彼女の評判が王都で広がるのは時間の問題で、やがてサタナチアは特別に王宮図書館への出入りを許されるようになる。そこで運命の出会いをするのだった。悪魔や魔術、呪いについて書かれた文書に。そしてある男の子とも。
㋮
六年後。
サタナチア・プート伯爵令嬢は貴族階級の間で知らぬ者はいないほどの存在となった。色々な意味で。
「サタナチア!」
夜会でエスコートしていた婚約者が、暫く彼女から離れて誰かと話をしていたかと思うと顔を真っ赤にし戻ってきた。怒りを滲ませて名を呼んでいる。
振り返った彼女は悪魔的に美しかった。
艶やかで美しい黒髪と爛々と光る金の目は、しなやかさと強靭さを併せ持つ黒豹を思わせる。やや細身だが長身で女性らしい身体つきは控えめに佇んでいても人目を惹く。
「まあ、そんなに声を荒げて。なんですの?」
「
「
「ああ!」
周りからもザワザワと「また?」という囁きが漏れる中、サタナチアは誰もが見惚れる程の美しい笑みを見せた。
「まあ。
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