第33話 鏡映し
「この女、ボクの過去について完ぺきに把握し過ぎだろう。こわい」
奥野楓は小刻みに震えていた。
結菜ちゃんの口から語られた、奥野と華乃さんの関係は、こうだ。
二人は物心つく前からの幼なじみで、奥野はずっと華乃さんにからかわれ続けていた。しかし、そんな関係がある日、終わりを告げる。
中学三年生の三月、二人いっしょに受けた宇都宮第一高校――つまり僕らが通う学校――の入試会場で強烈なからかいを喰らった奥野は、その動揺のあまり、受験に失敗してしまう。それにより、奥野は幼なじみのからかいに対して人生で初めて激昂。華乃さんの方も、奥野の受験失敗、そしてガチ切れを受けて本気のショックを見せ、人生で初めて自らのからかいに後悔を覚える。それ以降、からかいがトラウマになってしまったのか、奥野をからかうこともなくなる華乃さん。二人は仲直りできぬまま高校も別れ、疎遠状態になってしまう。
「一応謝罪は受けたが……ボクに拒絶されて負った心の傷は、相当に深かったようでね。ボクをからかいたくても一向に一歩を踏み出せずにいたようだ」
「こいついちいち腹立つな。最初からずっと、あまりにも独りよがりが過ぎる」
「ようやく客観視できましたね」
結菜ちゃんはいったい何を言っているのだろう。
「そして、そんな弱り切った華乃の心の隙間に入り込んだのが、間男であるお前ということだッ! 進学&仲違いでパートナーと離ればなれになった少女の弱みにつけ込んで寝取るなんて、あまりにもテンプレが過ぎるぞッ!!」
「鏡を見てると思ってください、一太さん」
いい加減にしろよ、結菜ちゃん。その言い方じゃ、まるで僕がこの変質者と同じ類いの人間みたいじゃないか。
そんなわけがないだろう? 今もこいつは僕に詰め寄って――
「確かにボクも悪かった! でも華乃を失ったことで初めて気付いたんだ! 彼女のからかいに、ボクの心が依存し切っていることにね!」
「…………っ!」
「こんなこと本人に言葉で伝えてしまえば、からかいの本質が崩れてしまうが――からかいは、ボクと華乃にとって、愛情を確かめ合う唯一の手段――いわばセックスだったんだッ!」
「……わかる……わかるぞ、奥野楓……っ」
「わかっちゃダメじゃないですか」
「…………! わかってくれるのか、一太とやら……!」
「意気投合しちゃダメじゃないですか。なに固い握手交わしてるんですか」
相変わらず結菜ちゃんが何か言っているが、とにかく奥野楓がただの変質者でないことはわかった。
奥野楓と僕の、からかいに対する価値観は全くの同じなのだ。だからこそ、華乃さんが自分をからかうことをやめ、他人をからかい始めたことに脳を壊されてしまったわけで。
「そして、一太とやら。お前もボクと同じ、華乃のからかいを奪われた、悲しき寝取られ男というわけなのだな……!」
「ああ、そうだ。なぜこんなことになったのか、つまり、なぜ華乃さんが僕と恋人同士になった途端、からかい浮気を始めたのかを探るために、僕らは彼女の過去を洗っていたんだ。その過程で、奥野楓――君にたどり着いたというわけだな」
まぁ僕は女子中学生の家で夏休みを満喫してただけなんだけど。実働は全部その女子中学生が担ってたんだけど。
「あのからかい人間がどう作り上げられていったかを知ることで華乃を理解しようとした、というわけ、か……しかし、幼なじみのボクから言わせてもらえば、そのアプローチは、半分正しく、半分は的外れかもしれんぞ」
「それは、どういう……」
「ふっ、言ったであろう? ボクは物心つく前から華乃にからかわれてきたんだ。互いに言葉を覚える前から、ね。実際、生後九ヶ月の時点で、華乃が突然ボクを見つめて号泣し始め、それに釣られてボクが泣き出したら、急にキャッキャと爆笑し始めるというホームビデオが存在している」
「何だって……!? つまり……っ」
その映像ほしい。
「そう、華乃はその時点で嘘泣きを使いこなし、ボクをからかっていたんだ。彼女は、生まれついてのからかい中毒者……いわば、ナチュラルボーンからかいマシーンだったというわけさ」
「あたし晩ご飯作ってきますね。一太さん、この人と連絡先交換しておいてください。あたしのも教えてしまっていいので。あ、番号といえば青森のお祖父様の家のものも教えてくださいね。あとジョンの散歩もお忘れなく」
「あ、うん」
間に挟み込む形でしれっと言い添えられてしまったけど、あれだよな? サクランボとかりんごジュースとか双子にあげたお下がりの将棋盤について、お礼の電話を入れるためってことだよな? それ以上の意味ないよな?
「一太とやら、今さらだが、もうお前切り替えて別の女作っているじゃないか。ボクだからこそ勘付けることだが、正直、お前ら既に濃厚なからかいを、」
「やめろそれ以上言うな。それよりも、華乃さんのことだ。彼女がからかいに依存していること、君の言葉を借りれば、からかい中毒者であることに、僕はもちろん気づいていたわけだけど、さすがに生まれつきだという発想はなかった」
そしてもちろん、ショックでもある。彼女をからかいに溺れさせてしまったのが、自分ではなかったということが。
だが、僕と出会ってからの十五ヶ月間は、確かに僕とのからかいに夢中になってくれていた。それだけは事実だし、僕はその事実を大切に思っている。
そんな彼女がなぜ僕や、そして十数年間からかい続けた奥野楓をからかわなくなったのか? その問いに対して、僕はかなり有力な仮説を打ち出せる。
「ああ、だが華乃がボクをからかわなくなった理由が、ボクにはわかる。」
自信満々に自説を披露しようとしたのに、奥野にターンを奪われてしまった。
「一太とやら、お前の話を聞いたことで、その推理もほぼ確信に至った」
「仕方ない、聞いてやろう」
「華乃は、からかいのせいで大切なボクとの関係を壊してしまった。そのトラウマにより、自我防衛機制が働いているんだ。本気で愛する人に対しては、からかい欲求が抑圧される、というね」
「……ただし、ナチュラルボーンからかいマシーンとしてからかい欲求自体は残っているから、愛の介在しない、快楽目的のからかいは続けていると、そういうことだな?」
「その通りだ。そしてボクと決別して絶望していた際に華乃が目を付けたのが、一太とやら、お前だったわけだ」
「…………っ」
「華乃はからかい欲求を発散するためだけにお前を使ったのだ。ずっと華乃をストーキングし、お前らの『からかい』を見せつけられ脳を破壊されていたボクこそが一番よくそれを知っている」
さらっと自白されたが、そんなことに構っている余裕さえなかった。通報は後回しだ。
僕は声を絞り出す。
「……だけど、いつしか、本気で僕に恋してしまった。愛し合ってしまった。恋人に、なってしまった……」
「悔しいが、そうだ。そしてまた、同じ防衛機制が発動された。ボクとの関係をからかいによって壊してしまったあの事件を繰り返さぬよう、恋人のお前のことはからかえなくなったのだ。ただ、お前らの話を聞くに、華乃自身にその自覚はないということなのだろうな。まさに本能が華乃の心を守るため、勝手に働いているというわけだ」
奥野楓がおそらく自分で一番カッコいいと思っているのであろう顔つきとポーズと声音でお披露目したその仮説――それは、僕の考えともほぼ一致していた。つまり、「僕に本気で恋をしているからこそ僕をからかえず、からフレである豪樹相手でからかい欲求を発散している」という説だ。
華乃さんの「からかい」に魅了され依存してきた僕とこいつ、二人の考えが合致してしまった。
だいぶ遠回りはしてしまったが、結局は、僕のこれまでの考えが正しかったと、ほぼ証明されたわけだ。より強力な根拠が見つかったのだ。より詳細な情報まで付け加えられてしまったのだ。
――結論を出そう。そして、直接本人にぶつけよう。彼女の心の内に隠れた本心と、それに対する僕の本心を、ぶつけ合うのだ。勇気を振り絞って。
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