第9話 BSK――僕が先にからかわれてたのに――

「……か、華乃さん……っ!」

「ん? あ、ごめんね、一太! このままだとお弁当食べ損ねちゃうね!」


 無意識にこぼれてしまった僕の呼びかけ。それを聞いて振り向いた華乃さんは、ハッとした顔で、タタタっと可愛く駆け寄ってきてくれた。それはこの四日間見てきた、まさに恋する乙女の、とろけるような表情だった。天使だった。小悪魔のような色など微塵も混ざってはいなかった。


「華乃さん……君は、いったい……」

「ん? どうしたの、一太?」

「君は……――い、いや、その……何でも、ない……」


 心配そうに見つめてくるつぶらな瞳に、言葉を詰まらされてしまう。


 言えない、こんなこと。言葉にしてしまったら、陳腐化してしまう気がする。

 君と僕が紡いできた「からかい」は世界一尊いもので、ただ、傍から見れば幼稚にも思われてしまいかねない代物で。言語化することができた「恋」なんて感情よりもずっとずっと、深くて複雑で――だからこそ、かけがえのないものなんだ。

 それは、恋に繋がる関係ではあったけど、恋とイコールのものではなくて。愛を生み出すプロセスではあったけど、愛そのものではない。いつの間にか、恋とも愛とも溶け合い、境目がわからなくなってしまったけれど、厳密に言えば、それらからは独立して、僕らの中に存在しているんだ。


 そんなこと、言葉なんかで確認しなくても、お互いわかっていたはずじゃないか! 僕らにとっての「からかい」の重要性は、二人の共通認識だったんじゃないのか!? 言語化なんていらん!


 それにもかかわらず、君が僕をからかわず、あまつさえ、別の男をからかうなんていうのは、すなわち――


「そう? なんか気になるとことかあったら、遠慮なく言ってよね! わたしは一太の彼女なんだから!」

「あ、うん……」

「そだ! 実はずっと考えてはいたんだけど……今度から、お弁当とか作ってきてもいいかな?」

「え。僕の、ってこと?」

「うん! 最近栄養学の勉強してるから、筋トレ用のメニューにもできるよ! あ、でも一太のお母さんに許可取ってからじゃなきゃダメだよね。だから、その……あの……」


 そうして華乃さんは、頬に朱を差しながら、上目遣いで僕の顔をチラチラとし、


「ご両親に紹介とかって、してもらえないかな、わたしのこと……」

「――あ、あ、あ……っ」


 その愛らしさに、呼吸を忘れてしまいそうになる。何だこの奥ゆかしさ満点の清楚ギャル彼女。


 でも、でも……! そんなの、僕らの関係においてはプラスにならない。どころか、明確に間違っている。僕にはそんなお淑やか完ぺき彼女として接していながら、別の男をからかうなんて……端的に言って――裏切りだ。


 そう、これは――寝取られだ!! 浮気だ!! 華乃さんは……浮気している!! 僕という、唯一のからかい対象がありながら、別の男をからかっている!! BSK!! 僕が先にからかわれてたのに!!


 許せない……許せないよ、華乃さん……!


 僕だって、信じたい、君のことを……!

 これは、一時の過ちに過ぎないんだよな? 付き合ったばかりの僕に幻滅されないよう気を張るばかりに、疲れてしまった君は、ちょっとした気の迷いで、他の男との快楽を求めてしまった。でもそれは単なる欲求不満解消だけが目的の、インスタントな「からかい」関係であって、心までは許していないんだよな? 終わった後は虚しさだけが残って、急激に僕への罪悪感が襲ってきて、そして二度とこんなことはしないと誓ってくれるんだよな? これからは自分の全てを僕との「からかい」にぶつけてくれるんだよな……?


 わかったよ、華乃さん……そうであれば、僕は何も見なかったことにするよ……気づかなかったことにする……死ぬほどショックだったけど、そんな君の弱さも受け入れて前に進む……。また二人、めっちゃからかうギャル彼女と、まんまとからかわれ続ける陰キャ彼氏として、歩んでいこうじゃないか。


 なぁ、そうだよなぁ!? あと数日もすれば、彼氏彼女という立場にも慣れて、元のからかい華乃さんに戻ってくれるんだよなぁ!? そうじゃなかったら、ただの一途で奥ゆかしい浮気女だからなぁ!?


「あっ、でも違うよ、一太! 別に、一太にもうちの両親に挨拶してほしいだなんて急かしたりしてないかんね!? わたし、そんな面倒くさい彼女じゃないから! 男性の方が家族への挨拶とかに重い意味持っちゃう感じ、実際のところあるもんね!」


 そんな、彼女として完ぺきな気遣いに「あ、やっぱこれダメだわ。この女が僕をエロからかいしてくるなんてあり得ねーわ」と絶望した僕は、ここでようやく、頼れる幼なじみが隣にいることを思い出して、そちらに視線を送り、


「京子――」

「バリボリ、もぐもぐ……あ、これは八歳の時、ライオンを前にして泣いちゃった一太ね。あー守りたい」


 頼れる幼なじみはブラックサンダーをバリボリしながら家族写真が詰まった分厚いアルバムを眺めていた。ぶつぶつ独りごちていた。僕は何も見なかったことにした。


「このあと二人で迷子になっちゃった時は燃えたなー、一から百まで全部私が何とかしてあげたのよね。一太はただ私に手を引かれて泣いているだけで良かった。そうやって私は、自分の力で困難を乗り越えたり問題を解決する経験を一太から奪ってきたのよね。あ、この時も……こっちもそうだ……バリボリ、もぐもぐ」


 僕は何も聞かなかったことにした。頼れる幼なじみのポケットにブラックサンダーを補給しておいた。華乃さん、早く戻ってきてくれ……!


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