第7話 間男登場

「あれやっぱ、郷土ごうど君だったと思うんだよね。お巡りさん呼んだ方がよかったのかな」


 昼休み。僕と華乃さんはお互いの机をくっつけ、向かい合ってお弁当を食べていた。お隣の幼なじみはブラックサンダーをバリボリしていた。胃に優しいお弁当持ってきてるんだからそっち食べろよ。


「うーん、まぁ、そうだとしても、一太が気に病む必要はないと思うよ?」


 僕の疑問に華乃さんは気遣わしげな微笑みで答えてくれる。ちなみに今日もまだ華乃さんにからかわれていない。今日も今日とて、健気でお淑やかな女の子って感じだ。ギャルなのに。


 そんな彼女の変化に、さすがに周りも気づいてきた。

 僕は「あれ? これってどう対応すればいいんだ……?」と戸惑ってしまったのだが、華乃さんは、怪訝そうな視線を向けてくるクラスメイト達に、ためらいもなく、しかし頬はほんのりと染めながら、「一太と付き合い始めたんだー」と普通に報告しまくっていた。「カーストトップである華乃さんの立場に配慮して、僕が彼氏であることは伏せておくべきだよな……?」とか考えていたわけだが、華乃さんは僕が彼氏であることを恥ずべきことだと捉えるどころか、「羨ましいっしょー? あはは、ついに好きピと付き合えちゃったっ」だとか他のギャルにも言ってくれているのだ!

 その度に僕の自尊心は高まりまくった。その度に京子はブラックサンダーをバリボリしていた。買い足さなきゃ。


「うふふ、でも、やっぱ優しいよね、一太って」

「いや、そんなことないけどさ」


 結局はビビってスルーしちゃったし。

 他のクラスメイトだったら通報くらいはしてただろうけど、彼はなぁ……。会話どころか、目を合わせたことすらないし、そもそもたぶん進級もギリギリアウトなペースでしか出席してない人だし、少なくとも向こうは僕のことなんて認識してないだろうしなぁ。


 ――クラスメイトの一人、郷土ごうど豪樹ごうきには、いろいろな噂がある。中学時代から喧嘩で県内最強だったとか、不良の間では知らぬ者はいないレベルの悪童だとか、まぁそういう類いのものだ。たぶん通り名とかもついてる。知らんけど。

 とはいえ、たまに登校したときに、校内で暴れたりしているわけでもない。あんな分かりやすい不良なんて、うちには彼以外いないからな。みんな遠巻きにビビってるだけで、楯突こうとする奴なんているわけもない。郷土豪樹は、ただ一人、窓際最後尾の席で威圧的なオーラを発しているだけなのである。


 まぁ、要するに。僕らとは違った世界で生きているような人間なのだ。今後一生、関わり合いになることもないだろう。


「無事でいてくれればいいんだけどね。ま、県下一喧嘩強いらしいから大丈夫か」


 と、完全に他人事のように言いつつ、「あ、なんかダジャレみたいになっちゃった、これはからかうチャンスだぞ、華乃さん!」と期待の目を彼女に向けたときだった。


「あ、よかったじゃん、一太。無事だったみたいだよ?」


 華乃さんが教室後方、廊下側の方を振り返り、そんなことを言う。

 その視線の先、ドアをガラっと開けて入室してきたのは、百九十センチはあろうかという巨体の短髪男、郷土豪樹だった。彫りの深いしかめっ面のまま、自席までズンズンと進み、ドカっと椅子に腰掛け、脚を組んで窓の外を眺めている。当然誰にも挨拶などしていない。先ほどまでガヤガヤとしていた教室も一瞬で静まり返った。静まり返っているのも却って彼を刺激しそうだとほぼ全員が察して、すぐそれぞれの会話が再開されるも、やはりどこかぎこちない雰囲気が漂っている。誰も彼もが、彼をいないものとして扱おうと必死になっていた。


 だというのに。そんな教室の中でただ一人、


「ちょ、華乃さん。あんまり見すぎるのは……」


 じぃーっと、彼に視線を向け続けている人物がいた。僕の恋人、華乃さんだ。な、何してんだ、マジで……。

 僕も僕で動揺してしまい、声をひそめたつもりが、割と大きな声で注意しちゃったし。

 案の定、そんな声が彼にも聞こえてしまったのか、鋭い視線がゆっくりとこちらを向く。


 はい、怖い。


「うぷぷ♪」


 え……は? うぷぷ……? 今、華乃さん、笑ったのか?

 窓際後方に体ごと振り返ってしまったので、僕にはその顔は見えない。だが、そういえば、その、人を茶化すような笑い声、しばらく聞いていなかったような……


「何だよ。何見てんだよ、そこの女」

「――――っ」「うぷぷぷ♪」


 そうだ、そんなこと考えてる場合じゃない。こんなことになれば当然、郷土豪樹に目をつけられてしまう。彼は、やはり静かで淡々とした、だけどとても威圧感のある声で凄んでくるのであった。


「す、すみません、これは僕が悪くて! 華乃さん、ごめん、窓の外でオニヤンマが交尾してるってのは僕の見間違いだったみたいだ! だからこっち向いて!」

「うぷぷ♪ ねーねー、郷土くんさー、なんでこんな真夏に学ラン着てんのー? もしかして、番長気取り?」


 教室が、凍る。


 いや、うん。それはずっと気になってたよ。妙に様になってるから不思議と違和感は少なかったけど、何で詰め襟の上着着てんだよ。以前、学校来たときには普通にワイシャツ姿だったはずだし、何なら今朝だって僕らと同じ学校指定ワイシャツを腕まくりしてバイクに跨がっていた気がするんだが。

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