めっちゃからかう華乃さんとついに付き合えた。別の男子をからかい始めた。は?
アーブ・ナイガン(訳 能見杉太)
第1話 くそぉ、華乃さんめぇ……!
「ねぇねぇ、
「な、なんだよ
宇都宮第一高校二年B組、始業前の教室にて。後ろの席から、ちょちょんと背中をつつかれて振り返ると、金髪ショートの色白ギャルが意地悪げに目を細めていた。小さな口をムズムズとさせている。
またからかわれる……!
高一で同じクラスになってから一年と三ヶ月、この白石華乃さんに、僕はあらゆる手段でからかわれ続けた。僕のような陰キャ男子にとって、校内一とも称される美少女のからかいなんて、あまりにも攻撃力が高すぎる。僕の精神はもう、いろんな意味で限界寸前だ。
だというのに、今日も華乃さんは心底楽しそうに、僕の心の柔らかいところへ、ためらいもなく触れてくる。生で。ついでに僕の右手を臆面もなく握ってくる。素手で。両手で。しなやかスベスベな、女の子の手で。
「ぷ。一太、なんだよとか言いながら、自分から手ぇ差し出してきてんじゃん。どんだけわたしにお手々にぎにぎしてもらいたいのー?」
「い、いや、それはだって。拒否したところで、どうせ結局言い負かされることになるし、だったらもうさっさと言われた通りにした方が面倒くさくないだろ。それだけだし!」
「ふふっ、なにそんな早口になってんの? ビビんなくていいのにー。ただ手相見たげるだけ♪」
「て、手相……?」
「そ。どーてー一太の恋愛運、華乃ちゃんが占ったげる♪」
歌うようにそう言って、華乃さんは僕の手相をなぞってくる。細い人差し指の先っちょで、ゆっくりと、じっくりと、じっとりと。
こそばゆすぎる……!
思わず身震いしてしまう。そんな僕の反応に、嗜虐的な微笑を浮かべる制服着崩しギャル。
そうなのだ。手相占いだとか宣いながら、その大きな両目は手相になんて全く向けられちゃいない。ただただ僕の両目をじぃーっと見つめているのだ。
「ちょ、華乃さん。そんなんで何がわかるっていうのさ。実質、くすぐってるだけじゃんか」
「んー? わかるよー? 前から思ってたけど、一太の手相って、めっちゃキレイなM字だよねー」
「そ、そう?」
そんなん意識したこともないから、気づかんかったけど。
「ドMの一太にピッタリじゃんね♪ 今もくすぐられて喜んじゃってるし♪ ほらね、ちゃんと手相から一太のこと読み取れてるっしょ?」
「い、いや、そんなの占いって言えないだろ。そもそも華乃さんは僕の性格なんて、手相なぞる前から熟知してるんだから。いくらでも、こじつけようがあるじゃないか」
「あはっ……♪ ドMなことは肯定しちゃうんだー……♪」
「そ、それは……いや、だから! 僕が認めたかどうかという問題じゃなくて! 君は前々から僕のことドM扱いしてただろ! それを再度指摘してきただけの話に過ぎないじゃないか、これは!」
「もー、ムキになっちゃって、めんどくさいなー、童貞くんはー。じゃ、しょーがないから、もっとすごいこと言い当てたげる。特別だよ? ほんとは有料なんだかんね? その代わり、当たったら何でも一つ言うこと聞くことねー」
「ふん、わかったよ。いいよ、それで。でも逆に外れたら、君が何でも一つ、僕の言うこと聞かなきゃダメだからな?」
「きゃー、えっちー♪ ま、別にいいけどねー」
何か流れでいつものごとく「勝負」みたいになってしまったが……今回ばかりは策に溺れたな、華乃さん! こんなの、圧倒的に僕が有利じゃないか! 有利っていうか、もはややる前から僕の勝ち確定じゃないか!
だって、この勝負、僕がプレイヤーであると同時に審判でもあるわけだし。仮に当たってたとしても、僕が「当たってない」と言い張ればいいだけだし。それで僕の勝ちだし。
勝負という名の下、一方的にからかわれ続けて早十五ヶ月……僕は今日、初めての勝利を手にするのだ!
「ほら、どうなんだい、華乃さん。言ってみなよ、さっさと。僕の全てをお見通しなんだろう!?」
「そこまでは言ってないけど。んー、でも、どーしよっかなー。やっぱ言わないでおいたげるってのも、一つの選択肢な気がしてきちゃった」
「はっ、日和ったか、華乃さん! ダメだからね、今さら勝負は無しだなんて!」
「勝負? わたしは別に勝負とかそーゆーつもりじゃなかったんだけどなー。ただ、一太のためになりたかったってだけで」
「そんな予防線を張るなんて君らしくもないね! もしや、気づいてしまったということかな、もう自分が負けているって! だが、もう遅いよ! さぁ、さっさとその占いとやらでわかったことを、」
「一太、今朝シコってきたっしょ♪」
「わかったことを……」
「シコってきたんでしょ♪ はい、言ったよ? どう? 当たってるっしょ? 判定をどうぞ、審判さん♪」
「なっ……なっ……シコ、って……」
「んー? どったの、審判さん♪ もしかして、聞き逃しちゃった? じゃ、リプレイ検証する? 無能な審判さんのために、今度はもっとゆっくりハッキリ言ったげるね?」
クーラーが効いた教室でダラダラと汗を流し、口ごもることしかできない僕に向かって。華乃さんはその口角をニタァっと上擦らせていき、
「一太くんはー、わたしが今こーやってニギニギしたげてるこの右手でー」
「あっ……あっ……」
「どーてー新品おちんちんを握ってー、余ってる皮を伸ばしたり縮めたりしてー、」
「いやっ、ちがっ……余ってなんか……っ」
「どーてーせーえき、ぴゅっぴゅってしてきちゃったんだよね♪」
最後まで言い切って、ニッコリと破顔するのであった。可愛い。ちなみに僕の皮はめっちゃ余ってる。なぜ知ってるんだ、このギャル。そうか、手相か……。
「って、いやいやいやいや! 関係ないだろ、手相! 手相でわかるわけないじゃないか、僕が包茎なことも、今朝シコってきたことも!」
つい叫んでしまった。未だ、白ギャルに右手をニギニギされながら。ちなみに手汗もすごいことになっている。華乃さんの方はサラサラスベスベなままだけど。
「うん。わかるわけないね、手相なんかじゃ。てかわたし、手相占いなんてできないし」
「はぁ!?」
「や、当たり前っしょ、それは。でも、当たってたっしょ?」
「か、皮は、ちょっとだけ……」
「皮のことじゃなくて。てゆーか、仮性包茎なことなんて、一太、何度もわたしにカマかけられて白状してきたじゃん」
そうだった。とっくに知られてるんだった。ちょっとどころか大量に余ってるって。僕自身が認めたんだった。くそぉ。
「ね? 今朝、シコってきちゃったんだもんね?」
意地の悪い笑みから一転、華乃さんは幼子を諭すお母さんのような、慈愛に満ちた微笑みを向けてくる。なんか嘘をつくことに、ものすごく罪悪感を覚えてしまう。
「そ、それは……い、いや! そんなわけ……!」
でも、うん。普通に嘘つくわ。嘘つくべきだわ。だって、こんなのバレるわけにいかない! そして、バレるわけもないのだから! さすがの華乃さんといえど、お手々ニギニギや手相サワサワだけで、そんなことわかるわけが――、
「あのね、どーてーの一太は知らないんだろーけど、そーゆーのって、手の匂いでわかっちゃうんだよ、女子は」
「え」
華乃さんの優しい目つきは、もはや同情のそれになっていた。なんかもはや、からかわれてるよりも、よっぽど惨めな気分になってきた。
そ、そうだったのか……で、でも! めちゃくちゃしっかり手は洗ってきたはずなんだけど……!?
「わたしがあげたブリューのハンドソープでね」
「心読まないで……」
「まぁ、そだね。しっかり洗えば、だいたいの女子相手には誤魔化せるっぽいんだけどさ……オカズにされちゃった女子は、より敏感に嗅覚が働いちゃうみたいなんだよね。動物の本能でさ」
「え。……え……!?」
「これってボノボの研究で二十年前には証明されてることだし……人間もそうなんだろーなぁって、実証されるまでもなく、わたしみたいな可愛い女子は自然に気づいちゃう事実ってゆーか、ね……むしろごめんね? なんか……」
「ぐ、ぐ、うぐぐぐぅ……!」
華乃さんの申し訳なさげな顔が、僕の心の柔らかい部分にグサッと突き刺さる。具体的に言うと心臓の上辺り。たぶん。
しかし。ていうことは。もしかして。これまでもずっと……薄々、勘づかれていたっていうのか……?
「でも、まぁ。いちおー、謝ってはほしいかな? 怒ってるとかじゃないけど、さすがに、ね? ほら、正直、今回初めてのことってわけじゃないわけじゃん? さすがにこう、毎日毎日ってなると……わたしも、さ。気づかないフリで、どう一太と顔合わせればいいのかなーって、けっこー悩んだりしちゃってたからさ……うん」
「…………っ! ……ご、ごめんなさい……」
「う、うん……だいじょぶ……許す……」
気まずげな華乃さんの声を耳にしながら、頭を抱えてしまう。右手は未だ華乃さんに握られているから、左手だけで。もう、彼女の顔なんて見られるわけがない。
「ま、まぁ、そんな落ち込まなくても、さ、一太……あ、そだ。これは俗説ってゆーか、民間療法的なアレだけど、匂い消す方法あるよ!」
「ほ、ほんとに……?」
まぁ、今さら消せたところで遅いんだけど。いや、でも、明日から役立つライフハックにはなるか。どうせ僕、明日からもシコるもんな、華乃さんで。うん、華乃さんで。嘘。ホントは今晩から。
だって……だって僕は、君のことが……!
「うん! こーやってね、油性ペンで手のひらにね、あ、全面塗ったりする必要はなくて、こーやって、グニャグニャグニャーってやってね……うん、これでおっけー。はい! そしたらこの手のひらに、自分でフーって息を五秒以上吹きかけてみて! そのあと緑茶か、もし無ければ、ぬるめのお湯で二十秒流すの。それで、匂い消えるらしいから!」
「わ、わかった。ありがとう、こんな僕に――」
言葉が詰まる。華乃さんが五分ぶりに解放してくれた僕の右手。その手のひらに、言われた通り息を吹きかけようと顔の前まで持ってきて。そして目に飛び込んできた、ある二つの事象。それらが僕の心臓を跳ねさせ、思考をフリーズさせてきたからだ。
まず一つ目。
僕の手のひらに、黒の油性ペンで書かれていた、丸みを帯びた文字列。曰く――
『う・そ・♪』
だ、そうだ。『う・そ・♪』。つまりは、うん。嘘。嘘、ということだ。
そして二つ目。
そんな右手の向こう側から、僕をじーぃっと見つめていた、整った小顔。そこに浮かんでいたのが、僕がこの十五ヶ月間毎日見てきた、小悪魔のような、からかいスマイルだったのだ。
僕は、震える声で問いかける。
「か、華乃さん……これって……」
「うん、全部うそ♪ 匂いなんてわかるはずないじゃん……♪」
小悪魔は、弾んだ声で答えた。
「は……謀ったなぁあぁ!!」
「シ……シコったなぁあぁ……♪」
「ぐっ……!」
華乃さんのニヤニヤニタニタ小悪魔フェイスが、ずいっと目の前まで迫ってくる。爛々と輝く両目で、至近距離から僕の目を覗き込んでくる。
「あはっ……♪ 一太遊びを続けて一年と三ヶ月……ついに認めちゃったね、一太♪ シコっちゃったんだね、わたしで……♪」
「や、やめてくれ、もう……何でも言うこと聞くから……」
「てゆーか、シコっちゃってたんだね、毎日……♪ 華乃ちゃんで……♪ 華乃ちゃんのえちえちHカップ妄想して……♪」
「うぅ……!」
僕は床に崩れ落ちていた。
あまりにも恥ずかしすぎる。あまりにも情けなすぎる。あまりにも余りすぎている、僕の皮。あまりにも大きすぎる、華乃さんのえちえちHカップ。
第二ボタンまで開けやがってよぉ、なんだそのえちえちブラウスは!? そんなドスケベ谷間をちらつかせながら僕にくっついてきやがってよぉ! シコるわ、そんなん! シコりまくるわ、毎日!
「……さっきから何をしているの、あなた達。隣でそういうことされていると、集中出来ないのだけれど」
そのときだった。隣の席から、不機嫌そうな声が降ってくる。
「京子……」
見上げた先には、黒髪ロングヘアーの美少女が座っていた。切れ長の目で僕を見下ろしていた。ていうか
「あ、ごっめーん、橘さん。でもさー、一太がさー、わたしでシコシコ……♪ してきちゃうお猿さんだって判明しちゃってさー。そだ、橘さんからも注意したげてよ。一応、幼なじみ? だっけ? そーゆーのなんでしょー?」
華乃さんがとても愉快げに斜め前の京子に話しかける。幼なじみをも巻き込んで追い打ちをかけるという、そのからかい術、さすが僕を辱めることにかけては妥協を許さないギャル、白石華乃である。
しかし、清楚系幼なじみさんの方は、白ギャルのそんなお遊びに乗る気など、さらさらないようで。何なら、僕に向けていたものよりもさらに冷たい視線と声を華乃さんに向ける。
「一太が自分の家の自分の部屋で自慰をしようがしまいが、どうでもいいことだわ。放っておけばいいじゃない。それをわざわざ、こんな公衆の面前で、そんな大声で追及して……迷惑千万だわ。みんな、期末テストの勉強をしているのよ? そして何よりも。誰よりも。テスト勉強をすべきなのは、この一太なの。邪魔をしないであげて」
ド正論だった。そうだったわ。忘れてたけど、普通に始業前の朝の教室だったんだわ。クラスメイトほとんどこの教室にいたんだったわ。そんな中で僕のシコりペースとオカズを大声で大暴露されたんだわ。ていうか、ほぼほぼ僕が自白したんだったわ、大声で。
改めて教室中を見回すと、今日も今日とて、クラスメイトのみんなは僕らにいろんな種類の視線を向けていた。
京子の正論の中にも実は一つ間違いがあって、迷惑そうにしているのは少数派だ。ほとんどの人間は好奇の目をしていて、一部の男子は羨みや嫉みの目で僕を見ている。僕のような陰キャをカーストトップのギャルが親しげにからかう。そんなシチュエーションがレアすぎて、未だに興味が尽きないのであろう。明らかに釣り合っていないと、みんな思っているのだろう。「遊ばれてるだけだからな? 勘違いして調子こくなよ?」とイライラしているのだろう。ていうか実際言われたこともある。
おいおい、僕だって好きでからかわれてるわけじゃないんだぞ? むしろ毎日毎日、悔しくてたまらないんだ!
僕の気持ちを一言で表すとするならば、そうだな。
くそぉ、華乃さんめぇ……!
これに尽きるのだ。
ホント、困ったものだぜ、華乃さんには! 十五ヶ月前には、えちかわFカップって言ってたのによぉ……!
くそぉ、華乃さんめぇ……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます