夫の不祥事は妻の私がしっかり対処いたします。でも覚悟なさって、旦那様
はなたろう
旦那様、ベッドルームでのうまい話にご用心を
「いい天気ねぇ」
青い空の下、侯爵家の庭園は紫陽花が見頃だった。
ブルー、ピンク、紫と、花壇により色が異なり、眺めていたら、あっという間に日が暮れてしまう。
そんな庭園を望むバルコニーで過ごす、午後のひとときは、私の至福の時間です。
「ルイディア様、今度のお茶会にお出しするお菓子、どうされますか?」
お茶を注ぎながら、侍女のマルス子爵夫人が尋ねる。
「あの紫陽花をモチーフにしたお菓子ができたらいいのだけど」
バラや菊と違い、紫陽花には毒性があるため、食用にできない。
「紫陽花に見立てたゼリーはどうかしら」
「素敵ですわ。では早速、料理長に相談して参ります」
マルス子爵が立ち上がると同時に、
「おーーい、ルイディア!」
お茶の時間にそぐわない、慌ただしい足音。そして、品のない大声。
マルス子爵夫人が大きなため息をついた。
あらあら、不快感を隠さないなんて、私の侍女として、大変立派な心掛けだわ。
「ごきげんよう、マートル様」
「やぁ、マルス子爵夫人。今日もキレイだね」
旦那様にとって、女性を褒めることは息をするのと同じこと。相手が幼子でも、老婆でも。
彼の名誉のために申せば、顔立ちは良いのです。
スラリとした長身、金色の髪に瞳。
なにも語らず、動かずの状態で描かれた肖像画は、美しい芸術品です。
結婚前に、お会いしていればよかったと、お母様は嘆かれました。
「旦那様、私、お茶の時間は静かに過ごしたいと、何度も申し上げたと思いますが?」
「ああ、そうだったね。でも、早く話したいことがあってね。下がってくれるかい?」
マルス子爵夫人にそう言うと(言われなくても、席を外す所でしたが)、私の前にドカンと腰かけました。
「ご用件を」
「とっても、いい話だよ。わぁ、美味しそう!」
そう言って、遠慮なくクッキーを手に手を伸ばす。
「いた!」
旦那様の手の甲を叩く、とても良い音がしました。私、扇子の扱いには定評がございます。
「子供ではないのですから、礼儀正しくなさって」
「子供。そうだね、僕らの子供が早く欲しいよね。へへ、今夜はルイディアの部屋に行ってもいいかな」
ああ、お祖父様。本当になぜ、このような方とのご結婚を決められたのか。
「ルイディアの赤ちゃんなら、きっとすごく可愛いね」
悪い方ではないのです。
ただ、ただ、頭の中がお花畑なのです。
「旦那様、本題を」
「あ、ごめんね」
旦那様はニコニコと笑顔を向けて、
「街に宝石商の知り合いがいてね」
「もちろん存じていますよ。そこのご息女と親しいことも。昨夜はお帰りなるのも、随分遅かったようですね」
「え!」
私達、結婚してまだ半年ですよ?
それで先ほど、今夜は私の寝室にとか言ってましたよね?虫酸が走ります。
この侯爵家に婿養子としていらしたあと、屋敷の若い子にも手を出しました。それも、1人、2人ではないはず。
可愛そうに、職を無くし、実家も頼れない、哀れなお嬢様達を何人見送ったことか。
「まぁ、いいです。それで?」
「新しく鉱山が、隣国で見つかったんだって」
突然、声を小さくし、
「最初は設備投資で赤字だけど、数年後は100倍になるって。今なら破格で買えるって、僕だけに教えてくれたんだよ」
昨夜、ベッドの上で聞いたのでしょうか。
「それで?」
「買っちゃった」
ああ、旦那様のご両親にも問いたい。
跡継ぎの義兄様はあんなに優秀でいらっしゃるのに、この次男の教育は、なぜ失敗したのか。
「旦那様、おいくら支払いに?」
「小切手の控えがあるよ」
私に紙片を渡すと、目をキラキラさせて語り出した。
その額に目を見開く。
「ルイディアの好きなサファイアも採れるって。僕が婿養子に来てから半年、やっとみんに役に立てたなぁ。侯爵家がより豊になれば、領地のみんなもハッピーになるよね」
はい、限界。そこまでですわ、旦那様。
「そんなわけあるかーーーーー!」
私は、全身全霊をかけて、テーブルをひっくり返した。
派手な音を立てて倒れ、お気に入りのティーセットが粉々になった。
何事かと部屋からメイドや執事がやってきて、変わり果てたバルコニーに呆然としている。厨房から戻ったマルス子爵夫人も棒立ちだ。
「今すぐ早馬で街へ向いなさい!宝石商の身柄確保、大至急!!」
執事に指示をする。使人が一斉に動き出した。
間に合うだろうか?家の中が空でなければいいが。
「さて、旦那様」
何が起きたか分からない、といった顔で椅子にちょこんと座っている。
「今夜はぜひ、私の寝室にいらしてくださいな」
◆◆◆
「もう、紫陽花もおしまいね」
バラや桜のように散ることはなく、枯れて茶色に変化したものがいつまでも残っている。剪定しない限り、醜い姿をいつまでも晒す。
「あの宝石商、親子ではなく年の離れたご夫婦だってんですね」
マルス子爵夫人は、お茶を注ぎながら言った。
「そうね。金儲けのために、自分の妻をあてがうなんてね」
あのあと、街の家は案の定、もぬけの殻だった。
逃げるなら、当家とは縁のあまりない近隣領地に逃げると予測し、目星を付けた関所に先回りし、見事に身柄を確保。
違法な投資、貴族を騙した罪に問われることと、相成りました。
「まぁ、私の持論ですが、騙すも騙されるも同罪だわ」
「あら、そういえば、マートル様を見かけませんね」
その問いには答えず、紫陽花の花壇を見渡した。
茶色の紫陽花の中、不自然に空いた小さな空間。
あの夜、自分の失態に対して反省もせず、私の寝室に現れた旦那様。
精一杯のおもてなしをして差し上げました。
えぇ、美味しいお茶を振る舞ったのです。
鮮やかな青い色が美しい、特製の紫陽花のお茶です。
美味しそうに呑まれていました。
ベッドに入り、いざ、大事なとき。どうしてかお腹を押さえ寝室を出たまま、今もご自分のお部屋にこもっておられます。
あ、もちろん生きてますよ。
馬鹿でも、可愛い私の旦那様様ですから。
ああ、今日もなんて美しい秋晴れの空。
夫の不祥事は妻の私がしっかり対処いたします。でも覚悟なさって、旦那様 はなたろう @haru-san-san
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