10.覚悟
◆◇◆
「はぁはぁはぁ……ッ!」
暗い"青の森"をアズールは泥だらけで走っていた。
雨が降りしきり、何度も転びながらも走り続ける。
「あっ……!」
突然、目の前に崖が現れ、アズールは滑り落ちた。
木の幹や岩に全身をぶつけ、雨によって増水した小川に転げ落ちる。
幸い、水が衝撃を吸収したおかげで軽傷だった。
だが……アズールは寝転んだまま立ち上がれずにいた。
「うっ……ううっ……」
アズールの目から大粒の涙が溢れる。
「うああああああああっ……!!! ボクは……ボクはなんてことを……ッ!」
迫り来る死の恐怖に怯え、命可愛さに友を置き去りにして逃げだした。
リューゴを裏切ったのだ。
「ごめん……! ごめんリューゴ……!!」
少しして、アズールは震える足で立ち上がろうとした。
「リューゴのもとに……戻らなくちゃ」
だがその瞬間、先ほど感じた恐怖が襲ってくる。
心臓を鷲掴みにされるような、どす黒い死の感覚。
「怖い……怖いよ……!」
再び膝が折れ、全身が震え上がる。
(ボクじゃダメなんだ。ボクみたいなヤツはリューゴの隣にいる資格なんてないんだ)
アズールの心がほとんど折れかかっていた、その時。
『――アンタってほんと、アタシがいないとダメよねェ。それでも男なの?』
脳裏に蘇るのは、かつての記憶。
アズールを守り交通事故で死んだ姉の顔だった。
彼女は死の間際、アズールに向かって言った。
『アタシってバカね。アンタみたいな弱虫を助けちゃうなんて。でも、アンタが死ぬかもって考えたら体が動いちゃった』
『アズ。アンタはアタシと違って臆病で頭が良いから、きっと偉い人になれるわ。でも忘れないで。大事なもののために動く時は、みんな同じくらいバカになるもんなの。それと……本当に大事なものは、失ったら二度と手に入らない。だから――』
姉は最期に笑ってこう言った。
『大事なものは、死んでも守り抜きなさい。それが生きるってことよ』
アズールは震える足で再び立ち上がった。
「怖い……どうしようもないくらいに」
アズールは冷たくなった拳を握りしめた。
「だけど……ボクは……もう二度と……大事なものを失いたくない……! 友達を……リューゴを……守りたい……!」
その瞬間、アズールの前に空から巨大な”獣”が降りてきた。
ライオンのような見た目をした、金髪オールバックの巨漢。
「見つけたぜェ、チキン雑魚野郎」
「さっ、再生士……!」
アズールは逃げようとして、足を止めた。
「どうした? 逃げないのかァ?」
男が嘲笑うように挑発してくる。
アズールは震える身体に鞭を打って振り返った。
「ボ、ボクは……ボクはリューゴと一緒に国境を越えるんだッ!」
アズールは男に殴りかかった。
だが、男の腹部に拳が命中した瞬間、アズールの手首は鈍い音を立てて曲がった。
「ぐ、ぐああっ! か、硬いッ!!」
「ガロロッ、雑魚野郎が。お前のような軟弱な野郎の拳が俺様に効くわけねーだろ」
男が近づいてくる。
背丈は大木のように大きく、肉体は装甲のように分厚い。
「俺様の名はサダルバリ。俺様はなァ、お前のようなカス野郎をいたぶるのが最高に好きなんだ。せいぜい足掻いてくれよ?」
そう言ってサダルバリはアズールの顔面にデコピンをした。
「ぶっ!」
アズールは頭を弾かれたように吹き飛んだ。
「ぐうぅ……い、痛い……!」
大量の鼻血を抑えながら立ち上がり、アズールはサダルバリに再び殴りかかった。
「うわあああああっ!!」
「ゴミ野郎が」
殴り飛ばされる。
再び立ち上がり、蹴られ、殴られ、立ち上がり、殴り飛ばされる。
アズールはあっという間にズタボロになっていた。
「はぁはぁ……あいつに勝って……! リューゴのもとに戻るんだ……!」
アズールは殴りかかるが、その拳には力がなかった。
サダルバリに腹を殴られる。
「かっは……!」
アズールはうずくまり、血を吐く。
サダルバリがつまらなそうに頭を掻く。
「もういい。飽きたぜ、雑魚野郎。さっさと死ね」
蹴り飛ばされる。
アズールの身体はボールのように浮き上がり、地面に叩きつけられた。
「がはっ……。ぐ、ぐぞ……ボ、ボクは……まだ……」
立ち上がったアズールに対し、サダルバリは目を見張った。
「なぜ立てる」
すでにアズールの顔は腫れ上がり、目は虚だった。
(痛い……苦しい……。ボクはなんでこんなに弱いんだろう。こんな時、お姉ちゃんなら……)
彼女は喧嘩の時、どんなに相手が強くても果敢に立ち向かい、どれだけ打ちのめされようとも、最後には必ず勝利していた。
その背中を見るだけで、アズールは勇気をもらえた。
だが、彼女はもういない。
「……会いたいよ……お姉ちゃん……」
ぽつりとアズールは呟いた。
その時だった。
突然、アズールの両手にはめた透明のグローブが青く輝いた。
光は闇を切り裂き、森を青く染め上げていく。
アズールは目を見張った。
「こ、これは……!」
「な、なんだテメェは……ッ!?」
サダルバリが驚愕の表情を浮かべている。
その目が見ているのはアズールではなかった。
アズールはハッとなり振り向いた。
「――まったく、アンタは相変わらずアタシがいないと何もできないのね」
そこにいたのは、燃えるような赤い髪の少女。
その姿を見た瞬間、アズールの目から涙が溢れた。
「……お姉ちゃん……!」
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