ペット探偵が好き過ぎる

第41話 檻の中は温かい

 真夜中、目が覚めた。

 おりの中……毛布にくるまって寝ている大きな獣と私。


 部屋の大半を占める大きな檻はまるで猛獣用だ。

 私は狼を抱き枕のようにして、両手でそっと抱きしめていた。まるで幼子みたいだなと思う。そっと手を緩めて立ち上がる。彼女を起こさないように。


 初めて一緒に寝る日は大変だったな。


***

 

「あぁ……アレックスー! 一緒に寝れる日が来るなんて! もう緊張してきたわ」


「落ち着けよ、準備が必要なんだよ」


 檻の中……アレックスと私は向き合うようにして、こぢんまりと座っていた。


「なにそれ? 足枷あしかせを付けているの? そんなことまで…………私のせい?」


 重たい鉄の球がついた足枷をゴロッと置く。足首は痛くならないかな? 


「いや、レベッカと寝るから付けるわけじゃない。前からだ。足枷をして必ず檻に繋いでいる。自分が寝ているとき、何するかわからないだろ?」


「うん、まぁ……大丈夫だと思うけど。ここまでしなくても」


 私はそう言って、頑丈な足枷と、椅子の上に置いてある注射器を見つめた。足枷は頑丈なロープで最後、檻に縛る。なんだかアレックスが奴隷みたいじゃない。


「……寝ぼけてお前を喰っちまうかもしれないだろ?」


「え? 食べてくれるの? 私を?」


「ふーん。レベッカのくせに、下世話な冗談も言えるようになったんだなぁ」


「なっ、レベッカのくせにってなによー」


 怒るフリをして飛びついた私を強く抱きしめ、逆に押し倒される--



***


 狼の黒紫色の艶のある毛並みは、小窓から入る月明かりに照らされて、ほんの少し輝いてる……ような気がした。


 アレックス--


 静かな寝息が響いてる。狼の姿でもアレックスはアレックスそのものなのよね。


 なぜだろう……。見た目は大きくて恐ろしい狼だ。美しいアレックスとまるで違うのに。


 私は檻から出て、ベランダに向かう。昼間は賑やかなカラバーンの街でも、今は静寂に包まれている。ベランダから街を見下ろしたら、無法島の夜と重なった。


 私が島で男たちに絡まれたとき、大きな獣が現れた。私を避け、男たちを狙って襲いかかった狼。それがアレックスだと気づいたのは翌朝だったのだけど。


 私たちは秘密がある。もちろん誰にでも秘密はある。あの無法島の人たちも、重たい秘密を抱えていたわね。


 不安が少しだけやってくる。無法島から帰るとき、船の上で交わした会話--


 アレックスにかけられた呪い。真夜中に彼女は狼になってしまう……。告白した彼女の震えた声が、今も頭から離れない。


 檻に戻りベッドの端に座って、狼の彼女を見る。そっと背中を触る。逞しい背骨。力強いのに優しい感触。ふわっとした黒紫の毛。


「アレックス……」


 小さく呟くと、彼女の耳がピクリと動いた。

 かわいい……。とても穏やかで幸せな時間。

 ずっと、ずっと側にいたい。そう心の中で呟く。狼でも人間でも、アレックスは変わらない。何度もそう思った。


 この足枷を取ってあげたい。それは無理なのかもしれないけど。

 私を襲わないように……。

 なんとも言えない気持ちになり涙がこみあげる。私はまたベッドに横たわった。


「狼のあなたも大好きなの」


 なんて囁いてみた。彼女の穏やかな眠りを妨げないくらい小さな声で。



 翌朝、アレックスは人間の姿に戻って、リビングのソファに長く伸びて横たわっている。


「おはよう、レベッカ。随分とゆっくりだな」


「ごめんごめん、寝坊しちゃった。仕事がない日だから」


「狼にべったりくっついて寝るなんて、よっぽどお前っておかしいな」


「うるさいっ、紅茶入れるね」


「いいから、こっちに来いよ」


 ニヤニヤしながら、からかってくるアレックス。私が隣に座ると、髪を撫でられた。そしていつものように腕を引っ張って、私をブランケット代わりにしたの。


「だって……仕方ないじゃない」


(狼のアレックスだって、めちゃくちゃかっこいいんだから)

 

 これからのことはわからない。でも一つだけ確かなことがある。アレックスが大好きだってことと、アレックスも私がとっても好きだってこと。自惚れじゃないわ。


 アレックスが遠くを見るように目を細めた。


「狼のあなたも大好きなの……か」


 え? えー?! この言葉って……。


「……アレックス、起きていたの? まさか寝たフリ?」


「獣は耳がいいって言ってるだろ」


「もぉー、酷い! 変態!」


「変な手つきで撫でてたよなぁ」


 顔から火が出そう。変な手つきってなによ! 起こさないよう、そっと撫でてたのに!


「起きてるなら、起きてるって言ってよー! バカバカ!」


 私たちは動物同士のようにじゃれ合って、ふざけ合った。

 狼と……アレックス曰く、私は犬みたいなんだって。


 呼び鈴が間抜けな音で鳴っているけど、私たちはしばらく気づかなかった。

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