第36話 無法島の一件 12 孤高

「そう。そうなの、危機感ゼロよね」


 そしてまた沈黙。

 波の音が二人の間を隔てていた。アレックスはなにも言わない。長い髪はなす術もなく潮風に持っていかれて顔にかかったまま。

 仕方なく私は続ける。


「あの宿、転落防止で開かない窓が多いのよ……部屋もね。窓が開かないから無理やり割ったのね。そして二階から飛び降りた。狼だって足を痛めるかもね。男にも蹴られていたし」


「……なんのことだ」


「殺そうと思えば、簡単に喉とか噛めたんじゃないのって……」


 ひどいわ。


「大怪我させないように手加減をしたんでしょ? 本当はもっと……」

 

 とてもひどいことを言ってる。声が上擦っていた。


「あんなやつら噛み殺せばよかったのに!」


 私は叫んでいた。ああ……ダメだ。でもやめられなかった。


「アレックスが手を抜いたから……だから……蹴られてしまったのよ。本当の狼なら私たち死んでいたかも」


 私は泣いていた。アレックスは黙って私を見つめていた。


「アレックス! 何か言ってちょうだい」


「まぁ……不幸中の幸いとしか言いようがないな」


「なによ、それ。前からおかしいと思ってた。真夜中は絶対に私を部屋に入れないし。私がそばにいるときは追い出していたわ。初めて会った夜もそう」


 初めて会った夜は、なにからなにまで狂ってた。でもなぜか今は愛おしいとさえ思う。


「……アレックスの部屋の一番奥、たまたま鍵が外れてて扉が開いて見えちゃったの。一度だけ」


 私はここで大きく息を吸った。言うべきか一瞬迷った。今なら冗談だと、全部笑い飛ばせる? 嘘だよ、ごめんて……。


 いや。でも、もうそれは十分かな。見て見ぬフリをすることに、私は疲れた。

 

「奥の部屋、大きな檻があったわ。依頼された動物を入れる檻かと思っていたけど、あれは自分用なのよね? 動物の毛があちこち床に落ちているのだって……ペット探偵をしているからじゃなくて-」


「わかったよ」


 八百屋の子が扉を開けようとして、あのとき開けるなと怒鳴ったわ。すごく怖かった。


「なにが? なにがわかったの?」


「もういい」


 アレックスの抑揚のない声。なんにも興味がないときの声だった。ああ……終わった。

もう私たち、ダメなのかもしれない。

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