第31話 無法島の一件 7 真相
死んだの? どっちが? グエンなの? という疑問が広場に広がっていた。
屋上から落ちた男は手配書そっくりの目の吊り上がった男で、頬に大きなほくろを持った男だった。
すでに絶命しているだろう。
そこに大柄の熊のような男が現れた。男は部下に声をかけられた。
「ノーマン、こいつ死んじまったよ」
この島を支配している男、ノーマン・ダーク。長いコートを羽織り、フードで隠した顔はよく見えない。
「……ほんとに殺したかったわけじゃない」
そう言ってノーマンは、広場に横たわる手配書と瓜二つの男の顔をすぅっとなでた。すると横たわった死んでいる男の目から涙が溢れた。
「今、涙が……」
「ばかな、もう死んでるよ。汗じゃないか?」
近くで見ている人々は、なぜか寒気を感じた。
「ねぇ、なんだか肌寒いわ」
「確かに……」
ノーマン・ダークがまるでグエンの魂を取ったかのようだった。
「あれがノーマン・ダーク……」
「でかいな。熊みたいだ」
「やっぱり怖いわね」
観光客もノーマン達に聞こえないよう小さい声で囁き合う。
「医務室へ運んでくれ。明日はしっかりと葬式をしよう」
ノーマンは弱々しい声で続けて言った。
「サーカスは中止だ……」
「はっ! サーカスは中止だ! 皆、宿に戻れ。今夜は外出禁止だ!」
護衛の男が叫ぶ。広場の人々は興奮状態。グエンの顔をチラリと見た数名が、背後にいる人々に大声で伝える。
「手配書の顔とまるっきり同じだ!」
「死んだのはグエンだよ!」
「やったー!」
広場の見物人たちは、見知らぬ人同士でも構わずに、抱き合って喜んでいた。
「グエン・エンバーは死んだ!」
その声は広場の人々に徐々に広がっていく。
「自業自得だ」
「俺たちも殺されかけたんだぞ!」
「ねぇ! 屋根を見て!」
屋根の上で、グエン・エンバーを勇敢に取り押さえた男が立ち上がった。下の広場から声がかかる。
「あんた、すごいね!」
「無法島のヒーロー!」
「大金持ちだ!」
口笛や拍手喝采を浴びる男。手を挙げ拍手に答える。
「バカ、生け取りに変わっただろ? 金は貰えないだろ」
「ノーマンの護衛が捕まえたんだ。仕事を全うしただけさ」
「すごい物を見たな」
「ああ。サーカスよりよっぽどすごい」
広場の人々は興奮気味に言いたいことを言い、広場から去っていく。
サーカスが中止になっても、もちろん誰もがっかりはしていない。
サーカスでは到底味わえないスリルや興奮をたった今、味わったばかりなのだ。
「はぁ〜! のんきなもんやねぇ。あいつら」
建物の屋上で、グエン・エンバーに誘拐され、見事空中を舞ったロングドレスの美女が広場を見下ろしていた。
「お前が言うなよ!」
「そう怒るなアレックス。15年くらい? 久しぶりだったのに、俺たち息ぴったりだね〜いやぁ、飛ぶの怖かったー」
「ふざけるなよ! 」
アレックスに体を寄せるドレスの美女。アレックスは眉間にしわを寄せた。
「気持ち悪いぞ グエン・エンバー」
「へへへっ、似合うでしょ?」
グエンのフリをしていたのはアレックス。
深く被ったニットの帽子を脱いだ。結んだ長い黒髪が現れた。
「グエン! お前のせいでこんな猿芝居に付き合うことになって」
「ありがとう! これで俺は間違いなく死んだ。広場の連中、全員が目撃者だ。みんな、お疲れ様ー!」
アレックスは、ドレスを着て宙を舞った女……ではなく男! グエン・エンバーを呆れた顔で眺めていた。
*****
いろいろ私から説明させてちょうだい。
グエンやこの島のこと。
広場の一件から、半日前に遡るわ。
血のお湯が出たホテルの一室からよ。
「あと少しなんだよ。あんたら、素直に昨夜ショーを観に行けばよかったのに……」
心臓の鼓動がうるさいくらいに背中で響く。後ろから羽交い締めにされ、首にナイフを突きつけられて、私は恐怖で心臓が爆発しそう………あれ? 心臓って背中にあったっけ?
この状況、初対面のアレックスにやられた。あのときと比べたら、私かなり冷静よ。
じゃあ、この心臓の音は……少女の心臓の音だ。少女の神経はきっともう限界。それに反し、アレックスは淡々と……。
「俺がアラバマの一番弟子だと。それは譲れないと伝えろ……いつも卑怯で、どこまでも臆病者で、自尊心だけは一人前のグエン・エンバーにな」
「なっ、なっ、なんだと! チキショー! 全部お前のせいだろがー!」
少女は叫んで、ナイフをアレックスに向かってぶん投げる。軽く避けるアレックス。
どゆこと?
「アレックスのあほー! 堪忍してよぉー、あーん、昔から意地が悪いんやから」
「グエン、久しぶりだな」
ええええ?
どーゆーこと?? このあどけない顔の少女がグエン? 男なの?
なぜの嵐よ。
手配書の顔と正反対!超かわいいじゃない。
「本当にグエンが捕まって、懸賞金を払うことになったら困るよな。この島に金なんかない。客を上手く誘導させて、集まる場所だけチャラチャラさせたが、島はほとんど機能してない。廃墟だ」
アレックスがゆっくりと話す。グエンはお手上げと、肩をすくめてベッドに腰を下ろした。
「正解。あの派手なグエンの手配書は商店街活性化……旅行の案内だった。だからグエンは捕まってはいけない。金がないどころか、この島は大きな負債を背負ってる」
「だから船から降りたら、手配書の内容が変わったの? その……抑えた感じの手配書になったわ」
少女……ではなくグエンはうなずいた。
アレックスが続ける。
「顔は大人になると変わるし、手配書は信用してなかった。でも声だな。高さを変えてもグエン、お前の声は覚えていた」
もしかして、少女が急に真っ青な顔して挙動不審になったのって、蛇口から出た血ではなくアレックスに気づいたから?
「どこだっていいんだ。泊まる宿も、食べる場所も。裏方は一つで繋がってるんだ。昨日この島をだいたい調べた」
「さすが探偵アレックス! 要注意人物がいるとノーマンの娘から報告が入ったの。アレックス、あんたのこと」
「あの女か……俺を勧誘してきた、胸のはだけたやつ。いろいろ違和感があった。船を降りたときから。いやその前からか」
私は手を挙げた。
「ちょっとごめんなさい! アレックス、せっかく話が盛り上がっているのに」
「盛り上がってねえよ」
「えっと、まず、お風呂のお湯が真っ赤だったのは? 呪いの館じゃないの?」
私は奥の風呂場を指差した。
「ただのサビだよ、サビ。鉄臭いからな」
「サビ?!」
犬のように嗅覚がずば抜けているアレックス。確かにサビって血の匂いがするわ。
「十分ほど水を流し続けていれば、普通の水が出る。ここは長い間、誰も使ってないんだ。どの宿もそうだろ。観光客が押寄せて慌てて掃除はしたが、水は確認してないんだろ?」
「はぁ、水道まではチェックしなかったな……錆びついているんだろうなぁ」
「あの、それと……男ですよね?」
「そうだよ。声でわかるだろ?」
ふぅ、疲れた……と少女……ではなく男のグエンがため息をついて笑った。
「アレックス〜、今夜、手配書の方のグエンが死ぬことになるんよ。一世一代の大芝居。手伝ってくれる? 実は人手不足なんだ」
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