第22話 紅茶忘れてた(アラバマの正体3)

 アレックスの華奢な脇腹から背中にかけて、紫の大きな痣と、その中央に刺し傷のような傷があった。刺し傷の方は治りかけてはいたけど。


「酷い怪我じゃない?! 馬車にでもはねられたみたい。病院は? ていうか、いつからなの? なんで言ってくれないの?」

 

 とにかく捲し立てる私。


「なんで……」


「レベッカ、落ち着けよ。たいしたことない。この仕事をしていれば、こんなこともあるんだ」


「そうかもだけど……」


そうかもしれない。でも……どうして言わないのよ。たいしたことじゃないことばかり頼むくせに!


ハッと私は息を止めた。


つい最近ローズマリーが、私に似合う香油があったと、急に訪ねてきた。


どことなく不自然だった。


 そのとき私は、仕事で肘を少し擦りむいていた。ローズマリーは傷によく効くヨモギとどくだみの塗布薬を持っているからと、私の肘に塗ってくれたわ。


 あの独特の香り……そう。アレックスの部屋でも最近、同じ匂いがしたの。アレックスは花の香りは苦手だけど、薬草とか薬味は大丈夫なのを知ってたから、疑問はもたなくって……。


「ローズマリーは知っていたの?」


「なんのことだ?」


「その怪我よ!」


「どうでもいいだろ?」


 どうでもよくないわ! 


 だって! …………だって……。

 なぜ、どうでもよくないの?


 そ、そうよ! そっちは私がサロンに行くときも、熱を出したときも、めちゃくちゃ怒ったじゃない。理不尽なくらいに。


「サロンの予約しただけでアレックスに怒られたわ。だから私だって怒るわ!」


「マッサージと一緒にするなよ」


 あっ……そう言えば……。


「それよりも前……ジョーイが行方不明になった夜のことよ。アレックス……次の日の昼に帰って来たわよね? 」


「そうだったか?」

 

「ジョーイが今、言ったわ。ジョーイを見つけて、すぐにアレックスはいなくなったと……頭が痛いからって。ジョーイを引き渡したのは夜中……その後は一晩中どこに? 次の日の昼近くまでどこにいたの?」


 アレックスは山でこの怪我をしたんだ。だってあの日以来、私の前で洋服を脱がないから。

 あの夜、夜間病院か、それとも……。


 それとも……。


「ローズマリーのところにいたの?」


「…………」


 アレックスは目をそらした。これは肯定だ。わかりやすいわね、間違いない。

あぁ……こんなことばっかり冴えてる-


「……アレックス。怪我をしてるなら教えて欲しかったの」


 私だって看病したかった。なんて独りよがりなことは言えない。酷い傷を治す知識もない。ローズマリーに任せた方がいいに決まってる。だけど……。

 私は泣きそうになるのを堪えた。


「そんなに頼りないかしら? 一番苦しいときに、私はなんの役にも立たないの? ……だったら私なんて、いる意味ある?」


「はぁ? どんな思考回路だ?」


「だって、最初にローズマリーのとこに行った。病院でも、私のところでもなく……」


 アレックスはため息をつき本当に困って頭を掻いている。私だって困らせたいんじゃないのに。


「いいわ。別に、気にしてない……うん。そういうんじゃなくて」


 気にしてないとはいいきれない。どんな会話をするのかなとか……いや、そんなのはいいの。ローズマリーのところへ行ったのは正しいの。夜中でも応急処置してくれる……その後よ。

 どうして怪我したって私には言えないの?


「……何回かローズマリーが来てたのね」


 そんなこと言いたいんじゃないのに。


「………」


「部屋……薬草の香りがしてたし」


 やばい。私嫌われる。

 私は俯いて黙ってしまった。アレックスがソファから立ち上がって、私の座っている椅子の前に跪いた。まるで王子様みたいに。


 だけどアレックスは言い放った。


「探偵気取りで楽しいのか?」


 堪えていた涙が一気に溢れた。もう無理。私は立ち上がって、扉に向かった。


もう無理、大っ嫌い! 大っ嫌いだわ……。



 ほんと、嫌!

 こんな自分が……大っ嫌い……。


 扉の取手を手にかけたところで、アレックスにその手を握られた。


「レベッカ、どこに行くんだ」

「出ていく」


「お前の部屋だ」

「もう、いいの。引っ越すから」


 はぁぁぁ!? と盛大に呆れているアレックス。わかってる、わかってる。私が一番呆れているから。誰かもう止めてほしいわ。私はまだ取手をガチャガチャとやっている。


「カラバーンから出ていくの!」


「……バカなのか?」


「はい、はい。バカです!」


 アレックスは私の肩を掴んで、前を向かせた。そして強く私を抱きしめた。


 ああ……。もうバカァ……。


 全てがどうでもよくなった。

 きっとこうしてもらいたかったんだ。


「落ち着けよ。あの夜……山で腹に枝が刺さった。近道して崖から下りてきたらナイトブロックに出て。ローズマリーの家の近くだった。確かに助けてもらった。ローズマリーにはレベッカに言うなと強く言っておいた。お前は異常に心配するからな。もし、このアパートの近くだったら、お前を呼んでたと思う」


「……それはどうかな?」 


 なにを言われているのか、半分聞いていなかった。自分勝手だけど。


「お前が出て行ったら困る」


「……私、アレックスに……薬塗りたかった」


「はぁ?」


「ローズマリーの塗り方って……だって、ちょっと……」


 ちょっとなんか、ゾクゾクするんだもん。

 私にはいいけど、アレックスにはやって欲しくないなんて、そんな子供みたいなこと言えない。

 ローズマリーがちゃんと治療してくれることもわかってるから。

 

「ずっと自分で塗ってるけどな…………わかった。レベッカ、じゃあお前が塗ってくれよ。召使いだしな」


 私は涙を袖で拭うと。黙って頷いて、またアレックスに抱きついた。


 ごほんごほんと、あからさまに聞こえる咳……。



「あのぉー、紅茶はいつ入れてくれるんだい?」



 あ…………。


 アラバマが部屋にいたこと、すっかり忘れていたわ。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る