第15話 仁義なきお茶会 5

 ア、アバズレって……マーゴったらなんて酷いことを言うのよ! ローズマリーさんが色っぽいからって、お世話になる人にそれはない。


「マーゴ……ローズマリーに謝って!」


 私は珍しく声を荒げた。マーゴは跪いたまま。黙って私を睨む。

「…………」


「ローズマリーさんはアバズレなんかじゃないわ。お客様のことを一番に考えて−」


「だから〜、お前のことだよー!!」


 マーゴが凄まじい形相で、私を突き飛ばした。私は天を仰ぎながら-


 わ、わたし? 私がアバズレ? 

 アバズレ……

 スローモーションで芝生にどさっと仰向けに放り出される。


 私、まだ誰ともお付き合いしたことのないのよ? デートだってちゃんとしたことないのに。そんな私がアバズレ? 

 同僚からはもっと男慣れしろとか言われてるし。一番縁のない言葉だと思うけど!


 気づくと、私の上にマーゴが馬乗りになっている。


「マーゴ? どうしたの……なっ、ちょっと下りて!」


 目の前が真っ白になった。

 マーゴが私の首を絞めている!


「ガハッ」


「私のことわかってくれるのは、アレックスさんだけだった。本当の私のことを……」


 聞いたような台詞……なんなの! 

 息ができな……苦しい。足をバタつかせるけどなんの役にも立たない。


 助け……涙が止まらない。私、死ぬの?

 あぁ…………。


 アレックス--


 突然、喉の中へ空気が一気に入ってきた。


「ガッ、ゴホッゴホッ」


 アレックスがマーゴを押し倒して、動きを封じた。

 よかった……死ぬかと思った。


 アレックスはマーゴの両肩を揺らした。


「おい……お前、マーゴじゃないな?」


「当たりー! はマーガレットだ! マーゴのお気に入りの探偵を奪いに来た」


 アレックスは暴れるマーゴを座らせると、両腕を後ろに回し掴んだ。


「離せって! あなた、マーゴのスカートの中を覗いたんでしょ? 変態探偵さん?」


「ばっ、あれは! 暴れた猫を追いかけてだな……間違えたんだ。勘違いするな!」

 

 アレックスが珍しく慌てた。そりゃそうよ、あれは酷かったわ。


「マーゴのやつ、照れくさそうに話して。特別な思い出? マーゴも変態だね。絶対うちはあいつの中から出てってやらないんだ!」


「ちょいとお待ちになって? マーゴさんはマーガレットさん?」


 と、ローズマリー。アレックスが説明する。


「ああ、こいつは二重人格じゃない。多重人格だった」


「なんと……はじめましてだわ〜」


 興味津々なローズマリー。いやいや……挨拶してる場合?

 ぐったりしていた私は、後ろからそっと抱きしめられた。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


 聞き覚えのある声……振り向くと、背の高い男の人。アレックスの事務所にマーゴを迎えに来て、颯爽と辻馬車で帰った紳士がいた。


「あなたは……」

「私の名前はルイです。アレックスさんから聞いていませんか?」


「ええ、聞いてません」


 ルイは私から離れ、分厚い封筒をアレックスに素早く渡す。そしてマーゴの耳元でなにか囁いた。マーゴはすとんと意識を失った。


「失礼します」 


 マーゴをお姫様のように抱きかかえ、立ち上がる。またしても何もなかったかのように帰るのね。さすがスマートな紳士!


……って、そんなわけないでしょーが!


「ちょっと待ったぁー! ルイさん、その封筒なんですか?」

 私は紳士に詰め寄る。


「なんの話ですか?」

 ルイは満面の笑み。いやいやいや、冗談じゃない!


「またお金? 私、殺されかけてるんです。マーゴに首を絞められました! みんなも見てますし。訴えることもできま……うっ」


 アレックスが、私の頬っぺたを片手でぷにっとやって黙らせる。


「黙れよ」

 私はアレックスを突き飛ばす。


「だ、黙らない! お金なんていらない! しっかり謝ってもらうのが筋よ。そうよね、ローズマリー?」


 ローズマリーはきっとそう言ってくれる。絶対私の味方。大事にしてくれているもの、私のこと。


「レベッカ? ちょっと落ち着きなさいな。深呼吸なさい」

 

「かっこ悪いぞ。蒸し返してんじゃねーぞ」

 

 は? 二人とも……私の味方じゃないの?蒸し返す?  今の話よ!


「レベッカ? マーゴに嫉妬しているの? だとしたら見苦しいわよ」


 ローズマリー……何を言ってるの?


「あの男か? かっこいいとか言ってたもんな」

「まぁ、レベッカったら」


 なに? ………………あぁ、そう。

 そうですか。なるほど。


 涙が頬を伝う。息が浅くなり、私は全力疾走後のように胸を押さえた。体がおかしい。

 首を絞められているわけじゃない。でも上手く息ができない。私……病気?

 

 唐突にアレックスが、私の顔を両手で掴む。強引に私の顔を引き寄せた。


 そして、私に……キスをした。


「まぁ!」

ローズマリーの黄色い声。


 私はあまりに驚いて息を止める。アレックスはキスをしながら、強く抱きしめてくる。

 私も涙を流しながら、アレックスにしがみついていた。

 なによ……急にこんな……。


 私の半分開いた唇に、息をゆっくりと入れてくる。鼓動が徐々に遅くなり、気づくと呼吸も楽になっていた。


 アレックスの身体も唇も、とても温かい。

 私、キスしているわ-


「では。私はこの辺で」


 男の声が聞こえると、アレックスは何事もなかったかのように、私をつき離した。


「ローズマリーさん。施術はまたあらためて。みな様もここでのことは御内密に。お互いのために」


 そう言って、マーゴを抱きかかえたルイは深くお辞儀をし、門を抜ける。

 マーゴとルイはまたしても辻馬車で去って行った。


ええぇ…………嘘でしょ……。


「さぁアレックス、半分よこしなさいな」


 ローズマリーも、何事もなかったかのように話し出した。


「わかったよ」


 ローズマリーとアレックスは、辻馬車の方は見向きもしない。なにやら嬉しそうにローズマリーの家の中に入っていく。

 

 私は庭に座り込み、ぼんやりと二人を見つめていた。


 なんだこれ?

 私って一体…………。



 


 

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