第7話 ローズマリーのサロン 2
深く息を吸って扉を開けると、ウインドチャイムが満天の星空のようにキラキラと鳴った。
「はーい。お待ちしていましたぁ」
朗らかなローズマリーさんの声。でも彼女は私を見た途端、息を止めた。それから私の肩にそっと手を置く。
「どうぞこちらへ、レベッカさん」
私はソファまで彼女にエスコートされた。
「あ、あの……今日はやめておきますと言いに来ました」
「あら、そうなのね、残念。では、またいつでも来てくださいね」
金色の長い髪を、緩めにお団子にし、まとめているローズマリーはまるで聖母のよう。
ふんわりとした薄い色のワンピースも素敵だ。優しくされ、思わず涙が溢れてしまった。
「すみません……予約していたのに」
「大丈夫ですって…… よかったら足湯だけでもやらない? 本当に少しの時間だけ。十分。もちろんお金はとらないわ。お湯が張ってあってね……いま足湯用にお湯を少し移すから」
そうだった……。まずお風呂に入って体を温めるんだ。
私、とんでもなく迷惑なやつだ。彼女はお湯を温めて待ってくれていたのに。それがどれだけの手間かはわかっている。いい塩梅に薪をくべるのはとても難しく、時間もかかる。
困った客っているもんねぇ、なんてナナとたまに言ってるのだけど。
それって私だわ……もうパン屋のお客さんのこと悪く言えない。私、最低だ。
それに、もういい大人なのに人前で泣くなんて……情けないやら、申し訳ないやら。
ああ……落ち込む。
「スカートを少しもちあげるだけだから、簡単でしょ。本当にすぐ終わるの。温めると疲れが取れるわ」
風呂場にスツールを持っていき、私を座らせると、小さい鉄の桶にお湯を移す。
「どう? 気持ちよさそうでしょー。靴下を脱いでくれる?」
「はい」
ローズマリーは、私の裸足になった足をそれぞれ持ち上げてゆっくり桶に入れた。
そして二、三回ふくらはぎを優しく押した。
あ、すごく気持ちいい……。
ふくらはぎが凝っているのがわかる。これ、アレックスにやってあげたい……彼女仕事モードになるとずっと歩いているみたいだしって……いやいやいや。
なに考えてるのよ! ここに来てまでアレックスのことなんて考えたくないわ。
その後、ローズマリーはお湯を丁寧にかき混ぜ、板で蓋をして冷めるのを防いだ。
「私はむこうで事務作業しているわ。ここでレベッカは少しゆっくりして。あ、あとこれ」
ホットタオルをポンと渡される。
ああ……あったかい……。
「顔に置くといいわ。あと首とか」
そう言って立ち上がったローズマリー。
「うぉーーっと!」
え?!
ローズマリーが天を仰ぐようにし、ポーズをとって足を大きく開いている。まるでヨガのよう。なにかの儀式? どうしたの?
「ご、ごめんあそばせ。タイルで滑ってしまったわ。こうみえてうっかり屋でね」
思わず吹き出した。それをみてローズマリーも肩をすくめて笑う。
「では、終わったらタオルで拭いて出てきてね」
美しくて余裕もあって、自分とは違う世界の人だと思ったけど。飾らなくて気さくで話しやすいかも。
ホットタオルを顔に置いた途端、また目からたくさんの涙が溢れてきた。ああ、嫌だ。でも泣けるのは今しかない。
ローズマリーは、私が泣くのを我慢していることすぐわかったんだわ。
私がここに来ることで、アレックスとくだらない喧嘩をしてしまった。あんな拒否反応をされると思わなかった。思い出すと腹が立つ。
*****
「へぇぇぇ…………会ったこともない知らない女の家に行って、風呂に入って、全裸になって、体を揉んでもらう? お前はあたしが思っていた以上に、頭が弱いんだなぁ」
なにそれ? なにその嫌味な言い方。アロマのお風呂に入るんだから、そりゃ服は脱ぐでしょう。やめた方がいいと思うならそう言えばいいのに。
「でも女性専用だから安心よ。男の人に覗かれる心配はないわ」
はぁ〜と大きなため息をつくアレックス。
「その女だよ」
「え?」
私はとぼけた声を出した。
よく信用できるな。追い剥ぎに自分から行ってるようなもんだ。密室で一対一なんてな。まして服を脱ぐって? はっ、こりゃ鴨がネギ背負ってってやつか?
なんてことをぐだぐだ!!
「あーーー! もう!」
ホットタオルを目から外すと、私は大声を出した。
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