ぼくの隣のかみさま
一澄けい
第1話 運命に出会った日
その出会いは、きっと、運命だったのだと。ぼくはそう思っている。
その日のぼくは、泣きながら、自分の暮らしている町を、行くあてもなくふらふらと歩いていた。
おかあさんが、とおいとおい、お空の向こうに、行ってしまったのだ。
おかあさんは、まるで眠っているだけみたいなのに、お布団じゃなくって、たくさんのお花に囲まれた場所で、なんだか硬そうな木の箱の中に入れられていた。
それから、たくさんの人が、そんなおかあさんを見て、いっぱい泣いてて。中には泣き崩れる人なんかもいて。それを見るのが悲しくて、苦しくて、見ていられなくって。ぼくはおとうさんの「何処に行くんだ!」という怒鳴り声も無視して、もう随分と暗くなってしまったお外へと飛び出した。
おかあさんが、いなくなってしまう。
おかあさんが、いなくなったら、どうなるんだろう。ぼくはふと思った。
きっと、ぼくの頭をぽんぽんって、優しくなでてくれることも。ぼくが作ったお菓子を「美味しい」って言って、うれしそうに食べてくれることも。ぼくがお菓子を作る度に「男らしくない」と怒るおとうさんからぼくを庇ってくれることも。なくなってしまうのだろう。
そんな未来を想像して、悲しいな、と思うと、もうだめだった。
さっきからいっぱい泣いているのに、涙が止まる気配は、ない。次から次へとぽろぽろ、ぽろぽろとこぼれて、ぼくの頬を、小学校の制服の襟元を、びちゃびちゃに濡らしていく。
歩いて、歩いて、ひたすら歩いて。気がつけばぼくは、古ぼけた小さな家のようなものがある、小さなお庭のような場所に来ていた。
よく見れば、そのお庭のような場所の入り口には鳥居がある。ここはもしかしたら神社なのかもしれない。
こんな場所に神社なんてあったんだ、と。そんなことを思いながら、ぼくはふらふらとその鳥居をくぐった。
もしも、かみさま、なんてものがいるのなら。お願いしたら、おかあさんを生き返らせてくれないかな、なんて。そんなことを思ったんだ。
中に入れば、その古ぼけた家のような場所の前には、これまた古ぼけた箱のようなものがあった。その前に立って、手を合わせる。たしかお願いする時は手を叩くんだったっけ、と、昔おかあさんが言っていたことを思い出して、ぼくはパン、パン、と2回、手を打ち鳴らした。
ーおかあさんが、戻ってきますように。
強く、強く、願いを込める。叶いますように、と。ぼくは必死で祈った。
その時だった。
「あなた、どうしたの?」
背後から、そんな声が聞こえてきたのは。
振り返れば、そこには、きれいな女の子が立っていた。
背の丈は、ぼくと同じくらいだろうか。そんな幼い見た目の女の子は、二つに結われた白銀の髪を風にゆらりと遊ばせて、そこに立っていた。
女の子の、まんまるの薄い青色の目が、薄暗い闇の中でぼんやりと光っている。その様子は、なんだかお化けがいるみたいで、いつものぼくならこわいと思ったかもしれないけど、だけど今は不思議と、こわくはなかった。
「え、と……願いごとを、してたんです」
「願い事?」
「うん……おかあさんが、戻ってきてくれますようにって」
そう言うと、女の子はなんだか悲しそうな顔をした。
「……あなたのお母さん、亡くなったの?」
「うん……」
そう頷くと、いつの間にか止まっていたはずの涙が、再びじわりと滲んだ。ぐす、と、鼻をすする。そんなぼくに、目の前の女の子は、なんだか申し訳なさそうな声で、言った。
「残念だけど、その願いは叶えられないわ。死んだ人間は、二度と戻ってこないもの」
「……っ」
ぼろぼろ、と更に涙がこぼれた。おかあさんにはもう会えない。その悲しさが、ようやく実感をもったような、そんな気がした。
「うっ、うええええ……!!おかあさん……!!」
ぼろぼろ、ぼろぼろ。涙は止まらない。突然泣き出したぼくを見て、目の前の女の子がなんだかおろおろしているような気がしたし、申し訳ないような気もしたけれど、涙がこぼれて止まらないのだから仕方がない。そんなぼくを見て、女の子はしばらくの間おろおろしていたみたいだけど、やがてぼくのほうにそっと手を伸ばすと、ぽん、と、ぼくの頭をそっと撫でた。
「……そんなに、泣かないで」
ちいさな手だ、そう思った。ぼくの手と、たいして大きさは変わらないであろう、ちいさな手。だけどその手に撫でられたとき、ぼくは、おかあさんに頭を撫でられた時のことを思い出した。
なんだか胸がぽかぽかして、苦しかった心が、落ち着いてくる。
女の子はぼくの頭に手を置いたまま、ぼくの目を見て、言った。
「あのね。確かに、死んだ人を生き返らせることはできないわ。だけど、それ以外のお願いなら、きっと、叶えてあげる。だから、教えて。あなたの願いごとを」
その言葉を聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのは、おかあさんにお菓子を食べてもらった時のことだった。
ーおかあさんの代わりに、この子に、ぼくの作ったお菓子を、食べてもらえたらな。
「きみって、甘いものは好き?」
気がつけば、ぼくは、そんな言葉を口に出していた。
「え?ええ、まあ……好きだけど……?」
突然そんなことを言い出したぼくに、女の子は困ったような顔をしながらも、答えを返してくれる。
ぼくはその言葉を聞いて、よかった、と呟いてから、更に言葉を続けた。
「じゃあ、ぼくが作ったお菓子を、食べてほしいんだ」
「……そんなことでいいの?」
「うん!もしかして、こんな願いごとは、だめ、だったかな?」
「もちろん、構わないけれど……」
女の子は、なんだか困惑しているみたいだった。そんな女の子に向かって、ぼくはそっと、小指を差し出す。
「じゃあ、また……一週間後!一週間後に、今度はお菓子を持ってくるから!約束!」
「……ええ、約束」
そう言い合って、ぼくと女の子は、小指を絡める。ゆーびきった!そう言ったところで、ぼくを呼ぶおとうさんの声が遠くから聞こえた気がして、ぼくはぱっと、絡めた小指をほどいた。
「じゃあ、ぼくは行くね!ばいばい!」
「ええ、またね。待っているわ」
ひらひらと、上品に小さく手を振る少女に見送られて、ぼくは再び鳥居をくぐる。くぐったところでもう一度振り返れば、女の子の姿はこつぜんと消えていた。
なんだか、不思議な子だったなあ。そんなことを思いながら、ぼくは声のする方へ走っていく。
さっきまではあんなに悲しくて苦しかった心が、なんだか少しだけ、軽くなったような気がした。
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