パリピなゾンビはぼっちと踊る〜ゾンビで溢れた街を一人で彷徨っていたら、パリピギャルの最強ゾンビとお友達になっちゃいました〜

戯 一樹

第1話 こうして平穏な日々は唐突に終わった


 その日はいつもと変わらない、普通の日曜日のはずだった──。



「あ、この推理小説、文庫版が出てたんだ」

 そこそこの客で賑わう大型書店。そこで僕は、新刊として紹介されている文庫を見て独りちた。

 そばには誰もいない。客がいないという意味だけではなく、そもそも連れがいない。

 というかそれ以前に、僕には友達がいなかった。

 元々、人とコミュニケーションが取るのが苦手だった僕は、小学校を卒業したと同時に他県へ引っ越したのを機に、それまでの人間関係がリセットされてしまったのも相俟って、すっかりクラスの中で孤立した存在になってしまったのである。

 もうかれこれ、この街に引っ越して来てから二年以上も経つというのに。

 そういう事情もあって、こうしてたくさんの書店を巡っては一人で色々な本棚を眺めるのが僕の趣味となっていた。

 まだ中学三年生でバイトができない身なので、あまりお金は使えないけれど。

 でも別に、現状に不満を抱いているわけじゃない。転校したばかりは不安な事もいっぱいあったけれど、いざぼっちになってみると、案外気楽な事に気が付いた。

 元がコミュ障というのもあってか、友達と一緒にいるより一人でいる方が意外と心が休まるのかもしれない。ありがたい事に、そんなぼっちでいる僕をイジメてくる人もいなかった。

 それに小さい頃から読書が好きだった僕にとって、書店巡りは性に合っていると言えた。

 同年代の人が見たら、暗い趣味だと揶揄われそうではあるけれど、別に僕はそれでも構わないと思っている。だって僕が楽しければそれでいいのだから。他人の価値観なんて興味はない。

 知りないとも思わない。

 そんなわけで、今日も今日とて一人でとある書店の本棚を悠々と眺めていた、そんな時だった。



 それはあたかも平穏の終わりを告げるように、前触れもなく突如として響き渡った。



「きゃああああああああ!? 人が、人がぁ……っ!」

「痛いィィィィィィ!? だ、誰か助け、助け……!」

「やめてぇ! こっちに来ないでえええええ!?」

「なんだよこいつらぁ! どっから沸いてきたんだよおおおお!?」



 店外から響いてきたいくつもの悲鳴に、それまで本棚を眺めていた僕は、反射的に出入り口の方を振り向く。

「な、に、あれ……?」

 思わず目を剥いた。

 世の中には自分の目を疑うって言葉があるけれど、本当に疑いたくなるほど、目の前で起きている事を受け止められずにいた。



 だって自動ドアの向こう側で、たくさんの人が必死の形相で逃げ回っていたのだから。



 一体何が起きているかわからず、ただ呆然と突っ立つ僕の横を、さっきまで自動ドアのそばで外の様子を見ていた中年のおじさんが血相を変えて通り過ぎていく。

 何事かとそのおじさんを見た若い男の店員さんが、チラッと自動ドアの外を覗き見た瞬間、「ひっ!?」と悲鳴をこぼした。

「み、皆さん! スタッフルームの方へ! 外は危険です! 今すぐ逃げてください!!」

 店員さんの切羽詰まった大声に、店内にいた人達が一斉にどよめいた。困惑と混乱に満ちた声。

 なんだかよくわからないけれど、店員さんの言う通りにスタッフルームへ避難した方がいいかも。

 そう判断して、レジ横にあるスタッフルーム──僕から見て右手前方にあるドアへ急ごうとして、



「ぎゃああああああああああああああああ!?」



 轟く店員さんの絶叫。

 鼓膜を突き破るような叫び声に、つい足を止めて店員さんの方を見た。見てしまった。



 店員さんが、自動ドアをくぐってやってきた血塗れの女性に首筋を噛まれる瞬間を。



「ひぃ!?」

 無意識に後ずさった。異常な光景を目の当たりにして。

 否──本当の異常はここからだった。

 血塗れの女性を皮切りに、次から次へと血の気の無い顔色をした人達が、唸り声を上げながら店内になだれ込んできたのだ。

 もうダメだ。今からスタッフルームに逃げ込む隙なんてない。行ったら絶対あの異常な人達に襲われてしまう。

 逃げるとしたら他しかない。

 そしてその逃げ道は、店内を見回す限り、後方の壁際にある窓しかなかった。

 と、僕と同様にスタッフルームから離れた位置にいた人達が、悲鳴を上げながら続々と窓へ駆け込んでいく。

 それに続く形で、僕も慌てふためきながら窓へと急いだ。

 まるで悪夢でも見ているような気分に陥りながら。



 * * *



 ゾンビ。

 日本風に言うなら生きたしかばねで、西洋風に言うなら動く腐った死体。

 そんなオカルトの定番とも言うべきゾンビが──先述の例で言うなら生きた屍達が──あたかもホラー映画のごとく街中に溢れ返るようになってから、すでに三日が過ぎた。

 それは僕のいる街だけでなく、どうやら日本各地で起きているようで、謎のゾンビ化するウイルスがあちこちに蔓延しているとネットを中心に騒然となっていた。

 のちに日本ゾンビパンデミックと名付けられる事になるこの緊急事態に、政府は自衛隊の投入やゾンビウイルスの研究と調査を国直轄で急遽進めているようだけど、未だ根本的な解決策は何も見出せていない。

 特に僕のいる街は他と比べてだいぶ酷いみたいで、自衛隊どころか警察すらまともに機能していない状態らしい。それどころか、消防や病院にまでゾンビが大挙として押し寄せているという、信じたくもない情報すら出回っていた。

 むろん、どれもネットの情報だからどこまで正しいかはわからないし、中にはデマも含まれている可能性だってあるけれど、現状を見る限り、助けが来る見込みは絶望的としか言い様がなかった。

 いや、こうしてまだネットが使えるだけでもまだマシなのかも。

 もしも情報まで遮断されてしまったら、その時は本当に終わりと言っていいかもしれない。

 現に、今やテレビでの報道はどこもやっておらず、情報源なんてケータイから見れるSNSや掲示板、もしくはラジオくらいしかない。これで情報まで見聞きできなくなってしまったら、もうどうしようもない。スマホを持っているはずの親とも連絡がつかない状況なのだから。



 三日間。

 この三日間、僕はひたすらゾンビからずっと逃げ続けていた。



 三日前、あれからなんとか書店から出て、いつの間にか街に溢れ返っていたゾンビから無事に逃げ延びた僕ではあったけれど。

 その後は、ゾンビに追われては必至に逃げるという事ばかり繰り返していた。正直この三日間、ろくに眠れていない。

 幸い、食糧だけはたまたま立ち寄った無人のコンビニで拝借させて頂いた(非常事態だったので、万引きした件は見逃してもらいたい)物があったのでなんとかなったけれども、どんどん数が増えていくゾンビ達に、いつしか逃げ道を失うようになっていた。

 今まさに、この瞬間も──

「はあ、はあ。ど、どうしよう……」

 とっさに逃げ込んだビルの隙間から外の様子を窺うと、

「ゾンビだらけ……どこにも逃げ場がない……」

 唯一あるとすれば、ちょっと離れた先にあるオフィスビルの地下駐車場くらいか。

 けどあそこにだって、ゾンビがいないという保証はない。今よりむしろ逃げ場が無くなる分、外からゾンビが来たら確実にやられてしまう。

 かと言って、このままでは僕も噛まれてゾンビになってしまうだけだ。それだけは避けたい。

 せめて家族の無事を知るまでは。それまでは死ねない。絶望するには早過ぎる。

「あそこに行くしかない、か……」

 数分悩んだあと、僕は意を決して地下駐車場に駆け込んだ。


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