第9話
中庭の庭園はリーベルトの荒んだ精神を表すかのように破壊され、荒れ放題になっている。
そこにまるで八つ当たりか何かのように、ガキンガキンと金属をぶつけ合う音が響いている。防戦するしかないレージに対して、リーベルトが何度も剣を叩きつけているのだ。
「俺は貴様や先代の勇者のような、こちらに来たというだけで何の努力もなしに英雄になるような奴を認めない!貴様らは英雄でも勇者でも救世者でも何でもない!対価も払わずちやほやされるだけの卑怯者だ!!わかるかぁっ!!」
まるで本作につくようなアンチのような言い草である。しかし問題はそれが批評ではなく、レージという人間を殺す事の大義名分として使われている事。
要約すると自分の美学に反している生き方のやつがいるから殺すという事になるが、いくらパンタジアが昔の西洋みたいだからといってそれだけで殺人が正当化されるなら、やられる側からしたら溜まったものではない。
「その対価も払わずちやほやされるだけの卑怯者がどうしてあんたを否定する事になるかを言えって言ってるんだよ!ここは美学で他人の命を奪っていい理屈の通る国じゃないでしょう!?」
それにリーベルトははっきりと「貴様の存在自体が俺の全てを否定していると言っている」と言った。
彼の中で殺人を正当化している感情が美学でない事は、レージの目から見ても明らかだ。
「貴様には理解できん!攻撃に出る努力さえしないような、甘ったれの貴様には!!」
「じゃあ理解できなくてもいいから言え!!こっちはこれから殺されようとしてるんだぞ!?それぐらい知る権利はある!!」
そうでなくとも理由も知らずに殺されたのでは、通り魔に襲われたも同じ。
そんな理不尽な死を嫌がるのは
「………俺は貴族の出ではない。王族ですらない」
「何………?」
ギリギリと鍔迫り合いをする中、リーベルトが話し出したのは自分の過去。その出自と経歴。
「この国の一兵士の子だった俺は、親を連合に殺され天涯孤独の身となった!」
「………そうかい」
「自画自賛になるが、そこから血の滲むような努力を重ね!自らを鍛え!今ここにたどり着いた!!」
「………そうかい」
「俺だけじゃない!親衛隊は皆そうだ!皆自らの力で道を切り開いてきた!」
「………ああそうかい」
努力して今の地位を掴み取ったから、何の努力もせずに勇者だ救世主だと祭り上げられる人間が気に食わないという気持ちはレージにも解る。
「だから許せない!貴様のような薄汚い幼稚な卑怯者が!!立場だけの甘ったれが!!剣すらまともに握れないくせに、救世主と祭り上げられている人間のクズが!!」
だが、どれだけ努力や苦労をした人間だとしてもその感情は「嫉妬」であり、おおよそ胸を張れるものではない。ましてや、人を殺す事が正当化できる程立派なものでもない。
「………それだけじゃあ無いだろう」
「なん………ッ!?」
「吐き出せ!お前ほどの男がそんな理由で命を奪うか!?」
だからレージは信じたかった。
巨大ロボを生身で圧倒できる様になる程の努力を惜しまず、帝都リバーティア人々から憧れと応援を受けるリーベルト・フルーゲルという男が、そんな器量の小さないハズがないと。
「知った口を利くなあああっ!!」
「うわっ!!」
だがそのある種の期待は正しくリーベルトに伝わらなかったようだ。いや伝わりはしたが、それはリーベルトの怒りを逆なでする結果となった。
リーベルトの剣の刀身が強く発光したかと思うと、次に叩き込まれた一撃は防御態勢のレージをゴルフボールのように吹き飛ばし、城の壁に叩きつける!
「俺を愚弄しただけでなく、姫様の隣に立つような男がぁっ
!!」
「姫様………エミリアさんの事か!?」
続くリーベルトの追撃を受け止めながら、レージの中で疑問が予測という線で繋がり、答えを導き出した。
何故自分をここまで憎むのか、何をそんなに怒っているのか、何故殺人という手段を取ろうとしているのか。
「姫様は俺に笑顔を、人としての生き方を教えてくれた!俺は姫様の幸せの為なら命さえ惜しくない!!姫様が笑顔でいてくれるなら身を引ける!!だがお前のようなカスなら話は別だああっ!!」
リーベルトはエミリアの事が好きなのだ。だが元孤児である自分と王族であるエミリアとでは立場が違いすぎる。だからリーベルトは自らの想いを封印しようとしていた。
だが、そこに現れたのがレージ。
散々リーベルトが指摘したように努力も苦労もなく呼び出されただけで勇者だ救世主だと祭り上げられてるだけの、エロゲ主人公ラノベ主人公ソシャゲ主人公と「ネット住人が嫌悪し侮蔑する主人公像のパブリックイメージ」そのままの奴が出てきて、流れでエミリアとの結婚が決まった。
リーベルトにとって、これほど腹の立つ事はない。
「なるほど………あなたはエミリア姫が好きなワケだ」
「黙れ!貴様の口から言うな!」
「だったら………だったら諦める前に想いを伝えなよ!?それもしないで巻き込まれと逆恨みで殺されるなんてたまったもんじゃない!!」
「ほざくな英雄気取りがあああ!!」
リーベルトの翼が大きく開かれる。この時レージはまだ知らなかったが、これは竜人が大気中の魔力をより多く吸収する際に見せる行為。
膜の血管が某怪獣王の背びれがごとく緑色に発光し、振り上げた剣に緑の炎が燃え上がる。無知なレージもここまで目に見える力を振りかざされれば察しはつく。
「(あ、終わった)」
と。しかし、クズ主人公に叩きつけられる乙女ゲーのイケメンの正義の怒りを引き止めた者かいた。
「剣を納めなさい!リーベルト!!」
「エミリア様!?」
待ったをかけた少女の声の方をレージとリーベルトが向くと、そこに居たのは護衛を連れたエミリア姫。
下の方でコットン教授がゼェゼェと息を切らしている。おそらくこれが彼の言っていた「助け」だろう。なるほど、これ以上の援軍はない。
「エミリア様!しかしこいつは………!」
「何も言う必要はありません、全てあなたが話しているのを聞きました」
「な………っ」
リーベルトの顔がみるみるうちに青ざめてゆく。
先程の怒りを爆発させて一方的にレージを痛めつけるのを見られてしまった。
どんな理由があろうと少なくとも騎士のする事ではない、そんな卑劣以外の何でもない姿を敬愛するエミリアに見られてしまったと思ったリーベルトの顔は、みるみるうちに青ざめていく。
「………あなたの想いも」
「えっ………」
「そして私も想いは同じです」
しかし断罪ルートには進まなかった。
少なくともリーベルトの想い自体は純粋な愛からというのもあるが、一番の理由はエミリアも同じ想いだったという事。
「し、しかし俺と姫様では立場が………!」
「だから何だというのです?想いというものは立場で変えられるものではありません」
「姫様………」
「リーベルト………」
結果的ではあるが互いの想いを吐き出した結果、互いの想いに気づけた二人。
そんな二人の横で完全に置いてけぼりを食らったレージは、二人を祝福………するにしても痛めつけられた為に素直に祝えず、ボロボロになった剣を地面に指し、あぐらをかいて不貞腐れていた。
「へっ、人を踏み台にしてよくもまあ………」
「でも、そしたらどうするでございますか?」
「どうする?何を」
「ほら、勇者を王家に入れる事によるプロパガンダ!」
「ああ………」
そして流石は学者という所か、一昔前の少女漫画のような愛の嵐の中でコットン教授だけがそれに気づいていた。
先も地の文で話した通り、レージとエミリアを結婚させるというのは勇者が自分達の側についたという事をアピールするためのもの。
「まあ………無しになるんじゃないかなあ?教授が僕を呼び出しただけで、勇者が亜人種側についたって事にもなると思うし」
世継ぎの問題はリーベルトと結婚しても問題ない、むしろ純血の竜人が生まれてくる分はいいのだが、プロパガンダの部分は他の兄弟姉妹がいない為どうにもならない。相手がいない。
と、思われた。
「その点に関してはいい解決方法がありますよ」
「「「「あ、貴女は………!?」」」」
そこに現れた、誰も予想だにしなかった………と言っても、城内でこれだけ暴れ回れば当然出てくるであろう「彼女」の登場。
それが意味するものとは………
そして当然であるが、今回破壊された中庭に関してはリーベルトの給料から分割払いで天引きして弁償する事になったのは言うまでもない。
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