幻想勇機ゼノンカイザー〜本物になった思い出のスーパーロボットと一緒に亜人ママ達を守るために戦うぞの巻〜

えいみー

第一章「異世界転移!救世主は異常中年男性」

第1話

 世界は………というか、この国は危機に瀕している。

 戦争は尽きず、経済は悪化の一途を辿り、平和だというのに自殺者は紛争地域国の死者を上回る。

 いつ滅びてもおかしくないが、人々は日常という名の怠惰に溺れ、国家の危機よりも目先の推し活を優先し、また危機を救うヒーローも現れなかった。

 

「お前よおお前よおお前よお!この成績成績成績ぃッ!!」

「はい、申し訳ございません」

 

 とある不動産会社にてツーブロックの髪型のゴリラのように厳つい、ある部署の部長の男の立場を持つ男が、売り上げが一番下の部下を怒鳴りつけていた。

 部署内での成績が悪いというだけで売り上げのノルマ自体は達成している。ようはこれは、ゴリラ部長の個人的な憂さ晴らしに他ならず、俗にパワハラと呼ばれる行為であった。

 

「教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育ゥ!!死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑ィッ!!教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育ゥゥ!!」

「大変申し訳御座いません。厳しく改善致します」

 

 しかしどうだろうか?この部下の男………小太りにメガネという典型的な冴えない中年男性は、どれだけゴリラ部長に怒鳴り飛ばされようと全く堪える様子はない。

 説教や改善要求の類ではなくただの暴言の羅列である事や、ゴリラ部長自体に部下をリストラさせるような権限などない事もあるが、それを差し置いてもこの男の壁を思わせる打たれ強さは、このパワハラを見守る他社員にはまるで守護神のようにも見えていた。

 

 

 ***

 

 

「先輩!零士れいじせんぱーい!」

「ん?ああ、木子さんもお昼?」

 

 そんなお昼休みの食堂にて。

 部署の売り上げトップである後輩の若い男は、あのパワハラ地獄を受けて大丈夫か心配になったのか、その小太りの中年男性…………日ノ出零士ひので・れいじを訪ねてきた。

 

「あれだけ言われて平気なんですか?」

「何が?」

「ほら、部長………」

「ああ、あれはたしかに問題だよね。今回は僕だったからいいけど………ああ、人事部には言っておいたよ」

 

 しかし零士はまるで効いている様子もなく、それどころかお昼休みが始まるまで続いた暴言の数々を、まるで他人事のように笑いながら昼食を食べていた。

 零士が注文したのは豚カツ定食。この衣と肉と米が、彼の太鼓腹とエネルギーを作っている。

 

「そうじゃなくて………先輩は辛くないんですか?」

「ん?」

 

 悔しくないんですか?と尋ねなかったのは、本能的に後輩社員は零士が自分とはまた別の生き方を持った人間だと察したためだ。

 ゴリラ部長のパワハラ、そして女子社員へのセクハラは社内でも問題になっており、それが原因で精神を病んで辞めた社員だっている。噂では自殺者も出したとか。

 だが零士は、そんな殺人パワハラを受けても何処吹く風であり、ポーカーフェイスでそのパワハラを一身に受け止めている。

 

「辛いって言うか………うーん………」

 

 後輩社員としても、その打たれ強さの秘密は気になっていた。強い向上心を持つ彼は、零士の一種のメンタルの強さの秘訣をどうしても知りたかった。

 だが帰ってきた答えは彼の考えを見透かし、なおかつ否定するような声音だった。

 

「………前よりはマシっていうかさ」

「マシ………?」

「なんていうか、こんなもんか。って」

 

 君が強さだと思っているそれは、強さじゃないよ。と。

 ポーカーフェイスを珍しく悲しげな笑みに変え、食事の腕を止めて。

 何か底しれぬ闇の断片を僅かに感じた後輩社員が、それ以上踏み込むか踏み込まないか迷っている間に、零士のポケットから着信音が聞こえてきた。

 

「あ、ああ、ごめんね………もしもし?」

 

 会話を打ち切る謝礼の後、零士はポケットから取り出した携帯電話スマートフォンの着信に応じた。

 

「あ、兄ちゃん?どうしたんだよ、珍しいな」

 

 電話の相手はどうやら零士の兄弟、兄のようだ。

 しかし社会人相手に兄弟からかかってくる電話は大抵、極端に良い知らせか極端に悪い知らせかの二択。

 そして今回は………

 

「………えっ!?嘘!?と、父さん死んだの!?」

 

 極端に悪い知らせだった。

 傍から見ていた後輩社員は、零士が父親の訃報に驚いていると、その場の態度を認識する。

 

「うん………うん………わかった。休みが取れないか聞いてみるよ」

 

 電話を終えた零士は、唖然とするようにその場に佇む。

 後輩社員はどう声をかければいいか解らなかった。そりゃそうだ、実の親が死んで悲しんでいる人間にどう声をかけて励ませばいいかというのは、人類史において答えの出ていない謎の一つ。

 ………だが後輩社員は思い知る事になる。その考えも、ただの一般人の物差しで考えたものに過ぎないと。

 

「先輩、あの………」

「………ふふ、ひっ、ひひっ、ひひひ」

「………先輩?」

 

 後輩社員は信じられなかった。零士は泣いていたのではなく、笑っていたのだ。

 親が死ぬ、しかもその死に目に会えないという最も悲しい出来事を前にして、零士はまるで自身の企みが全て上手くいった悪党のように吹き出していた。

 そしてその笑いはヤカンの湯気のようにプスンプスンと出口を求めて零士の口から漏れ出し、やがて零士は人目を憚らず大声で笑い出した。

 

「あはっ!あーはははははははは!!いひっ!!あはっ!!ひひひははははははっ!!やった!やったぞ!!死んだ!あいつ死んだわああ!!あーはははははははははは!!!」

 

 ………さて。

 物語の主人公、それもロボット物の主人公と言えば、誰もが高潔かつ正しい人物を思い浮かべるだろう。

 革新を急ぎ多くの命を奪おうとする敵に、人類の可能性を信じて立ち向かう主人公。完全凶悪とされながらも、人々を踏みにじる怪物に怒りを燃やして立ち向かうヒーロー。

 だが残念ながら、この物語の主人公はこれ・・なのだ。

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!いひひひひひっ!死んだ!死んだぁ!あはーっ!ひひひひひーーーっ!!」

 

 父親の死という悲劇を前にして、ツボに入ったかのように笑い転げるこの腐れ外道。

 日ノ出零士ひので・れいじこそが、この物語の主人公なのだ。

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