第2話 キュリオス
僕の家は、自分で言うのも何だがこの国で七本の指に入るほど由緒ある家柄らしい。
なぜ五本でなく七という中途半端な数字なのかって?
それは、うん。妥当な疑問だと思う。
だが七でなければならない。
話せば少し、長くなるけれども付き合っていただきたい。
僕の家こと、ひいてはこの国の話から始めよう。
僕の生まれ育った国、キリュオスは『キリ』という唯一無二の存在を絶対の存在として崇める、いわゆる宗教国家というやつだ。
大昔にこの国がまだ村であった頃、飢饉の折にどこからともなく現れたキリと名乗る者が人々に救いの言を与えた。
そして導き国を興したのが始まり。「曰く、キリは千年の未来を見通した。」という一節から始まる有名な昔噺だ。
他にも
曰く、キリは全能である。
曰く、キリは世界に魔力を与えた。
故に、キリに背く事勿れ。
がある。
全能に偽り無し。
土塊からは芋を、霞からは麦を作り出した。
死者には魂を与え、再び立ち上がる力を与えた。
腕を振るえばたちまち大風が吹き雲は晴れ、四股を踏めば大地は割れ水が湧き出した。
そんな伝説がある。
また、言い伝えの通りなら、キリはまだこの世を去っておらず、国の真ん中に鎮座する宮のどこかに居るのだとか。
その真相は国のお偉いさん方のみが知っている。
‘キリは世界に魔力を与えた’
キリの力の源は左手の指だったと言われている。
指にはそれぞれに異なる魔力が宿っており、それを自ら落とし大地へと与えたことで世界には魔力が満ち、魔法が生まれたらしい。
最後の一節はあまり語られることはない。
僕も含めて一般人が普通に生活をしていればキリと関わることはないからだ。
まあそれも、本当の本当に実在するのなら、の話だが。
ともかく、大事なのはこの国、キリュオスはキリという超常の存在によって生まれ、すべての中心にあるということだ。
そして僕の家、トレストリア家はそんなキリと最も関り深い家の一つにあたる。
同格の家は他に六つあり、『アヌスム』『ドゥオ』『クオッツォ』『キュインク』『ゼクセス』『セプテン』そして『トレストリア』だ。
これらは総称して創家七指と呼ばれており、代々キリに仕えるという名目で国の運営を行い、「キリの意思」という掟のもと国を統治している。
もっとも、僕のような子供はもちろんのこと頭首以外の人間には関係の無い話、内情は秘匿されブラックボックス状態だ。
もうお分かりかもしれないが、‘七’と言う数字は別に序列を上から順番に数えて七番目までを指しているのではない。この国の始まりに関わった中枢人物の数が七人だから七、創家七指はその末裔だ。
故にこの国において、「七本の指に入る家」というのは特別な意味を持つのだ。
そんなわけで僕は大層ご立派な家に生まれたという話に戻る。
大層ご立派な家に生まれたということは、当然それなりに求められる役割があるものだ。
将来的に国の中心に立つ人間に最低限必要な教養、最低限己の身を守れるだけの護身力、中枢に膿を入れないための鑑識眼、他の創家七指との関係保持力、跡取りの問題、等々……どれも一朝一夕で何とかなるものでもなく、身も蓋もない言い方をすれば面倒だ。
ひとつ特殊な家があるとすれば『キュインク家』だろう。
キュインク家と言えば、レシッシェの実家だ。この家は代々、書物庫の管理を行うことを役としてきた一家であり、求められることも他家と比べれば少ない方だとか。
具体的には護身、鑑識眼、他家との関係、このあたりが重視されないらしいが理由やらそういった細かい話は割愛する。
ともあれ彼女もまた創家七指の人間であり、だからこそ僕も特にしがらみも無く話せるのだ。
だが今日会いに行く、行かねばならない相手はレシッシェではない。
書物庫へ行くときも別に彼女に会いたくて行っているわけではないのだが。
どちらかと言えばしがらみのある相手だ。十割、僕の個人的な事情のせいで。
デュオ・ダリアという女性で、15という年齢の割には物事に厳格な人間。身長は僕よりも低いが、性格が態度に滲み出ており初めて会った時は正直気圧された。得意な魔法は炎熱を操る魔法。
まあ、彼女のプロフィールはこのくらいで良いだろう。
いわゆる許嫁というやつなのだが、僕の初対面での印象が悪すぎた。
時々ある、知らないうちに眠ってしまう病?自分でもよく分かっていないあの症状が、運の悪いことに彼女と最初に会ったその時に出てしまった。
バカにされたと思ったのか、大事な場でいい加減な態度を取っていた僕が許せなかったのか、その場で叩き起こされ顔に一発張り手を貰った。
何と弁解したところで僕が悪いのは変わらないから、黙って彼女からの罰を受け入れた。するつもりもなかった。そんな態度も気に入らなかったらしく、また一発貰ってしまった。
魔法で燃やされなかったのは、彼女もそこまでするのは流石にまずいと思ってのことだろう。すこし頬を火傷しただけで済んだ。
そんなことがあったと言うのに、定期的に設けられ会ってお茶を嗜みながら話す、そんな時間が月に一度来る。
今回だってそうだ。
「ごきげんようトレストリア・フィルズ」
「こちらこそ、レディ」
まだ少し、時間には早いと思ったけれどもう来ていたのか。
そんなことを思いながら何の気もなしにそう返すと彼女はややムッとした表情を浮かべ目を逸らしてしまった。
……こういうとき、礼儀作法の授業をサボって書物庫へ本を読みに行っていたのが悔やまれるなぁ、とつくづく思う。
なぜ怒っているのかも分からないんだもの。
「いまさら言うことでもないのかも知れないけれど、僕の話し方が至らなくて不快にさせるようなことがあったのなら申し訳ない」
「構いませんよ」
得意な相手ではないとはいえやはり申し訳なさは感じるもの。だと言うのに意外と本人はあっさりしていた。
なんとなく、構いませんよ、の後に「期待もしていません」が続きそうな空気を感じたが気のせいだ。きっと僕が苦手意識を持っているせいでそう感じるだけなのだ。
「座っては?それとも私も立って話しましょうか」
「そんなそんな、とんでもない話です」
どうしてそう、言葉に棘を作るのか。
そんなに嫌いかな。
僕はおずおずと椅子に腰かけた。
「退屈でしょう?こんな茶会」
「どうしたんです急に」
「退屈でしょう?」
「えぇ……そりゃぁ、まぁ」
「私もです」
そうでしょうね~。
好きでも何でもない人間と毎月会って話さなきゃいけないなんて嫌だろうし退屈で仕方がないだろう。この場合の好きは当たり前だが異性云々の好きではなく、人間としての好きだ。自慢ではないがそのくらい嫌われていても何ら不思議はない。
「私は思うのです。この茶会はお付きの人間もいない。もっと自由であるべきではないかと。ねぇ?」
ねぇ?って?
ねぇ?って言われましても。
今日の彼女は様子がおかしい。
凛とした雰囲気はそのまま、内から滲み出る何かがある。
伝わらないだろうが彼女は創家七指の子息令嬢の中でも随一の堅ぶt……お手本のような人間だ。
話の行き先が読めず困惑しているが、様子のおかしい彼女は当然お構いなしに続ける。
「フィルズ、あなたはお世辞にも真面目とか堅実とかそういう言葉の似合う人間ではありません。むしろ不真面目な部分が往々にしてあると言っても良いでしょう」
そんなストレートに言わなくっても良いでしょう。
今日でこの茶会を終わらせに来たのか、どれだけ嫌だったんだ。
「ひとつ、長らく、そろそろ腹立たしいほどに勘違いをしているようですから正しましょうか。私はあなたのそれを責めるつもりは毛頭ないのですよ。お父様と違って、それで良いと思っています」
「え?」
「私は出会って最初の一度を除いて、それを責めたことなどありませんよ」
そう……なのか?
まったくもってこれっぽっちもそうは思わないのだが少なくとも本人はそのつもりらしい。
「つまり……?」
だから、何が言いたいんだろうか。
「いい加減、半端な皮を被って話すのはやめてほしいと言っているのです」
「直す気が無いのならさっさと開き直ってしまえ、と……?」
「正直、はらわたが煮えくり返る思いです。怒髪天を衝き抜けます」
「そこまで???」
「市井ではこういうじょーくがうけると聞いております」
彼女なりの冗談らしい。
分からないんですよ、あなた表情変えないから。
ダリアに真面目な顔で言われると、黒と言われたら白も黒に、像と言われたなら蟻は像に、どれほどおかしな主張でも一瞬正しいと思えてしまう勢いがある。きっとそれは誰であっても。彼女の持つカリスマ性の成せる業とでも言うべきだろうか。
こほん、と咳払いをして居住まいを正した
「いまさら互いの見苦しい部分が見えたところで未来は変わることもないのです。だったら、こんな時間も有意義に使いたいではありませんか」
真っ直ぐこちらを見据えてそう言った。
ずっと、これまでもずっとダリアはそう思っていたのだろう。
彼女なりに僕を、フィルズと言う人間を見て、考え、きっと悩み、関わろうとしてくれていたのだろう。
端から自分とは合わない人種だと決めつけて、何も見ようとしないで、決められた未来を辿るように、ただ無為に時間が過ぎるのを待っていた自分とはまるで違う。
ただの堅物なんかじゃない。
子供ながらに、その在り方は気高く、美しいと思った。
そして、自分の卑屈さが醜く思えた。
「手始めに、私たちには厳しく言うにもかかわらず、父親たち本人は全くこれっぽっちも話し方も、礼儀作法も気にせず居るこの現状について話そうではありませんか」
「いきなりぶっ込むね……」
少なからず彼女も思うところがあるようで、かなり本音を話していたと思う。ただ、やたらと求められることの多い今への不満を、彼女もまた同じように持っていたというのは意外で、このまま続けるのは気が引けるほどだった。
我ら上に立つ者は斯くあるべきだと、理想を信条に、自分のような人間とは相いれない部類の人間だと思っていた。
それは多分、自分だけではない。
噂話や本人の放つ雰囲気のせいで、同じ創家七指の子からも敬遠されがちだったのだろう。真意を知ることは無いけれど、もしかすると彼女はこうやって気兼ねなく話せる友人が欲しかったのかもしれない。
この日以降、この茶会が少し、楽しみになったのだった。
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