ep41.5【番外譚】ふたつの尻尾

※本編読了後推奨。ep数は時系列です。




 アルヴァンドがマルゴーン帝国に伴侶として俺を迎え入れるため、スノーヴィア領を訪問して数日。


 色々と壮大な勘違いやすれ違いはあったものの、万事解決することができた俺たちは、残るスノーヴィア滞在を穏やかに過ごしていた。


 滞在中、俺はアルヴァンドの侍従として身の回りの世話と管理に従事している。

 一応は俺もマルゴーン帝国からの賓客ではあるものの、産まれ育ったスノーヴィアで賓客扱いなんて居た堪れないと申し出て、スノーヴィア辺境伯城ではこれまで通り過ごすことを許してもらっていた。


 ちなみにもう一人の同行者ゼクスは「知らない人間だらけでヤだ」とか言って、城へは一切立ち入らず飛竜の厩舎に寝泊まりしている。

 竜騎士たちがたまに飛竜の世話ついでに餌付けしたり、交流を図っているらしい。

 どこにいようと無敵の陰キャを発揮していて、何よりだ。




 アルヴァンドがメルロロッティ嬢たちと朝食をとっている間、俺は貴賓室の掃除を済ませ、使用済みのタオルやベッドシーツを洗濯室へと運び出していた。


 今日の午後は、アルヴァンドのもとにスノーヴィア家に連なる貴族たちが辺境伯城へ挨拶に来ることになっている。


 ノートリック家、つまり俺の親父も来る。


 息子の俺を見て頂けるとわかるのだが、我が家はものすごーく放任主義だ。

 俺がメルロロッティ嬢の専属従者になると言った時も「いーんじゃない?」とあっさり容認し、家督を継ぎたくない旨を打ち明けた時も「じゃ、次男に」と滞りなく話はまとまった。

 今回も「うちのでよければどーぞ」とか言って、それはもう爆速で話が終わるだろう。


 唯一の懸念は、俺の初恋であり純潔を捧げたノートリック家の家宰の男が今、親父の従者になってることだ。おそらく今日も付き従って来るはず。

 頼むぞ親父、いらん事言うなよ。

 アルヴァンドの嫉妬深さを甘くみるな!




 そんなことを考えながら洗濯室に入ると、ソネアがアイロン台で作業をしていた。


 ソネアは静かに視線をあげると、するりと会釈する。

「おはようございます、グレイ様」


「おはよう、ソネア。あ、アグナもおはよう」

 俺が挨拶を返すと同時に、アグナも洗濯室に入ってきた。

 アグナもするりと会釈して挨拶を返す。

「おはようございます、グレイ様」


 リピート再生かと思うくらい、ふたりの挨拶はそっくりだ。

 姉のアグナは短い髪にテールコート、妹のソネアは肩まで伸ばした髪に侍女服を着ている。髪型と服装こそ違うが、背丈も顔も声音まで、何から何まで瓜二つの双子。

 声音の違いを聞き分けるのに、俺は一年かかった。


 アグナとソネアはこれまでと変わらず、メルロロッティ嬢の側仕えを続けている。


 もともとは俺もふたりも家宰の組織系統に組み込まれていた。

 辺境伯令嬢の専属従者と専属侍女という特殊な枠組みの中で、俺に連なる形でふたりは従事していた。要するに形式上、俺は二人の上司だったワケだ。

 今となっては俺と彼女たちの立場大きくは変わったのだが、ふたりの振る舞いは特に変わらず、俺との距離も変わらずだ。


「昔も言ったけれど、あんまり俺に畏まらなくていいんだ。これからはなおさら、俺はふたりと気軽に話せる方が嬉しい。

 将来的にアグナとソネアはお嬢様の伴侶になるから、そういう意味では当主たる御方と近い立場になるんだよ」

 俺がそう言うと、ふたりは少し互いに目を合わせ再び俺を見た。


「……グレイ様がそう仰られるのであれば。今後は善処致します」

 あまり期待できそうにない淡白な返答が返ってきた。彼女たちらしい。


 実のところ、アグナとソネアとは仕事以外の話をほとんどしたことがない。

 仕事以外の話題を振っても「さようでございますか」しか聞いたことない気がするな……




「ところでグレイ様。そちらはマルゴーン帝国皇帝陛下のお部屋のものでしょうか?お預かり致します」

 俺が持ち込んだ洗濯物に気づいたのか、ソネアが手を差し出してきた。


「あーいや、時間あるから自分でやるよ。その、洗濯侍女たちも賓客が来ていて、いつも以上に忙しいだろうし……」

 俺はやんわり断る。


「いえ、我々にお任せを。お嬢様の部屋も先程ベッドシーツを取り替えましたので、私がまとめてお引き受け致します」

 後ろからアグナがさらに手を差し出してきた。

 確かにベッドシーツを腕に抱えている。


「……あー、なるほど。えっと、ではお願いします」

 俺は一瞬躊躇うが、ベッドシーツを手渡した。


 アグナは俺の躊躇いなど気にせずベッドシーツを受け取る。

 そしてシーツを受け取ると、一瞬まとめる手を止め呟いた。

「……雄の匂い」


 アルヴァンドの部屋では、シーツは一晩で二枚取り替えている。

 理由はお察しの通りだ。伴侶になることが正式に決まったこともあり、俺とアルヴァンドはつい盛り上がってしまったのだ。


 こういう時、俺は自分で洗ったりしれっと紛れ込ませて片づけるのだが。

 アグナに秒バレした。


「なんか、すみません……」

 俺は居た堪れなくなって謝った。


「構いません。お嬢様もグレイ様の一件で寂しくなったのか、昨晩は随分とベッドシーツを汚されましたので。まとめて片づけておきます」


 今、普通に聞き流せないことを言われた気がした。


 アグナの手元に目をやると、メルロロッティ嬢の私室のベッドシーツが二、いや三枚。

 メルロロッティ嬢の私室とアルヴァンドの貴賓室からベッドシーツが計五枚出ている。


 ……いや、多すぎだろうよ!?




「グレイ様はお気づきになられてないようでしたが。お嬢様のお部屋ではたまに深夜にシーツを交換しておりましたよ」

 俺の内なる動揺をソネアが見抜いてきた。


「お嬢様はお気持ちが高揚し過ぎると、いつも透き通った聖水の如き潮……」


「わーーっ大丈夫だから、大丈夫!ソネア、何事も正直なのは美徳だけど、そういう話は人前でしちゃ駄目だから、本当に!」


「さようでございますか」

 ソネアはさして気に留めることもなく、再びアイロンをかけはじめた。

 アイロンをかけている白いヒラヒラ、それが同じく昨晩出たであろうメルロロッティ嬢の洗濯された下着であることに無駄に気づいてしまう俺。




 俺は全力で話題を逸らそうと、アグナに視線を向けた。

「そ、そういえば。アグナは従者服がよく似合ってるね。お嬢様も喜んだのでは?」

 俺がそう言うと、アグナは少し目元を和らげた。


「ありがとうございます。お嬢様にもお気に召して頂いております」

 彼女たちの感情の起伏はわかりづらいが、メルロロッティ嬢に関わる話になると、少し雰囲気が和らぐ。


「……ただ、少し窮屈ではありますが」


「窮屈?採寸があってないなら補正できると思うけど」


「いえ、補正で直せる部分ではないかと」


「え、どこのこと?」


「尻尾の付け根です」


「あー尻尾…………え、尻尾?」

 想定外の言葉に俺は思わずアグナの腰に視線を落とす。


 テールコートの下はどうなっているのかよくわからないのだが、一瞬。お尻のあたりで生き物がいるかのようにアグナの服が起伏した。


「……尻尾、あるんだ」

 目を丸くして俺は素直に驚きを口にした。


「ええ。私もソネアもさほど大きくはございませんが。我々の出自を不用意に知られないよう、隠しておりました」

 アグナはそう言うと、先程起伏した腰骨あたりを掌で緩やかに撫でた。


 そういえばメルロロッティ嬢は彼女たちのものと思われる小さな鱗を大切にしていたっけ。

 天馬の落とし子であるバルツ聖国のエルメスタ女王にも耳と尻尾がある。

 忌み子や落とし子と呼ばれる彼らはその血特有の外見的特徴を持っているのだろう。


「近い将来、思い切って出してみるのはどうだろう?お嬢様も喜ぶんじゃないか?」

 俺の提案にアグナは少し考える仕草をしたが、首を横に振った。


「お嬢様のためには、隠した方が宜しいかと」


「お嬢様であれば、尻尾を見られる方が喜びそうなものだけど」


「それはそうなのですが。喜びすぎてしまうのですよ、お嬢様は」

 アグナは少しだけ目を細めた。


「匂いでわかるのです。我々の尻尾を見ただけでお嬢様は欲情する」


「……欲情?」


「花弁を濡らし、萌ゆる蕾を震わすのです」


「……花弁……蕾……」

 俺の脳内に未知なる宇宙が拡がりはじめた。


「我々はお嬢様を快楽の園へと導く時、尻尾を用います」

 アグナはそう言うと、両手の人差し指を立てた後、その指先をきゅっと丸める。

「ふたつの尻尾の先端を、このように丸めて」


 ふたつの尻尾って、アグナとソネアのそれぞれの尻尾のことだよな?


 意味を真剣に考える俺に、ソネアが補足を添える。

「グレイ様は殿方がお好きですからご存知ないのかもしれませんが。女性には穴がふたつございますので」


「……穴が、ふたつ」

 あーだから、尻尾もふたつね。うんうん、……え?


「お嬢様は両方同時に満たされるのがお好きなのです」


「尻尾を見るとそれを思い出してしまわれるのでしょう。お可愛いことです」


 淡々と説明するアグナとソネアの言葉を聞いて。

 敬愛するメルロロッティ嬢が俺の脳内でとんでもない痴態を晒しはじめたところで、俺は自ら思考を強制停止した。


「…………さようで、ございますか」


 精一杯の言葉を絞り出し、俺は逃げるように洗濯室を後にすることとなった。




 早足で廊下を歩いている途中、俺ははたと立ち止まる。

 あれは彼女たちなりに話を弾ませ、少なからず俺に歩み寄ってくれたのではないか、と。

 だが、洗濯室を出る寸前に視線を掠めた彼女たちの薄い微笑みを思い出し、考えを改めた。


 ……絶対、からかわれただけだ!



+++++



 余談だが。

 貴賓室にもどると、上機嫌なアルヴァンドが朝食を終えて帰って来ていた。


 にこやかに「おかえりグレイ」と迎え入れられる。


「どうしたんだよ、ヴァン。何か良いことでもあったのか?」

 頬にキスをして尋ねると、アルヴァンドはくすぐったそうに笑いながら俺を見上げる。


「今日はひとつ、楽しみが増えた」


「へえ、どんなこと?」


「君の最初の男に会える」


 固まる俺。

 闇堕ちした澱んだ瞳で微笑むアルヴァンド。


 ……情報リークしたの、誰だよマジで!?




 そして俺は確信する。

 嫉妬まみれのアルヴァンドに容赦なく抱かれ、今夜もベッドシーツ交換を余儀なくされるのだろう、と。

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竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト しゃもじ @meshigsky

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